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【社説】

小室容疑者逮捕 転落した『時代の寵児』

2008年11月5日

 音楽プロデューサーの小室哲哉容疑者が、詐欺の疑いで逮捕された。一九九〇年代を彩った曲作りの特徴は「唐突な転調」だと言われるが、音楽ファンには裏切りの転落という「転調」だった。

 涙を浮かべて大阪地検へ向かう小室容疑者の表情に、さっそうとキーボードを操った「時代の寵児(ちょうじ)」の面影はない。

 コンピューターを駆使した斬新なサウンドは、九〇年代を象徴する音楽だったと言っていい。

 手掛けたCDなどの総売り上げは約一億七千万枚にも上るという。九六年から二年連続で、高額納税者番付の全国四位になり、名実ともにJポップの頂点を極めた。

 カラオケボックス全盛時、みんなで歌って踊れる軽快な曲調を若者たちは熱狂的に受け入れた。しかし、世情は変わり、音楽はイヤホンで聴く時代、曲の好みも多様化し、メガヒットが出にくい時代がやって来た。

 アジア進出をかけた国際投資にも失敗し、離婚の慰謝料がかさんで、家賃を滞納するほどに借金は膨らんだ。

 小室容疑者は昨年出演したテレビの音楽番組で「売れるに越したことはないけれど、この時代にどれだけ人の心に届くかを重視している」と語っていた。

 言葉通りにしていれば、その名は音楽史の中で長く輝き続けたに違いない。にもかかわらず、多くのファンの「あこがれ」とも言うべき自らの音楽を、詐欺の道具におとしめた罪は軽くない。

 国連薬物統制計画の親善大使や大学の特任教授を歴任した小室容疑者ならば、なおさらだ。自らの名前が背負う社会的責任の重さを忘れなければ、このような転落はなかっただろう。

 音楽著作権は管理が難しく、アーティストは音楽出版社にそれを譲渡して、印税を受け取るのが業界の常識という。持ってもいない著作権を売り渡すと偽って、やすやすと大金を引き出せたのも、著名人の威力である。

 音楽業界や芸能界の成功者は、おごりや誘惑を招きやすい。小室容疑者の転落も無理な投資への誘惑で加速した。

 一方、「賞味期限」の短い使い捨て音楽やタレントを大量生産し、一時的な利益を追求する業界の体質も、事件の遠因だった。

 「寵児」の転落を教訓に、音楽で時代を画しても、時代には踊らされない強さと責任感を、関係者に求めたい。

 

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