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【社説】

次期大統領にオバマ氏 アメリカの歴史的選択

2008年11月6日

 アメリカが、ためらい抜いた末に初の黒人候補オバマ上院議員を次期大統領に選出した。新世紀の指導者誕生を思わせる歴史的選択の行方に期待したい。

 四年に一度の大統領選挙には、アメリカが置かれた時代状況が透視図のように映し出される。イラク戦争から医療保険まで、あらゆる争点が吟味された末、最終的な決定打となったのは、世界金融危機だった。

 有権者は「国家の安全」を説く戦争ヒーローよりも、「アメリカの統合」を訴え続けた一期目の黒人上院議員に祖国再生を託す判断を下した。その歴史的な選択を見守りたい。

◆ 「言葉の政治家」貫く

 「アメリカ発」の前置きが必ず付く世界的金融危機。メディアが伝えるアメリカ社会の現状は陰鬱(いんうつ)さに満ちている。

 象徴的な事件が先月起きた。カリフォルニア州パサディナ市で住宅が炎上し、焼け跡から五十三歳の女性の遺体が見つかった。ローン返済が滞り、立ち退きを迫られ続けた末、家が競売にかけられる当日未明のことだった。傍らに銃があり、自ら火を放って自殺したとみられている。

 差し押さえで家を失った人は百万人を超える。日々寒さの募る季節、空き地や駐車場に止めた車での仮住まいを余儀なくされる家族、テント張りの避難生活を強いられる住民たちの姿には「アメリカ的生活様式」の陰りすら漂う。

 言葉が上滑りしがちな世界で、オバマ候補は「言葉の政治家」を貫いた。四年前の民主党大会での基調演説にすべてが凝縮されている。「リベラルなアメリカ、保守のアメリカがあるのではない。黒人の、白人のアメリカ、ラティーノの、アジア人のアメリカがあるのではない。あるのはただアメリカ合衆国だけだ」

◆ ブッシュ政権への審判

 数々の演説が熱狂的に受け入れられたのは、広がる一方の格差社会にあって、説得力を秘めた言葉への渇望が国民の間に満ちていたからだろう。

 国内だけではない。最近のギャラップ七十カ国調査では、オバマ勝利を求める国が圧倒的多数を占めた。国際社会がアメリカとの対話の再開をどれだけ求めていたかの証左とも読める。

 米中枢同時テロ以降、ブッシュ政権は「敵か味方か」の二者択一を迫る問答無用の構えを崩さなかった。九月に開かれた国連総会に至っても「テロとの戦い」一点張りだった。

 世界の変化の速度は速い。米国が単独主義に固執する間、世界は環境、食料、原油問題と、グローバルな危機に次々直面した。力の誇示に頼る一極主義は、機能不全に陥った。

 二年前の中間選挙で軌道修正を図ったアメリカ有権者は今回、ブッシュ路線に明白な「ノー」の審判を下した。

 金融危機とアフガニスタン、イラクでの二つの戦争。オバマ次期政権が引き継ぐ緊急の政治課題に有効な処方箋(せん)を見つけるのは難しい。ケネディ政権に見られたような「最良で最も聡明(そうめい)」な人材の集約で、「一つのアメリカ」を体現する新政権づくりを望みたい。

 選挙戦で際立ったのは、オバマ陣営の情報化社会への対応だ。ネットを駆使した組織づくり、資金集めなど、情報技術ツールを自在に使いこなす双方向型の組織運営は、従来型だった共和党マケイン陣営との時代や感性の違いを浮かび上がらせた。二十一世紀の新しい指導者像への期待を抱かせる。

 外交政策にも変化が及ぼう。一極主義の綻(ほころ)びを縫うように、すでに欧州、中東、南米、アジアなど各地で新しい地域再編の動きが始まっている。日本も早々に対応を迫られるだろう。

 ブッシュ政権下、アメリカは自国の理念を他国に拡張するためには武力行使もためらわない側面を見せた。史上初の黒人大統領を選出した今回、アメリカは「すべての人間の平等」をうたった独立宣言の理念実現へ向けた理想主義の側面を示した。

◆ 持続する変革を

 世界が刮目(かつもく)したのは、アメリカ社会が秘めるダイナミックな自己変革力だったのではないか。「オバマ現象」が日本人にまぶしく映った背景には、その復元力への羨望(せんぼう)があったかもしれない。

 あらゆる熱狂はいずれ冷める。期待が膨らめばその分、反動も大きい。歴史の歩みを一度に二歩進めた感がある今、今後の変革は持続可能な、しなやかなものであってほしい。

 オバマ氏自身が、勝利宣言で述べている。「一年で、任期一期で目標が達成できるわけではない。前途は遼遠(りょうえん)だ。しかし、今日ほど希望に満ちた日はない。変革こそアメリカの天性の才だ」

 

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