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訓練棟の傍らで黒髪黒目で一見地味な格好の男が座っていた。よほどの運動量だったのか、体からはかすかに湯気が昇っていた。近くの壁に剣―それもただの剣ではない。この世界に伝わる永遠神剣と呼ばれるものだ。第四位『閃光』と言う―を立てかけていた。それを持つ志貴はバーンライト王国スピリット隊隊長という肩書きを持っていが、志貴にとってはそんなことはどうでもよかった。

 ふと空を見上げる。そこには空があり、雲があり、太陽がある。だけどその全てを知らない。といえば語弊があるかもしれないが、実際それが何なのか志貴は理解しているのだから。それでも志貴は知らない。ここから見上げるこの空に見える全てを・・・

バーンライト王国首都サモドア。ここに来てからどれくらい足っただろうか。志貴も最初は数えていたが、それが無駄なことだと分かると数えることをしなくなった。大事なのは今この瞬間。始まるであろう戦争に生き残る事・・・

「どうしたんですか?」

声がするほうを見るとリュミエールがいた。どうやらそんなに長い間空を見ていたらしい。
「なんでもない。空を見ていただけだ」

「空・・・ですか」

リュミエールが見上げる。彼女に見えたのは自分と同じ空なのか、それとも彼女には自分とは違った風に見えるのか。

だが、それは志貴の知るところではなかった。



5本目の神剣 青春編〜予感〜



―サモドア スピリットの館―



 「なあ。リュミ。一つ聞きたいことがあるんだが」

 訓練を終えて昼食をとっていた時、志貴は自分が最近抱くようになった疑問を聞いてみることにした。

 「本格的な戦争はまだ起こってないにしろ、前線に俺が呼ばれないのって何故なんだ? 普通だったら俺が出てった方が向こうだってうかつに攻められなくなるし、被害だって抑えられるだろ」

 実際志貴は前線どころか、街の警邏にも出たことがない。戦力を有効に使わないのはこの状況では不自然であり、十分な力を持っている志貴に何の任務も与えられないのはおかしなことであった。

 と、それまで食事をすすめていたリュミエールの手が止まり、少し困ったような顔をする。

 「それは・・・すみませんシキ様。部隊の運用についてはアルエットが全てを任されていますので・・・いいにくいのですが・・・私もよくはわかりません」

 「あ、ああ。いいんだ別に謝るようなことじゃない。少し気になっただけだから」

 しゅんとうなだれるリュミエールにそう言ってから、志貴はまた浮かび上がった疑問を聞くことにした。

 「そういえば、アルエットって、あんまり見かけないけどいつもはどこにいるんだ?」

 志貴の記憶の中では訓練の時と、食事の時以外で見かけたことは無かった。アルエットは気がつくといつの間にかふらりといなくなっていた。

 それを理解したのかリュミエールが答える。

 「あの娘は大抵は城のほうにいます」

 「城に?」

 はい。とリュミエールがうなずく。

 「さっきも言いましたけど、部隊の運用はアルエットが全て任されています。そのほかにも作戦立案とか、部隊の展開、指揮なども任されています。ですから城には殆ど毎日行かなければ行けないんです」

 「ふうん―」

 大変なんだな。と言おうとしたときだった。

 キィン!

 「!」

 突然の神剣からの警告。そして、次の瞬間。自分が押しつぶされんかと思うほどの圧倒的な量のマナが、世界を覆いつくすかと思えるほど膨張、拡散したかと思えば、それらが全てある方向に吸い寄せられていく。まるで器に入っていた水が新しい器に注がれていくような。だが、そんなことよりも圧倒的なプレッシャー。マナから感じられる強大な意思のようなものそれが何かに飲み込まれようとしていた。

 じわりと冷や汗が背中を伝うのがわかった。何かが起きている。それだけは理解できた。

 「シ、シキ様・・・」

 リュミエールをも同じものを感じ取ったらしく動揺していた。他の若いスピリットたちも同様だった。

 カーン! カーン! カーン!

 そのとき館の中にいてもよく聞こえる鐘の音が響いた。何度か聞いたことのある音だった。それが城への召集の警鐘だということを思い出すのに多少時間を要したが、

「リュミ。城に行くぞ。他は留守番してるんだぞ!」

 言うが速いか、志貴はコートを羽織り、神剣を持って、館を飛び出す。リュミエールがついてきているのを確認して、さっきの気配のほうを探ってみた。いや、探らなくてもはっきりと「それ」は見えていた。はるか空の向こうに立つ光の柱、マナがラキオスの大地に注がれていた。

 (『閃光』あれはいった何なんだ)

 胸中でつぶやくとすぐに返事が返ってきた。

 『うむ。どうやら門番が消滅したようだ。気配が消えた。・・・そうか「奴」はあそこに・・・』

 (? どうしたんだ?)

