魔物図鑑



「ブラッディウルフ(人狼)」



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     赤く彩られた夕暮れの空を雲がゆるゆると流れる。

     ゆったりとした柔らかな風が地の草を凪ぐ。

     広大な平原を一台の荷馬車がゴトゴトと荷台を揺らしながらゆっくりと平原を進む。

     だが、馬車にしては荷台を引く生き物は変わっている。

     馬というよりはラマに近い。

     だが体毛はラマよりも長く羊のようにふわふわとしており、頭には山羊のような角を生やしている。

     瞳は虚ろで優しくラクダのようなまつ毛を生やしている。

     尻尾は雑種犬のようにくるりと巻き上がり、そういった体躯に馬のしっかりとした足が備わっているという

     なんとも奇怪な生き物が荷台を引いている。


     この生き物の名は「ワラジ」と言う。草鞋ではない。ワラジ↑ 語尾が高くなる。

     細かいことだが言葉のアクセントには注意したい。

     特にニートグランドに住む人間ときたら母国語に誇りを持っており少しでも発音が違うと

     イントネイションが違うと小うるさく・・・


     おっと、失礼。少し話が逸れてしまった。では気を取り直して・・・


     この大陸、ジェイエペグモに生息する哺乳類でニートグランドではそう珍しくも無い家畜である。

     外見はお世辞にもかわいいとは言えないが性格は温厚で人にも良く馴れ

     その強靭な足腰は移動の要や荷物運び等に役立ち、

     防寒効果のあるふわふわの体毛からは様々な衣服が作られるという非常に重宝される生き物である。


     ただ、少々臆病でマイペースで気まぐれであるという性格上の難点があるが

     そこを除けばとても頼りになる生き物である。


     牛のような低い間延びした「モエ〜〜〜〜〜」という鳴き声が特徴である。


     そしてワラジの引いている荷馬車のことをゾーリという。


     ・・・くどいようだが草履ではない。ゾーリ↑ である。


     ゾーリの上には人間の同い年くらいの男女が二人

     男性はワラジの口につけた手綱を持ち女性は男性の後ろ

     荷台に積まれた荷物に背を預けている。

     女性が明るく優しい声で男性に話しかける。


     「ごめんなさいねテリア。今日は忙しいのに無理言って・・・」


     テリアと呼ばれる男性が答える。


     「はは、遠慮すんなよハチ。別に構わないさ。どうせ仕事と言っても荷を運ぶだけなんだし」


     二人はこの近くの町に住む幼馴染で名をテリアとハチと言う。

     ハチはどこにでもいる普通の町娘。

     対してテリアは所謂(いわゆる)いいとこのおぼっちゃんで祖父の仕事の手伝いをしている。

     今も荷を町から町へと運搬する仕事の最中である。

     ちょうど別の町に用事のあったハチはテリアに頼んで乗せていってもらったと言うわけだ。


     そして今はその帰り道。


     二人は幼い時から仲が良く、幼馴染ではあったが身分の違いからか

     周りからあまり良い目では見られなかった。

     特にテリアの母親はハチを毛嫌いしており、遺産目当てのろくでもない女と愚痴を溢している。

     もちろんハチはそのような女性ではない。確かに貧しくはあるがいつも明るい健気な娘である。

     テリアはいつしかそんなハチに恋心を抱くようになっていた。

     だが、年を重ねるごとに様々なものが二人の障害となり、次第に二人の距離は開いていってしまった。

     テリアは仕事に奔走する生活が続き、町でハチと出会っても何を喋っていいか分からず結局

     軽い挨拶程度しか言葉を交わさなくなった。

     幼い頃は自分の気持ちをはっきりと伝えることができた。

     しかし今はどうしても自分の思いを上手くハチに伝えられない。

     そんなテリアをいつしかハチは避けるようになった。

     言葉に出さずともハチの態度を見れば分かる。

     テリアはまだ自分の気持ちを伝える事もなく失恋に似た気持ちを味わった。


     そしてここにきてハチのほうから頼みごとをされ、願っても無い二人きりになれるチャンスと時間を得た。


     意気揚々とハチを荷台に乗せたまでは良かったものの実際何を喋っていいか分からず

     たどたどしい会話が続いた。

     そして気がつくと町に着いてしまっておりテリアは荷の積み下ろしの為、用事のあるハチに同行できず

     上手くいかない苛立ちを仕事で発散させながらどうやってハチに思いを伝えれば良いのか考え続けた。

     そしてあっという間に時は過ぎ夕暮れに差し掛かろうという時、もう少しで新しい荷の積み込みが終わる。


     と、テリアがふいに視線を脇へとやる。するとそこには見慣れたハチの姿が。

     気がつくとハチは帰ってきており、仕事をしているテリアを優しくそっと見つめていた。

     テリアはハチと目が合い、一瞬見惚れてしまっていたところを後ろから

     仕事先の筋骨隆々としたがたいの良い親方に見つかり、おおいに野次られた。


     怒られるかとも思ったが、理解のある人望のありそうな親方はすぐさま二人の間柄を察し

     残りの仕事はもういいとテリアに言い渡す。


     テリアはでも、と少し困惑するが当の親方は豪快に笑いながら

     彼女とデートしてこいとばかりにどん、とテリアの背中を半ば強引に押し出した。

     テリアは恥ずかしそうにしながらもまたも願っても無い幸運に見舞われハチを連れて町へと出かけた。


     斜陽の町並み。昼間は活気付くこの広場も夕暮れの刻限ともなるとさすがに人通りは少ない。


     二人は肩を並べすることもなしにふらふらと歩いている。

     テリアがどう話を切り出そうかと悩んでいるとハチのほうから話題を振ってきてくれた。


     「優しそうな親方さんね・・・」


     その一言でテリアは考えていたことのほとんどが消し飛ぶ。慌てて言葉を返す。


     「あ・・?ああ!・・・でもな・・・親方、怒るとすっげえ怖えんだぜ?

