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第4回「脅かされる患者の安全」(連載企画「KAROSHI−問われる医療労働」)

深刻化する救急受け入れ体制
 「医療機関が患者を受け入れられないことを『受け入れ拒否』や『たらい回し』などと一部報道が表現しているが、これには違和感を覚える」−。東京都内の民間病院のある外科医は、こうしたテレビのニュースを見るたび、「医師の都合で拒否しているのではない。助けたくても、物理的に患者を受け入れられない状態なんだ」と反発するという。
 都内のある産科医も、「早産などリスクの高い妊婦を受け入れるために必要なNICU(新生児集中治療室)はどこも満床で、緊急時に患者を受け入れるのは産科が一番困難だ」とため息をつく。
 救急の受け入れについて、医療提供体制の“不備”を案じる医療関係者は少なくない。

 その象徴的な事例として、東京都調布市のかかりつけ病院で嘔吐などの症状を訴えた妊婦が今年9月、「総合周産期母子医療センター」に指定されている杏林大病院など複数の病院から受け入れを断られていたことが11月4日、明らかになった。これに先立つ10月には、頭痛を訴えた妊婦が都内8病院に受け入れられず、都立墨東病院で死亡している。この2つの事例は、首都の東京で発生しただけに、とりわけ全国に衝撃を与えた。
 医師・看護師不足と医療現場の疲弊は、今や医療者だけでなく患者の命をも危険にさらすほど深刻なものになっている。

 総務省が3月にまとめた「救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査」の結果によると、昨年一年間に、1人の患者が救急搬送の受け入れを20回以上断られた例があったのは、宮城、埼玉、千葉、東京、神奈川、山梨、大阪、兵庫、奈良の9都府県。また、救急の要請をすぐに受け入れられず、1回以上「断られた」事例が、全国で4028件以上あったという。
 医師の過重労働問題に詳しい札幌市在住の小児科医江原朗さんは、「東京都内の病院で妊婦の受け入れができなかった2つの事例で、都市部の病院のキャパシティーも医師も不足していることが明白になった。地方はもっと深刻な状況だ」と強調する。
 江原さんは、全国の「総合周産期母子医療センター」を対象にした報道機関の調査結果を取り上げ、「4割弱が搬送の受け入れを『断る場合がある』としており、その多くが大都市圏だった。逆に、地方では大半の施設が『原則すべて受け入れる』と答えている」と指摘。この結果だけを見ると、地方の医療機関の方が機能しているようにも受け取れるが、江原さんは、「すべて受け入れてくれるから、地方の医療機関は現状のままで問題ないと思わないでほしい」とクギを刺す。
 「確かに地方の中核病院は、原則として救急患者の搬送を断らない。しかし、患者の行き先がほかにないため、医師、看護師、病床が全く足りない状態でやむを得ず受け入れているというのが実情で、潤沢な医療資源に裏打ちされた医療が施されているわけではない。都市部のような“たらい回し”は生じないかもしれないが、このままの体制を続ければ、医療事故などの悲劇が起きる危険性は高い」

高まる「医療事故」の危険性
 妊婦が死亡し、執刀医が逮捕・起訴された「福島県立大野病院事件」。8月20日の判決公判の数日前、同事件について都内の公立病院の産科医が、「医療には限界があることを、みんなに理解してほしい」と、数人の報道関係者に繰り返し訴え、理解を求めた。
 「懸命に手術しても患者が亡くなることはある。その結果だけで犯罪者にされてしまうのなら、リスクのある治療をやる医師はいなくなる。心身共にベストの状態で治療に当たっても、不慮の事故や人為的なミスを百パーセントなくすことはできない。その上、長時間労働などの労働環境が、さらに事故が起きやすい状況をつくっている」

 「多くの医療現場、特に大学病院などでは、夜勤明けで睡眠不足の医師が外来患者を診察している」。精神科医で全国医師連盟執行部の三輪高之さんは、「夜勤明けの医師は、酔っ払っている状態に近い。怖いのは、医師がその状況に『過剰適応』して、慣れてしまうことだ」と指摘する。例えば、外科医の場合、夜勤明けで疲れていても、風邪を引いて熱があっても、いったん手術に取り掛かると、「一時的に元気になってしまう」。しかし、連続勤務では、疲労が蓄積されるばかりで、問題の解決にならないどころか、医療事故のリスクは高まるばかりだという。

 看護師不足も医療事故のリスクを高める。日本医療労働組合連合会副委員長の大村淑美さんは、米ペンシルバニア大のリンダ・エイケン教授らの研究結果などを踏まえ、「看護師1人当たりの受け持ち患者が1人増えると、『救えない命』が約7%、4人増えると約30%増える。また、合併症の発症率も上がるとされている」と指摘。患者の安全を危惧(きぐ)している。このほか、1ベッド当たりの看護職員が多くなるほど、平均在院日数が短くなるとの報告もある。

歯止め掛からぬ「医療崩壊」
 「医師や看護師不足などによる病院や診療科の閉鎖・縮小が、全国各地で“ドミノ倒し”のように起きている」。埼玉県済生会栗橋病院副院長で、NPO法人(特定非営利活動法人)「医療制度研究会」副理事長の本田宏さんは、日本の“医療崩壊”に危機感を強めている。
 9月末には、千葉県の銚子市立総合病院が医師不足による経営の悪化で、運営休止を余儀なくされた。ここ数年、医師不足や赤字を理由に閉鎖される診療科や病院は増え続けているが、「最後の受け皿」の公立病院の閉鎖は、医療者に大きなショックを与えた。病院存続を掲げて当選した岡野俊昭市長は「一番残したかったのはわたしだ」と悔しさをにじませながらも、「市がつぶれても病院を残せというのはナンセンス」との見解を示している。
 これに対し、本田さんは「赤字なのに、市の一般行政職の待遇などはそのままにして、市立病院をつぶしてしまっていいのか」と、市側の姿勢に疑問を呈する。
 日本自治体労働組合総連合(自治労連)によると、全国約1000自治体病院の3分の2が赤字経営に陥っている。

 全国的な麻酔医不足も深刻な問題だ。三重大では2006年、激務に反発した麻酔科の医師が一斉に離職。愛媛県の東予救命救急センターでは、麻酔科の常勤医が1人で、麻酔の2−3割を専門外の医師が行わざるを得ない状況だという。麻酔医不在では、救急患者の緊急手術ができない。しかし、常勤麻酔医がいない病院も少なくなく、非常勤麻酔医が確保できなければ一般的な手術さえ不可能だ。手術のめどが立たなければ、患者の命が脅かされる危険性がある。
 医療者、患者にとって安心・安全な医療体制を確立するには何が必要なのだろうか―。
(第5回に続く)

【福島県立大野病院事件】
 福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が04年12月に死亡した事件。手術を担当した元産婦人科医長の加藤克彦医師が業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕・起訴されたが、今年8月に福島地裁は無罪判決を言い渡した。検察側は控訴せず、無罪が確定。加藤医師は、10月に産婦人科医として別の病院で現場復帰した。この事件がきっかけで、公的補償制度、無過失補償制度、医療安全調査委員会(仮称)などの創設を求める動きが強まった。


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更新:2008/11/07 18:56   キャリアブレイン

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