魔物図鑑



「ラスレア(妖花)」



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     ジェイエペグモ大陸の北

     ニートグランドとノキラニカクタを隔てる霊峰「レベリョンデス」

     寒風が吹き荒ぶ山肌の中腹に今にも倒壊しそうな一軒のあばら家がある。

     あばら家の中はところどころ隙間風が入り込み

     狭い室内には所狭しと小難しい内容の本が積み上げられている。

     こんな劣悪な環境で人が暮らしているのか?と疑いたくなるほど立地条件が悪い。

     もし暮らしていたとしてもよほどの物好きだろう。室温は低く真冬のような冷たさだ。

     かろうじて暖房器具はストーブが置いてあるがあまり効果は及んでいないようだ。

     ここから更に上を目指せば山肌は雪に覆われ始める。ここはちょうど、暖気の終わる場所のようだ。

     ストーブのすぐ横には机がありここも本で埋め尽くされている。


     突如けたたましい音が室内に響き渡る。


     ストーブの上のやかんがピーーーーーと音を立て水が沸騰したことを告げる。

     奥の部屋から両手に本の山を持った人間が姿を現す。どうやら女性のようだ。


     「はいはいはーい!ちょっと待っててー・・・」


     視界が本に塞がれ足の踏み場もない部屋をおぼつかない足取りでやかんに向かって歩いていく。

     非常に危なっかしいと思った矢先、案の定足元の積み重ねた本の山に足を引っ掛ける。


     「おあ!?あぁぁぁぁぁぁ〜!!」


     驚きの声とともにバランスを崩す。あばら家がドスンと揺れる。女性は転倒し頭を押さえながら

     唸るように声をあげる。


     「・・・も〜〜〜〜〜〜〜・・・!」


     積み上げた本の山が崩れ今持って来た本が混ざり、てんやわんやの状態になる。

     髪の毛が寝癖でぼさぼさの女性は、崩れた本の山の上に落ちた眼鏡を拾いあげると混ざってしまった本の山から

     かろうじて一冊の本を拾い上げる。

     そして机へと向かうと本を置き沸騰したやかんへと手を伸ばす。


     「!!あちっ・・・!?」


     予想以上に取っ手が熱くなっていたようで

     女性はお決まりのように耳たぶを指で掴むと服の袖をミトン代わりにして

     やかんの取っ手をつかんで机の上のコップにお湯を注ぐ。

     中身は紅茶だろうか。ほんのりと芳しい香りが広がる。

     女性は椅子に腰掛け先ほど持ってきた本を片手に捲りながら紅茶を飲む。冷え切った体は芯から暖められ

     女性は少し落ち着く。

     この女性の名はティナ・クランディス。

     このレベリョンデスをニートグランド側に下ったところにある魔法都市ゴス・デ・ルベレ・・・の中にある

     魔法学校「ゴン・ラ・ヴェギ」の高等部3年A組の担任を勤める傍ら魔法薬の研究をしていた・・・。

     だが、数多くの失態を犯し「ゴン・ラ・ヴェギ」の校長から無期限停職処分を受け

     魔法都市内での研究の禁止を言い渡された。

     以来このあばら家で魔法薬の研究に没頭する日々を送っている。


     「へきしんっ!!」


     ティナは可愛らしいくしゃみをするとずずっと鼻を鳴らし紅茶を一口啜り辺りを見回す。

     そして深い溜め息をつく。


     「はぁ〜あ・・・・・・一体・・・いつになったら戻れるのかしら・・・」