     あのがたいで怒鳴られた日にゃあ夢にでも出てくると思ったぜ。」


     ハチは楽しそうにくすくすと笑う。


     「ふふふ・・・!それは怖そう。」


     テリアはなんだか久しぶりにハチの笑う顔を見た気がする。


     「ねえ、テリア。親方と何を話してたの?仕事の話?」


     ハチが自分の顔をまじまじと見つめる。昔からハチは人と話すときに、まるで愛想の良い子犬のように

     相手の顔色を覗き込むように見つめる癖がある。

     テリアはその視線を避け照れくさそうに答える。


     「いや・・・テリアを連れて町にでも行って来いだってさ。」


     「ふうん・・・」


     そこで会話が途切れてしまった。二人は無言のまま歩き続ける。

     このままではいけない。

     荷の積み込みが完了したら親方の下で働く雇用人の人が呼びに来てくれるらしい。

     あまり時間はない。だが一体どうすればいいだろう。どうやってあの話を切り出そう。

     仕事中、考えに考えたはずなのにいざこうしてハチと二人きりになると頭の中が真っ白になってしまい

     上手く話ができない。とりあえず何か話をと思いハチの用事の事を聞いてみることにした。


     「あー・・・ところでさ。ハチ。」


     ハチが不思議そうな顔をしてテリアを見つめる。テリアはなるべく視線を合わせないように言葉を続ける。


     「ハチの用事・・・もう済んだのか?」


     「・・・うん」


     ハチの家には病に伏した母親が一人おり、父はハチが生まれてから早くに亡くなった。

     女手ひとつで今までハチを養ってきた疲労からか重い病に掛かり

     ここ数ヶ月の間ずっと床に伏せたままになっている。

     ハチと近所の世話好きなおばさんが看病にあたっているのだがあまり回復は芳しくないらしい。

     重い病といっても薬さえ手に入ればすぐにでも良くなるのだが生憎

     薬の原材料が滅多に手に入らないという代物である。

     ギルドに仕事を依頼できれば良いのだが今回のような逸品ともなると

     それなりに高額な賞金をかけなければならず

     薬代と併せて、ハチのような一介の町娘に支払える額ではない。


     「薬師(くすし)の人・・・なんて言ってた?」


     ハチは暗い表情をする。


     「うん・・・やっぱり・・・まだ材料が入ってきてないんだって・・・」


     テリアはしまった、という苦い表情をする。


     この手の会話でテリアは以前、ハチを怒らせたことがある。

     確かテリアがハチの必要とする金を全面的に負担してやると切り出したのが原因だった気がする。

     決して下心があった訳ではない。

     だが、ハチには珍しく頑なにそれを拒み続け、それ以来二人の仲はすっかり気まずくなってしまった。

     そんなことがあってからというもの

     テリアはこの手の話題にはなるべく触れないようにしていたのだが・・・失敗した。


     気まずい空気が流れ、またも会話が途切れる。


     テリアは後悔の気持ちでいっぱいになるがもう遅い。

     またいつものようにここで話も終わりかと、あきらめだしたその時、ハチが別の話題を切り出す。


     「テリアは・・・今の仕事楽しい?」


     テリアは思ってもいないハチの一言にすぐに反応する。


     「え?あ・・・そう・・・だな・・・。うん。楽しいよ。親方にはいつも怒られっぱなしだけどね。」


     ハチはくすりと優しく微笑む。


     「そう・・・良かった・・・」


     夕暮れに頬を赤く染めたハチの横顔をテリアは見つめる。

     いっそこのまま時間が止まってくれればいいのに、と思う。

     ハチの髪が緩やかに流れる風に乗りたなびく。