 だが、質問には答えず、代わりに別のことを答えた。

 『契約者よ。どうやらラキオスとかいう国には契約者と同じ人間がいるようだ』

 「エトランジェがか?・・・あそこに」

 ポツリとつぶやく。何か予感めいたものを感じながら城へ急いだ。

『そうだ・・・代償の時は近い・・・』



―サモドア 城 謁見の間―



 謁見の間についてみると、そこでは文官、武官問わず、ひしめき合い、あちこちで喧騒が飛んでいた。その人ごみの中から一人のスピリットが人ごみを掻き分けながらこちらに出てきた。

 黒い髪をショートカットにしたスピリット―アルエットだった。

 「シキ様。リュミ。よかった。あなたたちも気づいてたのね」

 「アルエット。一体これはどういうことなの」

 リュミエールが前に出て質問する。アルエットが志貴とリュミエールをそれぞれ見てから重たそうに口を開く。

 「ラキオスが動き出したらしいの。今大量のマナがラキオスで開放されたのを確認したの、それで・・・」

 一瞬アルエットが言いよどむ。志貴はその先に何を言おうとしているのか分かる気がした。

 「たぶん戦争になるわ。向こうが大量のマナを得たのなら、こっちに攻めてこない道理なんてないんだから・・・」

 そう言って表情が曇る。アルエット自身。バーンライトの中でも屈指のスピリットであっても、大きな戦闘を経験したことが無いというだけで不安は大きかった。

 「アルエット。あまり気負うな。気持ちを落ち着かせてさえいればお前の力は確かなものなんだからな。俺が保障する」

 「は、はい・・・大丈夫です」

 そう言って再び顔を上げるとそこにはいつも通りのアルエットがいた。

 「それで今回は本格的な敵の進行に対してこちらも相応の姿勢で臨むことになりました。具体的には今回の作戦からシキ様は部隊に正式に配属されます。これはラキオスにもエトランジェがいるという事と、シキ様ならそれに対抗する力が十分あると判断されたからです。」

 「ああ。分かった」

 志貴は事務的な事柄に適当に相槌を打って先を促す。

 「これから私達はシキ様を中心とした部隊を組みリモドアを経てリーザリオにて敵を迎撃、殲滅します。リモドアではサラ・ブルースピリットを隊に加え、リーザリオに向かいます。既にリーザリオにはサーギオス帝国から補充戦力としてスピリットが配置されています。彼女と連携をとるためにも急ぎ準備を整える必要があります。そのため出発は準備が出来次第となりますが・・・何か質問はありますか?」

 「ラセリオはどうなんだ? あそこの坑道を抜けられたらまずいんじゃないか?」

 「それは大丈夫です。あの坑道は少し前に工作隊によって封鎖されましたから」

 「そうか。ならいい」

 「では、お二人は先に戻って準備をしてて下さい。私もすぐに戻りますから」

 軽く会釈をし、雑踏の中に戻っていくアルエットを見送ってから志貴とリュミエールは城を後にした。



―リモドア 付近郊外―



 「そういえば、サラって娘には一度も会ってない気がするな」

 誰にとも無く志貴がポツリとつぶやく。それをリュミエールが説明するためにこちらに近づいてきた。

 「サラは私と殆ど同期のスピリットです。『氷結』のサラって言われています」

 「『氷結』?」

 志貴が聞き返すとリュミエールがはい。と頷き説明する。

 「彼女が持つ神剣『氷結』から由来しているんですけど、少しですが氷を操ることが出来るんです。スピリットの持つ神剣でそのような特殊な効果を併せ持ったものは珍しいですから、そういった二つ名が自然と出来たんです。それと―」

 「それと?」

 「あ、いえ。そうですね。実際に会ってあげて下さい。そっちのほうがサラも喜ぶはずですから」

 「?」

 そして何か思い出したかのようにくすくすと笑う。何か意味ありげな含みを持たせたその表情からはそれ以上の事は伺えなかった。



―リモドア スピリットの詰め所―



 「―にしても、誰もいないのな」

 陽が傾き始めた頃リモドアについたのはいいが、肝心のサラがいないことに気づき志貴はすっかり肩透かしを食らった気分だった。歩きでの移動によほど堪えたのかリビングの椅子にどっかりと座りくつろいでいる。

 「アルエット。これからどうするんだ?」

 とりあえずこの辺の事情に詳しそうなアルエットに聞いてみることにしてみた。彼女は今台所にいた。

 「そうですね。とりあえず今日のところはここで宿を取っておきましょう。先ほどの伝令によりますと、ラキオスはどうやら明日進軍を開始するそうですから」

 台所から出てきて、失礼しますといい。手近な椅子に座る。

 「あ、あの・・・」

 「ん?」

 「あ、いえ、その・・・」

 いつもは、はきはきとしている彼女が妙にそわそわとしている。口調もどこかたどたどしく、なんとなくジュリに似ていた。一瞬訝るが、何か言おうとする前にアルエットが先に口火を切った。

