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2008年11月 5日 (水)

田母神・前空幕長の論文から思うこと

 石破 茂 です。 

 田母神(前)航空幕僚長の論文についてあちこちからコメントを求められますが、正直、「文民統制の無理解によるものであり、解任は当然。しかし、このような論文を書いたことは極めて残念」の一言に尽きます。
 同氏とは随分以前からのお付き合いで、明るい人柄と歯に衣着せぬ発言には好感を持っており、航空幕僚長として大臣の私をよくサポートしてくれていただけに、一層その感を深くします。

 日中戦争から先の大戦、そして東京裁判へと続く歴史についての私なりの考えは、数年前から雑誌「論座」などにおいて公にしており、これは田母神氏の説とは真っ向から異なるもので、所謂「民族派」の方々からは強いご批判を頂いております(その典型は今回の論文の審査委員長でもあった渡部昇一上智大学名誉教授が雑誌「WILL」6月号に掲載された「石破防衛大臣の国賊行為を叱る」と題する論文です。それに対する私の反論は対談形式で「正論」9月号に、渡部先生の再反論は「正論」11月号に掲載されています。ご関心のある方はそちらをご覧下さい)。
 
 田母神氏がそれを読んでいたかどうか、知る由もありませんが、「民族派」の特徴は彼らの立場とは異なるものをほとんど読まず、読んだとしても己の意に沿わないものを「勉強不足」「愛国心の欠如」「自虐史観」と単純に断罪し、彼らだけの自己陶酔の世界に浸るところにあるように思われます。
 在野の思想家が何を言おうとご自由ですが、この「民族派」の主張は歯切れがよくて威勢がいいものだから、閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち、それに迎合する政治家が現れるのが恐いところです。
 加えて、主張はそれなりに明快なのですが、それを実現させるための具体的・現実的な論考が全く無いのも特徴です。
 「東京裁判は誤りだ!国際法でもそう認められている!」確かに事後法で裁くことは誤りですが、では今から「やりなおし」ができるのか。賠償も一からやり直すのか。
 「日本は侵略国家ではない!」それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからといって日本は違う、との論拠にはなりません。「遅れて来た侵略国家」というべきでしょう。
 「日本は嵌められた!」一部そのような面が無いとは断言できませんが、開戦前に何度もシミュレーションを行ない、「絶対に勝てない」との結論が政府部内では出ていたにもかかわらず、「ここまできたらやるしかない。戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして滅びるは日本人の魂まで滅ぼす真の亡国」などと言って開戦し、日本を滅亡の淵まで追いやった責任は一体どうなるのか。敗戦時に「一億総懺悔」などという愚かしい言葉が何故出るのか。何の責任も無い一般国民が何で懺悔しなければならないのか、私には全然理解が出来ません。

 ここらが徹底的に検証されないまま、歴史教育を行ってきたツケは大きく、靖国問題の混乱も、根本はここにあるように思われます。
 大日本帝国と兵士たちとの間の約束は「戦死者は誰でも靖国神社にお祀りされる」「天皇陛下がお参りしてくださる」の二つだったはずで、これを実現する環境を整えるのが政治家の務めなのだと考えています。総理が参拝する、とか国会議員が参拝する、などというのはことの本質ではありません。

 「集団的自衛権を行使すべし!」現内閣でこの方針を具体化するスケジュールはありませんが、ではどうこれを実現するか。法体系も全面的に変わりますし、日米同盟も本質的に変化しますが、そのとき日本はどうなるのか。威勢のいいことばかり言っていても、物事は前には進みません。

 この一件で「だから自衛官は駄目なのだ、制服と文官の混合組織を作り、自衛官を政策に関与させるなどという石破前大臣の防衛省改革案は誤りだ」との意見が高まることが予想されますが、それはむしろ逆なのだと思います。
 押さえつけ、隔離すればするほど思想は内面化し、マグマのように溜まっていくでしょう。
 「何にも知らない文官が」との思いが益々鬱積し、これに迎合する政治家が現れるでしょう。それこそ「いつか来た道」に他なりません。
 制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきなのだ、それが実現してこそ、自衛隊は真に国民から信頼され、尊敬される存在になるものと信じているのです。

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コメント

田毋神さんの主張は間違っていないと思います。
村山談話や河野談話が間違っているのです。

小沢代表は田毋神さんの論文について「軍人は発言すべきでない、選挙で選ばれた国会議員がいるのだから黙っていろ」とおっしゃいましたが、選挙の際「外交、国防、歴史観」を国民に示す国会議員がどれだけいるでしょうか?少なくともこの三点で選ばれている国会議員はごく少数だと思います。

なぜこの三点を選挙の際、国民に示さないのですか?国会議員の義務ではないですか?
国会議員がその義務を果たしていないから、田毋神さんは主張せざるを得なかったのではないでしょうか?

田毋神さんの純粋に国を思う気持ちを、政局に利用する事だけはやめてください。


投稿: 高木 | 2008年11月 5日 (水) 11時09分

流石に石破大臣 何か コメントはなさってくれると思いましたが明快な回答と主張をありがとうございます
ただ戦争というのは日清日露第一次世界大戦と 日本が勝利した戦争 また敗戦した第二次大戦大東亜戦争と敗戦国 勝利国 により立場も違えば 国民感情もちがいます
政治家たるもの揺るぎない信念をもってマスコミ何するものぞの気合いを持つのが内閣総理大臣の本務じゃないでしょうか
アメリカでは民社党が勝利をおさめオバマが大統領になりそうです先ほど小沢一郎民社党代表が東洋大学で学生相手の講演会をネットでしているのを見ました なるほどという場面もあり 出来るのかという場面もまたありました
やはり党首討論から発展し総選挙で正直に意見を叩き合わせて貰いたいものです

投稿: 西村宏之 | 2008年11月 5日 (水) 12時06分

石破さん、ありがとうございます。石破さんの明確なお考えを読ませて頂き、正直ホッと胸を撫で下ろしました。毎日色々な事件其の他報道され、今回の田母神氏のような騒動もあるわけですが、ご自分の主義主張、きちんと筋の通ったコメントなど、正直どれだけの政治家が持ち合わせているものやら、ときどき疑問に思うのです。安心してついて行ける政治家に出会えた安心感に満たされておりますよ。

投稿: りさ | 2008年11月 5日 (水) 15時18分

あるニュースサイトからこのブログの存在を知り、読み終えたところです。私はこれまで貴殿の考え方を誤解していたように思います。防衛庁・省のトップに立たれる都度「この軍事オタクが。日本をおもちゃにしてくれるなよ。」といまいましく思っていたことが恥ずかしく思えます。御指摘のとおり、武力をもっている組織の扱いはやっかいです。意見は意見としてしかるべき場で聞きながら、政府の施策に従わせる。これが政治家の責任です。問題は彼だけではありません。私自身も以前ある研修で自衛官の若手幹部と一緒に過ごしたことがありますが、討議の際、考え方の偏り、狭さを感じ辟易してしまいました。防衛大学校のカリキュラムを変えるとかそういう次元の話ではないのですね。普段武官同士が酒を飲みながら話していることの中身に、文官や政治家が入り込んでいかないといけないと思います。

投稿: 栗林 | 2008年11月 5日 (水) 19時05分

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