     「なんだか最近・・・テリアと一緒の時間を過ごしてないね。」


     突然ハチがぼそりと呟くように喋る。


     「え?」


     だが、広場を吹き抜ける一陣の風の音が邪魔をしたせいでテリアはいまいち良く聞き取れなかった。

     慌てて何を言ったのか聞き直そうとしたが、ハチの興味は別のものに移っていた。


     「あっ・・・」


     ハチは突然走り出す。

     テリアは困惑してその場に一人佇む。ハチが何を言ったのか気になって仕方ない。

     しかしすぐに頭を振り、雑念を掻き消してハチの後を追う。

     ハチは店のショーウインドウに飾られている煌びやかな装飾品を眺めている。

     夕焼けの色を反射し美しく光り輝いている。


     「綺麗だね・・・テリア・・・」


     ハチがテリアに微笑む。ハチの微笑みは宝石の輝きに勝るとも劣らないほどに煌いている。


     「うん。綺麗だね」


     君のほうが綺麗だよ、とキザな台詞が一瞬テリアの脳裏を駆け巡るが

     そんなことは口が裂けても言えない。

     やっぱりハチも女の子なんだな・・・とテリアは思う。

     もし、ハチの親父さんが生きていて母親も元気だったなら

     年頃のハチもやっぱり化粧とか女の子らしく着飾ったりするんだろうか。

     テリアは瞳を輝かせてショーウインドウを見ているハチの姿を盗み見る。


     ・・・想像できない。ハチは今のままでも十分綺麗だし

     家(うち)のお袋のように格好ばかり気にする女にはなって欲しくない。

     そんな事を考えていると二人の背後から威勢の良い声が聞こえてくる。


     「あ! こんなところに居たのか。テリア! 荷の積み込みが終わったぞ!

     暗くなる前に出発しな。近くだから心配はいらねえと思うが用心に越したことはねえ。

     最近は何かと物騒だからな。」


     テリアは大声で雇用人に答える。


     「はーい! わざわざありがとうございまーす! これから戻ると親方に伝えておいてくださーい!」


     雇用人はテリアの言葉を聞くと手を振り、今来た方向に戻っていった。

     テリアはハチに話しかける。


     「それじゃあハチ、そろそろ戻ろうか?」


     ハチはなんだか残念そうな暗い表情で、うんと頷く。

     元気の無いハチにテリアが尋ねる。


     「ハチ・・・? どうした?」


     「ううん・・・なんでもない・・・。それじゃあ・・・帰りましょう。」


     ハチはそう言うとショーウインドウから離れる。

     ゾーリへ戻ろうと足を踏み出した時、ふいにテリアが歩を止める。


     「あっ! いけね・・・用事思い出した・・・なあ・・・

     ハチ、先にゾーリに行っておいてくれるか? 俺もすぐ行くからさ」


     その言葉にハチは困惑する。


     「用事?」


     「うん、そう・・・用事。・・・ごめんな」


     ハチはじーっとテリアを見つめる。邪心の無いつぶらな瞳で顔を見つめられると何だか罪悪感が沸いてくる。

     まるで心の中全てを見透かされているような気がしてくる。


     「ううん、大丈夫。分かった・・・」


     ハチはなんだかがっかりしたような顔をするとテリアに背を向け歩き始めた。

     テリアはハチの後姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くす。


     (・・・ハチに悪いことしちゃったかな・・・?)


     テリアは心の中でそう言うと、先ほどまでハチが眺めていた装飾品に目を移す。


     (これ・・・ハチに似合いそうだな。けっこう値は張るけど・・・ハチが喜んでくれるなら・・・)


