医療介護CBニュース -キャリアブレインが送る最新の医療・介護ニュース-

CBネット |  医療介護CBニュース

話題・特集


第3回「足りない担い手」(連載企画「KAROSHI−問われる医療労働」)

歯止め掛からぬ「立ち去り型サボタージュ」
 精も根も尽き果てるような働き方をせずとも、安全な医療を提供したい−。
 「この年賀状を読んだ時、上司としてとてもつらかった。一気におとそ気分が吹っ飛んだ」。埼玉県済生会栗橋病院の副院長で、NPO法人(特定非営利活動法人)「医療制度研究会」副理事長の本田宏さんは、年間90回にも及ぶ講演活動で、医師不足を物語る象徴的な事例として、中堅女性外科医からの年賀状を紹介している。

 各地で医師不足の解決を訴え続ける本田さんが、その原因について指摘する。「1983年の『医療費亡国論』以降、政府が医療費抑制策を主導し、医師養成数を削減してきた。この間、医療技術の高度化や高齢化などが進み、医療への需要が高まり、医師の業務量が増えている。一方で、2000年から相次いでいる医療事故などで、患者の医療に対する不信感が高まり、『モンスターペイシェント』による暴言や暴力などの被害も増加している。これら複合的な要因が重なり、『立ち去り型サボタージュ』と呼ばれる勤務医の退職が目立ってきている。医師不足に歯止めが掛からず、ここ数年で労働環境がさらに悪化している」。
 本田さんは、日本の医師不足の深刻さについて、世界の「標準」を示しながら、その重大性を強調する。
 「医療技術の高度化や高齢化に併せ、OECD(経済協力開発機構)加盟国は、医師数を大幅に増やしてきた。日本も1996年の約24万人から、2006年には約28万人と、10年間で約15%増えているが、人口1000人当たりの医師数は、OECD加盟30か国中27位と最低ランクで、各国の平均の医師数と比べると約14万人も少ない。これでは、医師が疲れ果て病院を去っていく現象は止められない」

 政府は、昨年まで「医師は不足ではなく、偏在しているだけ」としてきたが、今年2月、ようやく「医師は総数としても充足している状況にない」との見解を示し、医師不足を認めた。文部科学省は、2009年度の医学部定員を計693人増やし、総定員数を8486人とする計画を公表した。総定員は、1981年度の8280人を上回り、過去最多となる。しかし、本田さんは「米国では将来の高齢化による医療需要増大に対応するため、医学部定員3割増が真剣に検討されている。日本もこれから団塊世代の高齢化を迎えることを考えると、700人程度の増員では実効性は期待できない。情報を正しく認識して、早急に行動を起こさなければならない」と批判する。

「7対1」でさらなる看護師不足に
 「現在の看護師の離職率は12.3%で、これは看護学校が300校なくなるのと同じことだといわれている。さらに、2006年の診療報酬改定で新設された『7対1看護師配置基準』によって、医療機関の経営状態と看護師の職場環境が“二極化”してしまっている」
 村上優子さんの過労死裁判の控訴審判決が出された10月30日、大阪市で大阪医労連看護闘争委員会主催の「ナースウェーブ学習会」が開かれ、日本医療労働組合連合会(医労連)副委員長の大村淑美さんが、看護師不足問題について言及した。
 「ただでさえ看護師が足りないところに追い打ちを掛け、多くの医療機関に打撃を与えたのが、『7対1』だった」と指摘した上で、その実態を分かりやすく説明した。
 「看護師の“奪い合い”に勝って『7対1』を実現している医療機関は、収益が増え、看護師も有給休暇が取りやすくなるなど、労働環境が改善され、ますます看護師が集まるようになっている。一方、多くの医療機関はぎりぎりの人員で『7対1』を維持している。当然、看護師の業務負担は大きくなり、退職率が上がる。それに伴い経営状態も悪くなるという『看護師不足による悪循環』に陥っている」
 「7対1」は、患者への看護を手厚くする目的で導入されたが、大村さんは、「全体の看護師配置基準を引き上げることには賛成だが、看護師の絶対数を増やさずに『7対1』を新設するのは矛盾している」と厚生労働省を厳しく批判する。

 また、国立高度専門医療センター(国立病院)の多くも看護師不足と相次ぐ離職に悩まされている。全日本国立医療労働組合(全医労)では、「国家公務員総定員法により、医療機関ごとに定員定数が決められている。看護師が年度途中で離職しても、看護師の絶対数が足りない状況下で補充が困難だ」と、同センターの苦しい事情を明かす。書記長の岸田重信さんは、「定員を満たしていても、いまだに2人夜勤体制になっている病棟も少なくない。つまり、国家公務員総定員法そのものに問題がある」と批判している。

