Map style 「東京女子文化史ゼミナール」
*2006.7 1995年〜安室奈美恵とともにルーズソックスが進化した時代
たかが靴下、されど靴下。1995年といえば、女子はなんといってもルーズソックス
で一喜一憂しておったのであります。ラルフローレンのシャツとセーター。ピーコート
にバーバリーチェックのマフラー。右手にはソックタッチ(代用品としてスティックのり)
を持って、足が一番細く見える位置はどこか、常に試行錯誤。とにかくルーズがはき
たくて、帰りの電車の中で学校既定のソックスからはきかえてたもんです。
その足で109のソニプラに行けば30cm、50cmから100cm、200cmなんていうおそろ
しい長さのものまでがのれんみたいにぶら下がっておりました。200cmルーズは結
局足太く見えるという本末転倒な悲劇のルーズ。その点画期的だったのはゴム抜き
ルーズで、ルーズなのにすずしいというのが、コレすごかった。
プリクラ撮ってカラオケに行くのがお決まりだったあのころ。アムラーなんぞと呼ば
れる一方で、女子たちはストニュー読者モデルを目指しておったのでした。
ストニューといえば顔写真とベル番、○○高校代表、なんて書いてあるカタログみ
たいのがありましたが、連絡といえばポケベル、交換するのもベル番だったのです。
放課後には公衆電話に、メッセージを打つための行列ができておったもんでした。
ちなみにテレメこと東京テレメッセージは、1999年、90年代とともにこの世を去った
のでありました。合掌。76(南無)。
*2006.9 1999年 プチカリスマたちの時代
火曜日深夜25:20、女子たちはテレビにかじりついておったもんでした。その理由は
シザーズリーグ。深夜ながら視聴率6.6%をマークしたフジテレビ系の人気番組であり
ます。司会は石井ビューティー(石井竜也)。ACQUA、HAIR DIMENSION、ZACC、
RITZ、anti、Minxの美容師たちがカットの技術を競い合う番組で、新高輪プリンスでの
イベントには1万円という入場料にも関わらず、1万人以上が動員。サロンの予約は3ヶ
月待ちが普通でした。
また1999年はエゴイスト、ココルル、ミ・ジェーン、エスペランサ、マテリアルガール
(当時浜崎あゆみのお気に入りブランド)といった109ブランドの最盛期。エゴイストの
森下容子や中根麗子をはじめとして、マイクロミニ・厚底ブーツ・つけまつげに濃いメイク
というスタイルのカリスマ店員が脚光を浴び、彼女たちの着るものがすべて完売するほど。
森下容子は1時間で100万円を売り上げたこともあった、まさにカリスマ。
そんなカリスマ店員たちが紙面を飾り、109のブランド性を確立したのは雑誌「cawaii」
(主婦の友社刊)。実はシザーズリーグも元々はフジテレビ721「Cawaii.Com」の1コー
ナーだったのです。ちなみに「cawaii」は、その後ヤマンバ系の雑誌となった「egg」(ミリ
オン出版刊[当時])の対抗誌。こちらはブリテリを中心としたゴングロ三兄弟というカリ
スマヤマンバを輩出。「男ウケを考えて女らしくするようじゃ、ヤマンバギャルにはなれ
ないよ→!」とはブリテリの残した名言でありました。
*2006.11 1998年 原宿系インディーズブランドの時代
1998年、原宿GAP前は異様な雰囲気に包まれおりました。髪を青、赤、黄緑などの
蛍光色に染め、足元はすんごいヒールの靴、ピアスだらけだったり、安全ピンで留めた
手作りレッグウォーマーをしていたり、赤いテンガロンハットなどをかぶったり…。とにか
く奇抜なファッションで身をまとった、原宿系と呼ばれる女子たちが集っておりました。
彼女たちは、1998年創刊の原宿糸男女のスナップのみで構成されている雑誌「FRUiTS」
(ストリート編集室)のお陰でそれなりに市民権を得ました。
洋服は高価なブランド品かあるいは手作り。中でも一番人気は「Vivienne Westwood」。
オーブのついたカーディガンや靴下から、耳あてつきのニット帽、ロッキンホースまで。
その他インディーズブランドである「gomme」、「beauty;beast」、「MILK」、「Hysteric
Glamour」、「HERE THERE」、「コージ・クガ」、「眠眠」などが流行。特に度肝を抜いたのは
「卓矢エンジェル」。着物と天使の融合に、熱狂的なファンが続出しました。
エンジェラー、ロリータ、サイバー、デコラちゃん、パンク、ヴィヴィ子などと呼ばれた
原宿系女子のバイブルは「CUTiE」(宝島社)と「Zipper」(祥伝社)。表紙を飾るあんじや
千秋、篠原ともえに、手作りもののレシピやブランド情報が満載で、自分ブランドを持つ
女子も多くおりました。その背景にあったのは、ヴィジュアル系バンドバブル。奇しくも
元X JAPANのhideが亡くなった年でありました。
*2007.1 1993年 ギャル文化の源流・LAカジュアルの時代〜
誰もがカズや武田に憧れてミサンガ(プロミスリング)を手首に巻きつけ、ナタデ・ココを
むさぼり食っていた1993年、女子高生のあいだではLAカジュアルブームが起きていまし
た。火付け役は「プチセブン」(小学館)。花柄のミニワンピース、「ESPRIT」のトートを
小脇に抱え、足元はまだ未発達のルーズソックス+「LAギア」か「reebok」のハイカット・
スニーカー(冬場はスパッツ+ムートンブーツ)女子たちがラルフ・ローレンで全身を飾る
ようになったのもこの頃。まさに1993年のLAカジュアルは、現在まで続く女子高生文化の
源流であったといえましょう。
そこにうまくミックスされていたのが、アウトドア・カジュアル。ギャルたちも取り入れた定番
アイテムは「LL.Bean」のネルシャツや「Hawkins」のサイドゴアブーツ、「GREGORY」の
リュック、NBAのキャップなど。そしてこの年発売されたペットボトルのevianを専用ホルダー
に入れ首から下げるのが、トレンドの証だったのです。
三つ穴バインダーと、水色とピンクのラインの入った薄いルーズリーフ紙にときめく、和製
LAガールたちのの鞄に必ずついていたのが、トロール人形。浅黒い肌に不気味な表情、
毒々しい蛍光色の髪を持つアメリカ製のビニール製人形は、髪をなでながら願い事を
唱えると叶うという触れ込みで流行し、こぞって購入されたのは恋愛成就色のショッキング・
ピンク。絶対に捨ててはいけないやら、なくしたら彼氏にふられるなどの噂があり、世で
「ブルセラ」が騒がれる中、女子たちはトロール人形の呪いに打ち震えていたのでありました。