魔物図鑑



「グール(屍人)」



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     男は泣いていた。

     低い嗚咽を放ち、愛する者の手を強く握り締めながら…。

     目の前の現実が涙で霞み、幻のようにさえ感じられる。

     いや、幻であってくれと心の底から男は願った。

     目の前には白いベッドに横たわる一人の少女。

     少女は悲しみの淵に佇み、尚自分の傍らの椅子に腰掛けた男に微笑む。

     今にも消えて無くなりそうな透き通る程に白い肌。頬骨は痩せこけ

     骨と皮と見紛うばかりの腕。男がその手をあまりにも強く握り締める為に

     粉々に砕けてしまうのではないかと錯覚させるほどに少女は衰弱しきっている。


     「すまない…。リアラ……俺が…俺に力がないばかりに……!」


     男は慟哭を押し殺し声をあげる。

     「いいの…コーネル…あなたの…せいじゃ…ない……」

     リアラとよばれる少女は弱弱しく今にも途切れそうなほどか細い声でそれに答える。

     彼女は不治の病に侵されていた。


     活発で明るい笑顔で皆を和ませる太陽のように輝きを放つ少女だった。

     しかし今やその輝きは失われ、健康的だった体も痩せ衰えた。今では以前のように

     元気な姿で自由に野原を駆け回ることも…それどころか立って歩く事すらできない。

     食べ物は喉を通らず、代わりにたくさんの血を吐いた。

     その度にベッドの白いシーツは赤く染め上げられた。

     コーネルと呼ばれる男はその度に愛する少女に付きまとう死に絶望し打ちひしがれた。


     コーネルは魔術を学んでいた。

     この世界に存在する不可思議な力。それは魔法と呼ばれ、一部の人間が使うことの出来る能力。

     コーネルは特に治癒の魔法に秀でており、村の人間からも将来を期待されていた。

     この村の出身であるコーネルは幼い頃からリアラとは仲が良く、まるで兄妹のようであった。

     二人共幼い頃に両親を亡くしており、似たような境遇が二人の仲を親密にさせたのかもしれない。

     以来、二人は出会ってからほとんど片時も離れず中むつまじく、この小さな村で暮らした。

     コーネルは魔術の他にも薬草学にも秀で、将来は医者になることを志していた。

     そして夢が叶ったその時は、リアラと二人、生きていこうと考えていた。


     そんな平和でささやかな幸せが永遠に続くものとコーネルは疑わなかった。

     だが、突如として二人の小さな幸福を奪う出来事が起こった。


     ある日の事。いつもの変わらぬ日常。

     今日も一日平和な時間が何事も無く過ぎていくものだとばかり思っていた。その日

     書斎で調べ物をしていたコーネルに耳を疑う報せが、書斎の扉を開け

     唐突に中に入ってきた村人によって舞い込む。リアラが血を吐いて倒れていると


     その日からリアラはベッドに横になり、寝たきりの生活が始まった。

     この世界でもごく稀に発症する奇病にリアラは侵された。

     いまだこの病に関する有効な治療法は見つかっておらず、この病が発病した患者は皆ことごとく命を落とした。

     リアラの様態も芳しくなく、ただ見守ることしかできなかった。

     コーネルは深く嘆いた。何故リアラがこのような仕打ちを受けなければならないのか。


     だがコーネルはそこであきらめなかった。この得体の知れない病にその身を捨てる覚悟で挑んだ。

     コーネルは自らの危険を顧みず、それこそ片時も離れずリアラの傍で自分の学んだ知識と力で

     リアラの為に何かしてやれることはないか考え続けた。

     そんなコーネルの情熱とリアラへの思いに村人達も協力した。


     しかしコーネル以上の力を持つ魔術師や医者があちこちから呼び出されたが

     ベッドに横たわる目の前の少女に対してできることは少なかった。


     次第に皆、絶望し始め、少しづつ周囲の村人達の足はリアラから遠ざかっていった。

     口では皆心配の言葉をかけてはくれる。だが中には未知の病の恐怖からか

     明らかに迷惑そうにする者や疎ましく嫌味を言う心無い者もいた。


     コーネルは仕方ないことだと自分に言い聞かせた。彼らは十分力になってくれた。だが、とても悲しく思った。

     それよりも次第に皆から邪魔者扱いされていくリアラが不憫でならなかった。

     コーネルはリアラの前では心配をかけさせまいと気丈に振舞った。

     大丈夫、すぐに良くなると痩せ細っていくリアラを勇気付けた。


     そして部屋を出て自分の書斎に篭ると嘆き悲しみ、一人慟哭を押し殺し激しく泣いた。


     コーネルは自らの力の無さを嘆いた。それでもなんとか彼女を助けようと諦めることなく尽力し続けた。

     半ば自暴自棄になり自らが倒れるまで治癒の魔法を彼女に注いだこともあった。しかし効果は見込めなかった。

     例え不可思議の力を持ってしても、人の命を存続させることなどできない。命ある限りは必ず終わりがくる。

     それはこの世界に於いても変わらない。

     死は常に誰の身にも平等に訪れる。ただ、その瞬間が早いか遅いかの違いだけだ。

     コーネルはそれでも片時も彼女から離れず傍にいた。