     テリアは店の中へと入っていった。


     ・・・しばらくして・・・

     テリアは荷の積み終わったゾーリに戻ってきた。

     ハチは一人荷台の上にちょこんと寂しく腰掛けている。

     テリアの姿が目に映るとハチは優しく微笑んだ。

     テリアはハチの元へ歩み寄る。


     「ごめん、ハチ」


     ハチはテリアの顔を覗き込むように答える。


     「ううん、大丈夫。テリアの用事は済んだの?」


     疑いを知らないハチの言葉に少し


     「ああ、待たせてごめん。それじゃあ親方達に帰ること知らせてくるから。ちょっと待ってて。」


     ハチはこくりと頷く。テリアは親方達の元へ走っていった。

     ハチは遠くで聞こえる親方達とテリアの声に耳を傾けながら、テリアが帰ってくるのを待っていた。

     何だか幸せな気分だったがそれがとても寂しく感じられた。

     後は自分達の町へと帰るだけ。

     そう思うとハチは非道く悲しい気持ちになった。



     ワラジに引かれたゾーリはガタゴト揺れながら平原を進む。

     ふたつの町はそう遠くない。

     ハチは町を出てから少し話をした後、会話が途切れ黙り続けている。

     二人の間は積まれた荷によって分断され互いの姿を見ることはできない。

     テリアは先ほど店で買ってきた品物をいつ渡そうか悩んだ末、勇気を出して自分からハチに話しかける


     「なあ、ハチ。ちょっとこっちに来てくれないか?」


     「なあに、テリア?」


     呼ばれてハチはゆっくりと中腰になり、積んである荷伝いにテリアのいる場所まで歩き出す。

     テリアはハチのおぼつかない足取りを心配そうに見ながら、それとは別の緊張感に胸が高鳴る。


     「何か用?」


     テリアのすぐ横にハチが座る。狭いゾーリ上で二人は密接する。

     ハチは子犬のような、きょとんとした眼差しでテリアをまじまじと見つめている。

     テリアは心臓が爆発しそうなくらい興奮する。

     こんなに接近したのは子供の頃以来だ。テリアは知らない内にハチも大人になったな・・・と気づく。

     香水はしていないはずなのにハチからは柔らかくて優しく包み込むような良い匂いが漂ってくる。


     「テリア? ねえ、ねえってば」


     「へ・・・?」


     テリアが呆けていると、ハチが尋ねる。


     「どうしたの?」


     「あ・・・いや・・・その・・・」


     テリアはお茶を濁したような返事をするがここまで来ておいてもう後には戻れない。

     勇気を出してテリアはハチに先ほど買ってきた品物が入った小さな紙袋を手渡す。


     「これ・・・。実はハチにあげようと思って・・・さっき買っておいたんだ・・・」


     その言葉にハチは瞳を輝かせ、幸せそうな笑みを浮かべる


     「え? 私に? ・・・嬉しい・・・! ありがとう!」


     ハチはそう言うと大事そうに袋を抱える。

     なんだか楽しそう。テリアは胸の高鳴りが冷めぬ内にもっとハチの喜ぶ顔が見たいと思った。


     「中身・・・開けていいよ」


     「うん!」


     ハチはテリアの横で袋の中身を確認する。

     ハチは最初とても嬉しそうな顔をしていたが袋の中から綺麗な髪飾りが出てくると

     その表情が一瞬険しくなった。

     テリアはハチに渡せたという充実感でハチの微妙な表情の変化に気づけなかった。


     「テリア・・・これ・・・」


     「それ・・・ハチに似合うと思ってさ。」


     ハチは慌てて喋りだす。


     「そんな・・・! こんな高そうなもの・・・私・・・そんなつもりじゃ・・・!」


     テリアはハチが遠慮しているものだと思い込む。


     「はは・・・! いいんだよハチ。俺からのプレゼントさ。」


     「プレゼントって・・・・何で・・・こんな・・・私・・・てっきり食べ物jか何かだと・・・」


     何だかハチは困惑している。いきなりのプレゼントに驚いたのかもしれない。


     「それとも・・・気に入らなかった?」


     その言葉にハチは頭をぶんぶんと振り答える。


     「ううん・・・そんなこと・・・嬉しい・・・嬉しいよテリア・・・ありがと・・・」


     ハチはそう言うと少し微笑む。そして貰った髪飾りをぎゅっと強く握り締めると

     何事か考えるように俯き、黙ってしまう。

     なんだかあまり嬉しそうではない。ハチの笑顔を期待していたテリアは少し落胆する。


     (何だよ・・・ハチの奴・・・嬉しくなさそうにして・・・・・やっぱり・・・もう駄目なのかな・・・)


     テリアは胸の内にそう思う。憂鬱になって虚しい気持ちになる。

     夕暮れの空がテリアの心を締め付けるほどに黄昏ていた。

     テリアは唐突に話を切り出す。もうどうなってもいい。ただ、自分の思いはせめて伝えよう。

     そんな風に思っていた。


     「なあ・・・ハチ。あのさ・・・」


     だが・・・

     話を切り出そうとした次の瞬間、ワラジに突如死角から飛んできた光の弾のようなものが衝突する。

     目も眩むような激しい閃光とともにワラジが暴れだす。


     「!?」


     「モエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


     ワラジの断末魔のような泣き声とともにバランスを失ったゾーリは

     二人を乗せたまま激しく横転し地面に激突する。

     テリアは頭の中が真っ白になる。

     一体何が起こったのか理解できない。

     遠くからガタガタと車輪の音がこちらに近づいてくる。




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