 「よ、よろしかったら。い、一緒に買い物に行きませんか」

 最後は本当に蚊の泣くような声だった。全てを言い終える頃にはアルエットの顔が耳の先まで真っ赤に染まっていた。



―ほんの少し遡った台所で―



 誰もいない館は静かだった。陽の光りが山の端に掛かりそうで綺麗な夕日が詰め所の中を照らしいていた。

 館には本当に誰もいなかった。自分ともう「一人」を除いて。それが彼女アルエット・ブラックスピリットの心臓を警鐘のように高鳴らせていた。

 (どうしようどうしようどうしようどうしよう)

 自分がこんなにも困っているのに彼女の神剣『胆略』はこんなときに限って沈黙している。戦場での相棒はもしかしたらこの状況を楽しんでいるのかもしれないと思ったが、そんなことを気にしている状況でもなかった。

 手持ち無沙汰な心地になって、台所にある食材やら何やらを見て回る。が、特に何かあるわけでもない台所にこの状況を打破するものは何も無かった。

 (ああ、シキ様が退屈しているよ〜。な、何か言わないと・・・こんにちは? だめだめ! それってすごく不自然じゃない!・・・こんばんは? て、それじゃさっきと変わらないじゃない!・・・いっそこのままどかに・・・だめだめだめだめだめだめだめ。それはだめだって!)

 アルエットがあーでもない。こーでもないと悶絶しているとリビングのほうから突然声がかかる。

 「アルエット。これからどうするんだ?」

 「!」

 志貴の呼びかけで我に返えると、とりあえず台所から出て、リビングに向かう。

 (ああ! やっぱり退屈そうにしてる!)

 アルエットは志貴のくたびれた格好を見てそう思ったが、とりあえずさっきの質問に答えることにした。

「そうですね。とりあえず今日のところはここで宿を取っておきましょう。先ほどの伝令によりますと、ラキオスはどうやら明日進軍を開始するそうですから」

 それからアルエットは失礼しますと言い。手近な椅子に座わったつもりだったが、それがいけなかった。意識してかしないでかは分からないがそこは志貴の隣だった。

 (ど、ど、ど、ど、ど、どうしようーーーー! と、と、隣に座ってしまうなんて! あ、あ、でも別にシキ様が嫌だとかそういうのじゃなくて、あ〜〜どうしよう! と、とりあえず何か、何か言わないと・・・えと、えと)

「あ、あの・・・」

 「ん?」

 (ああ! ほら、速く言わないと)

 心の中での葛藤が激しくなるにつれて頭の中が真っ白になっていくのを感じながら急いで次の言葉を模索する。

 「あ、いえ、その・・・」

 これから自分が言おうとしていることを考えると心臓がさらに早く脈打ち、それが相手に聞こえるのではないか思えた。顔が熱かった。きっと今の自分はとてつもなく赤面しているのだろうというのが容易に想像できた。

 (この! 言っちゃえ! ガッツよ! ガッツを見せるのよ!)

 「よ、よろしかったら。い、一緒に買い物に行きませんか」

 最後の方は恥ずかしさからぼそぼそといった感じになってしまったが、今のアルエットにはそんなことを気にする余裕など無かった。夕日が自分の顔を照らしてくれることがせめてもの慰めだっただろう。



 ちなみにその後、二人が買い物から帰ってくると館にいなっかたメンバー全員が首をそろえて玄関で出迎えてくれた。何やら含み笑いを浮かべているリュミエールと、水が沸騰してしまうのではないかというくらい赤くなっていたアルエットがとても印象的だった。と志貴は記憶していた。伝令の行き違いで、サラ・ブルースピリットはすでにリーザリオに向かっているとの報告が来たのはその日の夜。伝令で来た兵士は館に起こった惨劇を見ると三日三晩悪夢を見たとかないとか・・・



あとがき
 いや〜今回は次回の前振りということでこんな感じにしてみました。名前は最初の方に出たのに、全然出番のなかったアルエットに焦点当ててみたんですけど、どうだったでしょうか? 普段はまじめな彼女の脳内思考はあんな感じで普段のまじめっぷりはどこえやら・・・そんな彼女の一面を取り入れてみたのがこの作品の見所だったんではないでしょうか。あ、でもアルエットがあんな風になるのは志貴の前だけなんですけどね。アルエット自身は何でそうなるのかに気づくのにはまだまだ時間が掛かるでしょけど。
 次回はついに出るか!? 元設定主人公。
 「おお。やっと俺の出番か!?」
 ・・・たぶん。
 「て、おい! はっきりしろよ作者!」
 ではでは次回作に会いましょう。

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