     彼女が苦しむ度に少しでも楽になるのなら、と治癒の魔法で回復し、励まし続けた。

     自分の身を省みず看病に励んだ。リアラは例え病魔に体を蝕まれようとも

     これ以上コーネルに無理はさせまいと、消え入りそうな笑みを浮かべ続けた。

     だがそれがかえってコーネルを恐怖に陥れた。

     明日、彼女の笑顔すら見れなくなるのではないかという不安に駆られ、夜眠る事さえも満足にできなくなっていた。

     次第にコーネルは顔の肉が痩せ衰え、目は落ち窪んだ。

     ブツブツと何かに憑かれたように独り言を呟く姿は幽鬼の如くに恐ろしかった。

     村人達はその姿を見るなりリアラの病が感染したのではないかと恐怖に慄(おのの)き

     コーネルを避けるようになった。時にコーネルは往来で大声で奇声を発し、村人達に恨みや怒り

     暴言に呪いの言葉を吐いた。もう誰もコーネル達に近づく者はいなくなっていた。

     気がつけばこの小さな村でコーネルの心の拠り所はリアラの傍だけになっていた。


     そんな悪夢のような日常は過ぎていった。

     ある日の昼下がり、その悪夢は終りを告げようとしていた。

     輝く太陽とは対照的に消え逝く灯火のように燻《くす》ぶる魂の炎。今まさに一人の少女の命と引き換えに…。

     リアラが今にも消え入りそうな力無い声でコーネルに喋りかける。


     「ねえ…コーネル…覚えてる……? …あの…丘の上でした……約束………」


     コーネルはすぐに反応しリアラの手を強く握り締める。


     「ああ…覚えている…覚えているよ…リアラ……!」


     リアラは虚ろな焦点定まらない瞳で天井を見つめる。


     「もし…あなたが…お医者…様に…なれたら……その…時は…私を……」


     途切れ途切れの言葉でリアラは懸命に言葉を繋げる。


     「お嫁さんに…してくれるって…あれ…本当…だった……?」


     コーネルは力強く答える。


     「ああ…! 嘘なんかつくもんか…! 絶対だ…!!」


     リアラは言葉に対する反応が次第に遅くなっていく。


     「…ひとつ………お願い……していい……?」


     病に伏せってから、誰にも頼みごとなどしたことのなかったリアラがめずらしくコーネルに何かを求める。

     コーネルは、願っても無いリアラの気持ちに応えようとする。


     「何だ・・・? 何か…何かあるのか? 俺にしてやれること…何かあるか?」


     リアラは今にも瞳を閉じかけながらも懸命に言葉を発し続ける。

     「私…が…死んだら…お墓は……あの丘の………上が…いい…な……

     私……の…一番……大切な……場所……だか………」


     コーネルはリアラの言葉にうつむき握り締めた手に額を当てる。怒声にも似た強い言葉をリアラに送る。


     「…そんな事…言うなよ…! お前は死なない…! 俺が…死なせはしない…!」


     そう言うとコーネルは、返事をしなくなったリアラの顔を覗き見る。

     いつの間にかリアラは首を横に向け、手を握ったコーネルを優しく見つめている。

     瞼が重く、コーネルの顔が霞んで見える。


     「……ふふ…ごめん…ね…。そうね……私……ちょ……と………弱気に…………」


     リアラは言葉の途中で瞳を閉じかける。コーネルは必死に呼びかける。


     「リアラ!? リアラ!! しっかりしろ!!」


     リアラは瞳を閉じたまま微かに唇を動かし言葉をなんとか続ける。


     「……ね……コーネル………私の病気が………治ったら………

     また…行きましょう………あの丘の………………

     …ううん………もっと………………もっと向こう………

     そう……ずっと………ずっと………………向こう………あなたと

     ………………コーネル………と…一緒………」


     コーネルは瞳を強く閉じ震える手でリアラの手を握ったままうつむき

     目から涙を流し黙って彼女の言葉を聞いている。そして力強くゆっくりと宣言する。


     「ああ! 約束だ…! リアラは………リアラは俺とずっと一緒だ………!」

     その言葉は確かにリアラに届いたようだ。リアラが囁くよりも小さな声で答える。


     「………あり……が………………と………………」

     リアラは精一杯の笑顔を浮かべ、そして………………

     「………?」

     コーネルが違和感に気づきリアラに声をかける。


     「リア…ラ?……」


     ついにその時がやって来た。窓からふいに強い日差しが差し込み部屋の中を真っ白に染め上げる。

     まるでリアラを迎えに来たかのように暖かな日の光が薄暗い部屋に注ぎ込む。

     リアラはまるで眠り姫のように深い深い眠りへと誘われた。その表情は幸せそうに笑みを浮かべている。

     しかし彼女が目覚める事はもう二度とない。

     彼女はやがて朽ち果てるであろう体だけをのこし永遠に魂を彼方の岸に捕われた。

     この世界から一人の少女がたった今消え去った。

     後に残されたのは魂の抜け殻と

     その抜け殻を揺さぶり必死に愛する者の名を呼び続ける哀れな男だけであった・・・・・。







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