死後16年間凍結保存されていたマウスの死骸(しがい)の細胞からクローンマウスを作ることに理化学研究所のチームが世界で初めて成功した。シベリアの永久凍土に眠るマンモスの復活が現実味を帯びてきただけでなく、はく製で保存されているニホンオオカミなど、絶滅動物の復活にも道を開く成果だ。一方で「安易に復活させるべきではない」などの懸念とともに、国際的なルール作りの検討を指摘する声もある。絶滅種復活の可能性と課題を探った。【下桐実雅子、元村有希子、永山悦子】
「これで計画に弾みがついた」。1万年前に絶滅したとされるマンモスの復活に取り組んできた入谷明・近畿大先端技術総合研究所長はマウス誕生を歓迎した。
シベリアには、推定1万頭のマンモスが眠っているとされる。「(実験で使ったマウスを凍らせていた)氷点下20度の環境は永久凍土とほぼ同じ。数年内にクローンマンモスが誕生する可能性はある」と入谷さんは話す。
今回の成果を受け、来夏、タイ・スラナリ工科大と共同で、シベリアのマンモスを発掘予定だ。凍結死骸の細胞から核を取り出し、ゾウの卵子を使ってクローン胚(はい)を作り、ゾウの子宮で育てるという。
従来の試みで検討されたのは、死骸から精子を取り出し、遺伝的に近いゾウの卵子と受精させる方法。純粋なマンモスを復活できるわけではなく、実現もしていない。クローン技術を使っても、凍結死骸の細胞は完全に死んでおり、氷の結晶によって細胞の核が損傷を受けているので不可能と考えられていた。
だが、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの若山照彦チームリーダーらは、長期凍結で激しい損傷を受けた細胞の核を使い、昨年11月から今年にかけてクローンマウス4匹を誕生させた。凍結乾燥(フリーズドライ)したマウスの細胞を使ったクローン胚作りも成功させた。
これらにより、はく製からの復活も理論上可能になった。若山さんは「防腐剤を使ったはく製は難しいが、自然乾燥させたものもあり、研究を進めている」と話す。はく製が残るニホンオオカミなどの復活の可能性も広がりそうだ。
絶滅種の復活を目指す動きは活発だ。環境省は02年度から絶滅の恐れのある野生生物の細胞などを凍結保存している。アホウドリ、ヤンバルクイナ、コウノトリ、トドなど50種類の絶滅危惧(きぐ)種を集めた。将来の復活も念頭に置いた事業だ。
海外では、1930年代に絶滅が確認されたオーストラリアの有袋類タスマニアタイガー復活計画が有名。アルコール漬けの胎児からDNAを取り出し、近縁種のタスマニアデビルを使ったクローン作りが試みられたが、DNAが不完全だったため実現していない。
研究は個体復活だけにとどまらない。「過酷な環境を生き延びた絶滅動物の細胞を再生して調べれば、病気に強い遺伝子や繁殖能力を高める遺伝子が見つかるかもしれない」と若山さん。成果を家畜の改良に生かすなどの応用も期待される。
今回のクローン技術で、どんな動物でも復活できるのか。若山さんは「ネズミの一種ラットのクローンはほぼ不可能といわれている」と説明する。同じマウスでも、クローン作成に成功していない種もあり、クローンによる復活には「種の壁」があるといえる。
クローン人間は、日本を含む世界各国が法律などで禁じており、生存者はもちろん遺体からもできない。若山さんは「クローン動物では遺伝子異常が出やすい。法規制されるまでもなく、ありえない」と話す。
絶滅種を復活させることへの批判もある。
タスマニアタイガー復活の取り組みには、オーストラリアでも「100年前と生態系が変化し、もはや生息できる環境ではない」「クローン技術が広がれば、動物を大切にする心が失われる」との声が上がった。
大野正人・日本自然保護協会保護プロジェクト部長代行は「トキを見ても分かるように、野生に戻すのはたやすくない。復活できても、生活環境を含めて元に戻すには課題も多い。まず、減少している生物を守ることが大前提だ」と話す。
絶滅種復活が現実となる前に取り組むべき課題もある。山極寿一・京都大大学院理学研究科教授(進化論)は「最近は人間活動によって大量の種が絶滅しており、これらの種の復活を目指す取り組みはありえるだろう。その場合、種の地域性や歴史を無視した復活は許されない。一定のモラルを世界で共有するための国際的なルール作りを検討すべきだ」と指摘した。
毎日新聞 2008年11月5日 東京朝刊