     ティナは愚痴をこぼすように独り言を喋る。


     「そりゃあそりゃあ・・・私もちょっとは悪かったなーとは思うけどこの仕打ちは酷いよー・・・

     ちょ〜っと授業サボって2,3週間程研究に没頭しちゃったしー・・・

     しかも失敗して学園の貴重な資料を燃やしちゃったり・・・寮の一室を半壊させちゃったりしたけどさー・・・」


     本人には悪気はないようだが致命的大失態である。


     「それで私から研究を取り上げるなんて酷すぎるわー・・・」


     ティナは暗い顔になる。少々マッドサイエンティストな面もあるが

     彼女にとってはそれこそが生き甲斐のようなものなのだろう。

     ティナはぶるりと肩を震わせる。やはりこの気温はかなり堪えるようだ。


     「うぅぅ・・・さむ・・・・」


     ティナは元々ゴン・ラ・ヴェギの生徒でなかなか優秀な成績で将来を有望視されていた。

     しかし彼女はどこでどう道を踏み誤ったのかこんな辺鄙(へんぴ)な場所でさもしい生活を送っている。

     ティナは深い溜め息と共にかつて同じクラスで大の親友だったものの名を思い出し遠い目をする。

     いつもむすーっとしていて話しかけ難いオーラが体から溢れ出ており

     ことあれば皮肉ばかり言っているような偏屈な女生徒だったが何故かティナとは相性が良く

     多くの時間を共に過ごした。

     風の噂に宮廷執務官をしていると聞いたことがあるがもう長らく会ってはいない。


     「元気にしてるかなー・・・ポール・・・」


     ティナはぼそりと呟く。楽しかった学園生活を懐古し気がつけば目には涙を浮かべる。

     かたや有能な執務官かたやあばら家暮らし。なんだか憂鬱な気分になってくる。

     しかしハッとしてぶんぶんと頭を振り涙を拭う。


     「いけないいけない!ちょっと感傷的になっちゃった・・・。駄目よティナ・・・今あることに集中しないと・・・!


     ティナは自分を励ます。


     「それに・・・これが成功したら・・・もうすぐ完成するわ・・・」

     錬金術において至高の霊薬・・・賢者の石から創られる・・・

     あるいは賢者の石そのものだと言われる万能薬不老不死の薬・・・

     エリクシールにも匹敵する・・・いや・・・それ以上の効果すら期待できる魔法薬が・・・。


     「これさえ完成すれば多くの命を助ける事ができる・・・!

     きっと・・・私も前のようにより良い環境で研究に没頭できる・・・!

     うん・・・大丈夫・・・!だから・・・頑張らなきゃ!」


     ティナはドジでおっちょこちょいだがいつもこうやって前向きな姿勢を示していた。

     ティナは決意を新たに先ほど崩れた本の山に腰を下ろし再び整理し始める。

     ふと何かがティナの耳に聞こえてくる。


     -----ソレデイイカ・・・?


     「?」


     ティナは何事か辺りを見回す。

     聞こえてくるのはごうごうと吹き荒ぶ風の音だけ。


     「・・・空耳・・・かな・・・?」


     ティナは再び作業へと戻る。しかしそこにまた・・・


     -----バカニサレテクヤシクナイカ・・・?


     誰かの呼ぶ声がする。ティナはびくっとして背後を振り返る。誰も居ない。


     -----オマエヲココマデオイヤッタニンゲンをウランデイルダロウ・・・?