 本田さんと同じく埼玉県済生会栗橋病院副院長の白髪宏司さんも、「看護師の多くは、幼いころから直接人の役に立ちたい、患者を救いたいという純粋な動機を持って看護師という職を選んでいる。そんな高い志を持った人たちが、就職後2、3年で仕事を継続するかどうか悩まなければいけない現状―。この状況をこのまま放置しておいてはいけない」と警鐘を鳴らす。

 過酷な労働による「燃え尽き症候群」や家庭の事情などが原因で、医療現場を去ってしまう看護師も増えている。資格を保有しながら勤務していない「潜在看護師」は、国内で55万人以上に上る(厚労省推計)。

業務負担を増やす最先端技術とIT化
 
「医療技術の高度化とIT化によって、医師の業務は増えている。一人ひとりの医師の業務量が増えていることが、医師不足の問題を深刻化させている」。こう指摘するのは、医師の過重労働問題に詳しい札幌市在住の小児科医江原朗さんだ。
 「例えば、10年前だったら治療できず亡くなっていたケースでも、患者を救うことができるようになっている。医療の進歩による新しい治療法は、痛みや体へのダメージが小さいなど、患者にとってメリットをもたらす。一方、医師が習得しなければならない技術と業務量がどんどん増えている。専門分野も細分化され、より多くのマンパワーが必要になっている」
 胆石症の手術を例にすると、20年以上前は開腹手術が一般的だったが、最近では腹腔鏡手術がメーンになっている。「患者にとっては、痛みも体への負担も小さく、入院期間も短くなるなど、いいことばかり。しかし、その技術の習得のためには、一定のトレーニング期間が必要で、一人の医師が技術を習得するまでには、指導医の時間も割かれることになる。さらに、最新器材の購入やメンテナンス、手術中の管理スタッフの人件費などの費用が病院経営を圧迫する」
 また、医療機関のIT化も医師不足に拍車を掛けているという。江原さんは「IT化は、事務職員の業務を医療者に転嫁することになった。結果として、医師の業務が増えた」と指摘する。
 現場の医療者だけでなく、経営陣も苦悩を抱えている。小児科医として現場で診療を続けながら病院経営業務もこなす白髪さんは、「病院経営陣は職員の不満が爆発しないように最大限に配慮しながら、本業である医業もこなしている。疲れ果てた職員に、さらにハッパを掛けなければ、職員の給与が保障できないという状態だ」と苦しい胸の内を明かす。

 「立ち去り型サボタージュ」「燃え尽き症候群」などによる医療者の退職で、現場に残った人たちにさらなる過重労働がのし掛かる。そして、それは医療者たちだけでなく、患者の命をも脅かすことになる。
(第4回に続く)

【7対1看護師配置基準】
 厚労省が06年の診療報酬改定で新設した看護師の配置基準。入院患者7人に対して実質的に1人以上の看護師を配置する病院に、高い診療報酬が支払われるようになった。



【関連記事】
第1回「増える過労死」(連載企画「KAROSHI−問われる医療労働」)
第2回「壊れる医療現場」(連載企画「KAROSHI−問われる医療労働」)
看護職員確保法の改正と看護師増員を―大阪医労連
看護師の過労死「公務災害」と認定−大阪高裁
看護師の労働環境の改善を


更新:2008/11/06 18:56   キャリアブレイン

この記事をスクラップブックに貼る


注目の情報

PR

新機能のお知らせ

ログイン-会員登録がお済みの方はこちら-

CBニュース会員登録メリット

気になるワードの記事お知らせ機能やスクラップブックなど会員限定サービスが使えます。

一緒に登録!CBネットで希望通りの転職を

プロがあなたの転職をサポートする転職支援サービスや専用ツールで病院からスカウトされる機能を使って転職を成功させませんか?

キャリアブレインの転職支援サービスが選ばれる理由

【第35回】川合秀治さん(全国老人保健施設協会会長) 介護報酬改定の議論が白熱する中、全国老人保健施設協会(全老健)会長で、社会保障審議会介護給付費分科会の委員も務める川合秀治さんは、「2−3%上げても意味がない。減額される前の水準に戻してから議論すべき」と主張する。そのためには、予算を大胆に組み替 ...

記事全文を読む

患者に寄り添う看護に重点医療法人社団昌栄会「相武台病院」(神奈川県座間市)24時間保育でママさん支援 厳しい労働実態から離職率が12.3%に達するなど、看護師の確保・定着が看護現場の重要な課題になっている。こうした中、神奈川県座間市の医療法人社団昌栄会相武台病院では、組織を挙げて働きやすい職場づくり ...

記事全文を読む

病院の印象を劇的に変化!
「インプレッショントレーニング」

もし、病院の印象を劇的に変えることができるとしたら。今回は、そんな夢のようなことを現実にしてしまう「インプレッショントレーニング」をご紹介します。

>>医療番組はこちら


会社概要 |  プライバシーポリシー |  著作権について |  メルマガ登録・解除 |  スタッフ募集 |  広告に関するお問い合わせ