本棚の片隅にある英和辞典。高校時代は毎日のように使っていたものの、社会人になってからは、ほとんど見なくなっていたのを秋の夜長、久しぶりに手にしました。
手あかのにじんだ辞典をぱらぱらとめくると、鉛筆や赤ペンの線がちらほら。「一度ひいた単語には目印を。二度、三度と繰り返しひく同じ単語が、覚えるべき言葉だと分かるから」との英語教師の指導の代物です。
彼からは、辞書を常に左手側に置き「分からない単語は、すぐに調べよ」との教えもありました。さらに「目で見なくても指の感覚で探したい頭文字の辺りが開けるようになりなさい」との言葉も。純粋だった高校生は、左手親指に神経を集中させては、触感で開いたページに小さく一喜一憂したものでした。
あれから三十年近く。今や高校生が持つのも当たり前となったのが電子辞書です。鳥の声や音楽のワンフレーズも聞ける百科事典の機能なども盛り込まれた便利な道具であるのは確かです。
ただ、電子辞書はピンポイントで探し出せる半面、紙の辞書のように“寄り道”がないのは少し寂しい気もします。目的の単語と同じページに載っていて、関連があったり、まったく無関係だったりする単語に思いがけず出合えるのは辞書をめくる楽しみの一つ。単語力を鍛えるため、電子辞書を禁止にしている高校教師もいると聞きます。
そして何より、辞書を使っていた当時の教室の空気、教師や級友の口ぐせまでを鮮やかに脳裏に再生してくれる機能は、電子辞書には望むべくもないでしょう。
(経済部・小松原竜司)