     「!!誰!?」


     今度ははっきりと聞こえた・・・ティナは即座に立ち上がり声のしたほうに目を向ける。

     耳を澄ますがごうごうと風の音しか聞こえない

     ティナの前には地下室へと続く錆びついた不気味な扉。声はこの中から聞こえた。

     そこでティナは部屋に漂う異臭に気づく。


     「・・・何?・・・・この・・・匂い・・・」


     扉の先からはとても良い香りが漂ってくる。

     ティナは立ち上がり扉の前に立つと恐る恐るドアノブへと手をかける。

     地下室にはティナが魔法薬精製の為に山で採取した植物を貯蔵している。


     また、薬としての効能を更に引き出す為に魔法的、人工的な方法で手を加えた植物を育成している。

     この辺りに自生している植物はこの独特の

     厳しい自然環境の為か他では見ることのできない薬草が多く見られる。

     ティナが学生時代から興味を持ち、以来熱心に研究している「ラスレア」もそのひとつ。

     非常に珍しい植物で主に魔物の屍骸に寄生する妖花。

     花といっても花が咲くのは散る間際だけでほとんどの場合は小さなつぼみの状態で見つかる。

     そして魔物の屍骸を栄養に球根状に肥大化していき養分がなくなると最期に花を開かせ散っていく。

     その花の美しさが妖花と呼ばれる所以(ゆえん)である。

     場合によっては人間の大人ほどの大きさに成長する。人に対して害は無く葉や花弁は薬の材料にもなるが

     うっかり素手で触ろうものなら無数に隠れた研ぎ澄まされたナイフのようなトゲで傷つき

     あげく麻痺毒が体にまわり切ったところからは血が止まらないという恐ろしい事態に繋がる。


     薬として精製する場合にも注意が必要で

     調合の比率が難しいのだが上手くできあがった薬は回復剤として抜群の効果が期待できる。


     しかし精製に失敗した場合麻痺毒を含む気体が多量に発生する。

     ティナは過去何度か痛い目をみており学生時代にはうっかり手のひらをトゲで切ってしまい

     その場で倒れて医務室へと担ぎ込まれた。


     学園を追放される原因をつくったのもこの妖花の実験に失敗してのことだ。

     だがティナは何度も破滅の憂き目に合いながらも逆にこの花の持つ不思議な生態に魅了され続けた。

     テイナは無意識の内に扉を開け地下へと続く階段を降りていく。

     一段降りるごとに匂いは強くなる。何かの薬品だろうか?

     ・・・いや、部屋の片付けはずさんな状態でも気険を伴う薬品等の管理はしっかりとしている。

     万が一にも漏れ出すような事はない。

     それにこの匂いは絶対に手持ちの薬品ではない。嗅げば嗅ぐほどに心地良く頭がぼーっとしてくる。

     意識は虚ろにまるで花の匂いに誘われる蝶のようにふらふらと匂いの元へと引き寄せられる。

     地下には目を疑う光景が広がっていた。

     実験中のラスレアがティナ以上に肥大化しその根を辺りに張り巡らせている。

     ティナは驚嘆する。


     「な・・・何・・・これ・・・・?」


     目の前の馬鹿でかいラスレアには少しばかり覚えがある。

     数日前に採取したものでティナが魔法実験により薬としての効果を高めようとしたものだ。


     「そんな馬鹿な・・・たったこれだけでこんなになる筈は・・・うっ!?」


     ティナは突然高い耳鳴りに襲われ耳を押さえる。先ほど聞こえてきた声が鮮明に頭の中に響く。


     -----サア・・・コチラダ・・・モットチカヨレ・・・!


     ティナはむせ返る甘い臭気と消え入る意識の中で目の前の異形な物体を見る。


     -----この声はラスレア?まさか・・・魔法実験で突然変異を起こして意志を持ったとでもいうの・・・?

         ありえない・・・ナンセンス・・・だわ・・・くっ・・・!


     足がガクガクと奮える。早く戻らなければと思っても足の裏が床にべったりと張り付いて離れない。


     ----いけない・・・!はやく・・・はやく逃げなきゃ・・・・だ・・・・駄目・・・この匂い・・・頭・・・・ぼーっとする・・・・・


     どんなに強く思考しようともこの香りが意識をバラバラに散らせてしまう。

     ラスレアはただ山のように不気味にどっしりと構える。ティナがラスレアを凝視する。

     花が・・・・

     花のつぼみがゆっくりと開いていく。

     青白く冴えた人魂のように幻想的で優美な花が咲く。

     その途端辺りの臭気は常識を逸脱する程に高まりティナの思考は完全に消し飛ぶ。


     -----サア・・・コチラヘコイ・・・・


     ティナは抵抗することなくふらふらとラスレアへと足を踏み出す。近づく度に胸が高鳴る。

     まるで10年来の恋人に出会えたかのように不思議な幸福感に包まれる。


     -----・・・あはは・・・きれー・・・・・・


     ティナはラスレアに触れようと手を差し伸べる。

     次の瞬間、ラスレアは獲物を狩る獣のようにティナに牙を剥く。

     床の根が触手のようにティナの腕や足に絡みつきその身を拘束する。

     ティナは虚ろな瞳で無抵抗にラスレアの花弁を眺めている。

     そして球根状の胴体がぱっくりと口を開き拘束したティナをその中へ取り込む。

     すぐに口は閉じしゅるしゅると根が元の位置へと戻っていく。

     あとはそのまま誰もいなくなった地下室に不気味な花が鎮座するばかり。

     こうして誰も知る由もなく暗い地下室で一人の女性が姿を消した・・・。



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