社説

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

社説:小室容疑者逮捕 青春の夢を壊した罪は重い

 数多くのヒット曲を生み出し、日本のポップス界に一時代を築いた音楽プロデューサーの小室哲哉容疑者が、著作権譲渡を名目にした詐欺容疑で大阪地検特捜部に逮捕された。「小室サウンド」とともに青春時代を過ごした世代を中心に衝撃は大きい。

 小室容疑者は1990年代からシンセサイザーを多用して作曲、作詞した曲を提供し、人気アーティストを育ててきた。

 華原朋美さんの「I’m proud」や安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE?」は大ヒットし、いまもカラオケの定番になっている。関係したCDの総売り上げは1億7000万枚以上、全盛期の年間収入は20億円以上と推定される。

 ところが、近年はヒット曲に恵まれず、アジアでの音楽関連事業の失敗や派手な私生活で巨額の負債を抱え、海外に保有する不動産を処分するなど困窮していたという。

 そのため、全作品の著作権を自分が保有しており、それを10億円で譲渡するという話を投資家に持ちかけた。代金の一部として5億円を受け取り、民事訴訟で全額返済などの条件で和解が成立したのに、返済していなかった。

 実際には、小室容疑者の著作権は既に音楽出版社に譲渡され、日本音楽著作権協会が管理していた。小室容疑者には、音楽出版社などから年間約2億円が支払われていた。

 小室容疑者は容疑事実を認めている。著作権は文化庁に任意で登録する制度があるが、音楽業界では登録していないケースがほとんどだ。自分の知名度に加えて、制度の死角や業界の慣行を悪用したと批判されてもやむを得まい。

 デジタル社会化が進み、著作物をネット上で活用する新しいビジネスが生まれている。今回の事件は、著作権についての意識向上や登録制度の周知、明確化といった著作権ビジネス時代の課題を浮き彫りにしたともいえる。

 なにより、罪が重いのは「小室サウンド」に共感した同世代のあこがれや、小室容疑者に続こうとした若者たちの夢を、ものの見事にぶち壊したことだ。

 音楽の才能とチャンスさえあれば、だれでも成功をつかむことができる。小室容疑者自身が体現した「ジャパニーズ・ドリーム」は泡のように消えた。

 著作権は知的創造の成果である。創造性を何より大切にすべき小室容疑者が著作権と芸術活動をおとしめた。

 頂点からの転落は本人の責任だ。だが、下積み生活に耐えてひのき舞台を目指す若者たちに、同じ失敗を繰り返させてはならない。

 巨額の金がなぜ、どこに消えたのか、食い物にした人物はいないのか。謎の残る事件の背景を、きちんと明らかにしていくことも欠かせない。

毎日新聞 2008年11月5日 東京朝刊

社説 アーカイブ一覧

 

特集企画

おすすめ情報