医療を「提供する」「受ける」の垣根を越えて産科医療の明日を議論する市民公開講座「産科医療の未来を語る」(産科医療協議会主催)が5日、千葉県浦安市のホテルであった。第49回日本母性衛生学会のプログラムの一つとして開かれたもので、ハイリスク診療や超過勤務などの問題解決に向け、具体的に取り組む医療機関の実例が紹介された。また当日は、都立墨東病院に続き再び妊婦が、「総合周産期母子医療センター」に指定されている杏林大病院など6病院から受け入れを拒否されたとの報道もあり、会場では医療を受ける側からも周産期医療への活発な提言があった。
まず海野信也・北里大学教授、中井章人・日本医科大学教授、西原里香・長良医療センター医師が、産科医療現場の現状を報告。医師の当直回数が月に平均5.9回にのぼることや、分娩取り扱い施設の減少などが挙げられた。また、医師不足解消には女性医師の勤続が欠かせないとしながらも、西原医師から、子供を持つ女性医師が勤務形態を変えずにいられるのは、育児・家事を夫や親がこなしている家庭だと指摘。だれにも頼ることができないケースでは、女性が非常勤勤務や退職を選ばざるを得ないといった実例が示された。
こうした現状の中で、解決の道筋として個々の取り組みが報告され、長良医療センターでは、1患者に対し全員主治医制をとることで、当直や夜間呼び出しが激減し、長期の休みも取得できるなど勤務の軽減につながったという。また子育て中の女性医師に外来を担当してもらい、他の医師が入院患者への診療に多くの時間がとれるようになったケースや、1患者ペア主治医制にし、日勤は子育て中の医師が、夜勤は男性医師といった分担をしている例が紹介された。
議論では医師側が改めて、産科医不足が分娩施設の激減やお産難民、妊婦の受け入れ拒否を引き起こしていると指摘。現状を克服するには周産期医療センターの体制強化はもとより、救急から周産期に搬送する前の二次医療機関の充実も急務との提案が出された。
一方、受講者からは「お産の危険性など妊婦も出産について知識を深めてほしい」「妊婦受け入れ拒否を『事件』としてではなく、医療環境の改善につながるような観点でとらえるべきだ」「妊婦の情報交換の場として医療機関を利用させてほしい」「医療の現状を理解するには、医療機関が抱える問題点を世間に広く知ってもらうことが必要」などの意見が出された。
進行役の久保隆彦・国立成育医療センター医長と、川鰭一郎・長良医療センター周産期センター長は、患者と医療機関が互いに、責任のなすりあいをしてきたこれまでの社会状況から脱却すべき時と語り合った。そして、同協議会に、都立墨東病院で死亡した妊婦の夫が寄せた「屈することなく、命を取り出すという重責ある、尊い仕事を誇りを持ってまっとうして頂くことを心よりお願い申し上げます」とのコメントを紹介。「患者と医療機関が憎みあうことなく、日本の母と子を守るために一丸となって最善の方策を講じる努力を行っていかなければならない」と強調し、市民公開講座を終えた。【江刺弘子】
2008年11月7日