人間が何らかの刺激を受けてから反応するまでのおおよその時間が分かるように簡単にまとめました。
1.刺激と反応
刺激と反応は、感覚的な刺激に対する反応と精神過程に対する反応とに大別する事が出来ます。
2.単純反応時間(簡単反応時間)
感覚的な1つの刺激に対して1つの反応をするまでの時間です。複雑な反応のベースとして考える事が出来るので、この反応時間を知ることは重要です。「人間工学基準数値数式便覧(技報堂出版)」のp163に単純反応時間の目安として次の表が載っています。
視覚、聴覚、および皮膚電気刺激に対する単純反応時間(ms)
実験者 |
視覚刺激 |
聴覚刺激 |
皮膚電気刺激 |
Hirsch | 200 | 149 | 182 |
Hankel | 206 | 151 | 155 |
Donders | 188 | 180 | 154 |
Wittich | 186 | 182 | 130 |
Wundt | 222 | 167 | 201 |
Kries | 193 | 122 | 117 |
Auerbach | 191 | 122 | 146 |
Bucoola | 168 | 115 | 141 |
これらの値には反応を示す動作(ボタンを押す、あるいは指先に付けた金属板をスイッチに押し付ける)が含まれていて、その動作の数ミリ秒から数十ミリ秒を考慮しておかねばなりません。また、これらの値は既に何らかの統計処理が施されていると考えられますが、あまりにも差が大きすぎます。このことは反応時間測定の限界を示していると言えそうですが、とりあえず表から平均値を出してみます。
視覚刺激反応平均時間 | 194.25ms |
聴覚刺激反応平均時間 | 148.5ms |
皮膚電気刺激反応平均時間 | 153.25ms |
この平均値は期待通りです。振動に対する触覚の反応時間と聴覚の反応時間には類似性があり、ルネ・ショショルは「聴覚と触覚の反応時間において、これらが相互に接近する事は、われわれが認めるように、もし聴覚が発達の過程で、振動感覚が随時発達して、その結果特別の形をとったものだとしても、なにも驚くことはない」と言っています。
3.複雑反応時間(選択反応時間)
弁別を行うため単純反応時間よりは長くなると考えられています。また、複数の刺激に対して、1つの反応をするものや、複数の反応をするものなどがあります。
視覚の選択反応テストの例
Aの電球が光ればA’ボタンを押す、Bが光ればB’、
Cが光ればC’。(視覚の単純反応は電球1つ、ボタン1つ)
複雑反応時間に特徴的な心理的因子(熟慮反省)を結びつけようと試みたのが認識反応時間です。この場合は、刺激をはっきりと認めた時点で、その時だけ応答します。
モニタに「K」以外の文字が表示されたらボタンを押さない、「K」が表示されたらボタンを押すなど。
ルネ・ショショルは認識反応時間について次のように述べています。
『反応時間の測定は、すべてそれがいかなる反応時間であろうとも、物を認識することに関係する。その理由は、反応は全て被験者の意思決定を持ってなされ、しかもこの意思決定はすべて、一般にまじめにとりあげられるからである。したがって、意思決定をするまえには、ある判断や認識の確立がある。したがって、ヴント(1862,1863)の予想に反して、いわゆる認識の反応時間が、かりに測定がうまくいけば、普通の反応時間より延長していなくてもおどろくことはない。多くの著者はこれが正しいとみとめている。したがって、時おりでくわす反応時間の大きな変化や超過は、被験者が応答前に、余分に熟慮反省の一瞬時をもつという事実だけに起因するのである。』
選択反応時間については1つの数式があります。
『選択反応時間RTは一般に選択肢の数nが多くなるほど長くなる。両者の間に、
RT=alog2n+b
なる関係が成立することが報告されている』(「人間工学基準数値数式便覧(技報堂出版)」のp163)
では、次の様な選択反応時間がどの程度になるか、係数に値を入れて見てみましょう。
A→A’は単純反応です。この時の反応時間に0.15秒かかったとすると、B→B’、C→C’の2つの選択肢がある選択反応時間は単純反応時間に比べどの程度延長されるでしょうか。とりあえず0.05秒程度延長されるとしましょう。で、係数に0.05を入れて計算してみると次のようになります。
n |
1 |
2 |
4 |
8 |
50 |
99 |
100 |
反応時間(s) |
0.15 |
0.20 |
0.25 |
0.3 |
0.43219 |
0.48146 |
0.48219 |
横一列にボタンが100個ずらっと並んでいては約0.48秒でボタンを押すのは至難の業かもしれませんが、パソコンのキーボードだったらどうでしょうか。キーボードには約100個のキーが付いています。キーボードをキーが1つ1つ光るように改造して、光ったキーを押すということにすれば0.5秒もあれば十分反応できるのではないでしょうか。
4.観念連合の反応時間
『観念連合の反応時間は、心的連合に必要な、すなわちあらかじめ設定された、心的連合を基盤にしている反応時間である。このことばは被験者が、口頭もしくはほかのすべての表現方法でもって(文字で書くとか図であらわすなど)、意思表示をせねばならぬすべての反応時間を、そのなかにふくめているもので、このための時間と複雑反応時間、このなかには連想や、被験者が基本的な母音で応答せねばならぬ、いくつかの簡単反応時間があるが、この両者を区別することは、したがってしばしば困難をともなう。≪直接連合≫は、被験者になんらの自由も許さないという意味で、ほかの簡単反応に近づく。これに反して≪制限連合≫はあたえられた条件と、その反応とのあいだに、ある関係を固定化するだけのものであり、≪自由連合≫は被験者にまったくの自由を許すものである』
5.2つの刺激の最適時間間隔
2つの刺激間の間隔が最適だと反応潜時を減少させて、反応に対して良い方に作用すると考えられます。
『2つの刺激間の最適の時間間隔については、デービス(1957)は、約300ミリ秒であるといっているし、フレス(P. Fraisse 1960)はそれが800ミリ秒であるとしている。』
6.運動性レスポンスの性質が占める役割
反応時間は反応動作の種類によって変化します。
下の2つの表は「人間工学基準数値数式便覧」p164から引用しました。
音刺激に対する左右の手足による単純反応時間(ms)
右手 | 左手 | 右足 | 左足 |
147 | 144 | 174 | 179 |
(注)値は男子大学生50名の平均値
光刺激、音刺激に対するボタン押しと口頭音声による反応時間(ms)
光刺激(赤LED,100cd/m2) |
音刺激(1000Hz, 85dB) | |
ボタン押し反応 | 209(10) | 168(7) |
口頭音声反応 | 252(32) | 242(34) |
(注)値は被験者6名の各被験者ごとの平均反応時間の平均値および個人間の標準偏差
上記のとおり、手が一番早く反応できるわけですが、『同時に手を使って応答せねばならないとき、あるいはできれば四肢をつかって応答するのが好ましいときは、反応はよりすみやかにおこなわれるように思われる(Kreise, 1940)』ということです。
7.習熟効果
単純反応時間では2日目から10%まで短縮でき、複雑反応時間では30〜40%まで短縮可能であると言われています。
8.動作の大きさの影響
『反応量の大きさは調整動作における1つの変数となるが、そのおよぼす影響については議論がわかれている。まず第一に提出される問題は動作の大きさにともなって動作所要時間が異なるかどうかという問題である。
かなりの数の実験がそれを否定する答えを出している。たとえばブライアン(W.
L. Brayan)は1892年にたたく動作(tapping)において、動作の大きさを1mmから40mmまで変化させても、その速度は1秒間に4.6回から6回の幅でしか変わらないことを報告している。同様にフリーマン(F.
N. Freeman)は1914年に筆記動作について研究し、字を書くべき面積が異なっても、字を書くに要する時間はかなり一定していることをみとめた。
器具操作にかんする以上のような分析が、最近ふたたび関心のまととなったのは、これを人間の運動行動(comportement
moteur)に適用しようと試みられたからである。主として物体のおきかえ動作(もちろん調整メカニズム)の物理的側面について研究してきたこの分析手続きが、人間そのものにも適用されるためには、人間が一次方程式システムとしてみとめられなければならない。この一次方程式仮説によれば、運動行動においては、運動の大きさがどれほどになったとしても、それに要する時間は一定に保たれるということになる(Ellison,
1949, 1959 ; Fitts, 1951, 1954)。テイラー、ウォーカー(R.
Y. Walker)、ハウスホルダー(A. S. Householder, 1946,
エルソンが1949にも紹介)もこの仮説を立証するような実験結果を出している。被験者が短針を出発点から長さの異なるいくつかの点まで、刺激としてしめされた線の方向に動かす実験において、方向を修正する速度は動作の大きさにほぼ比例して大きくなった。
一次法的式仮説はいくつかの継続的調整作業においてもみとめられているけれども(de
Montpellier, 1935)、運動行動のすべてにおいてみとめられているわけではなく、とくに不連続作業においてはみとめられない。サール(L.V.
Searle)とテイラーは1948年に動作の大きさが16倍にまで変化しても(5mm→80mm)、その遂行時間はほとんど同じか2倍にすぎないことを報告している。
(中略)
ブラウンとスレーター=ハンメルは、動作の平均速度または最大速度の対数は、移動動作の長さの対数と一次方程式的な比例関係にあることを発見した。つまり、速度vと移動の長さlとはv=albという式の関係になる。ド・モンペリエが1953年に提出した「動作の所要時間はほぼ動作の大きさの平方根の割で増大する」という仮説はこの方程式のb=1/2とした場合の特別ケースであると考えられる』(ジャック・ラプラ「感覚−運動の結合」より)
おわりに
測定方法を系統化して値を出しておけば応用も可能で、実際の人間の反応時間を知る手掛かりになります。しかし、これらの反応時間は全て近似的な値であり、測定方法によって左右されていることはもちろんのこと、ここで取り上げなかった生理学的なあるいは精神的な非常に多くの因子で左右されていることを忘れてはなりません。たとえ同一の被験者であっても、その時によって変化します。
2003.04.13(加筆訂正2003.04.19)
文献
ルネ・ショショル, 萬代敬三 訳, 1963 : 反応時間.
現代心理学U. 白水社
ジャック・ラプラ, 篠田勝郎 訳, 1963 :
感覚−運動の結合. 現代心理学U. 白水社
佐藤方彦 監修, 1992 :
人間工学基準数値数式便覧. 技報堂出版 : 163-164.