幸い病院に縁がなく、医療用語にも関心はなかった。国立国語研究所が難しい用語を分かりやすく言い換えるように提案したというニュースで、実態を知った。
例に挙がったのは57語。既往歴、潰瘍(かいよう)、重篤、抗体などは何となく分かる。浸潤は「がんがまわりに広がっていくこと」で、せん妄は「言葉やふるまいに一時的に混乱が見られる状態」という。初めて知った。
日本語だけではない。エビデンス(この治療法がよいといえる証拠)やイレウス(腸の通過障害)、クリニカルパス(診療内容をスケジュール化して分かりやすく記したもの)になるとお手上げである。
よく分からない説明で治療が進んでは、患者の不安は増す。医療現場だけではない。「業界用語」と言われる、仲間内でしか通じない言葉がある。新聞も同様である。
毎日新聞の紙面批評をお願いしている読者モニターに「経済面」について意見を聴いた。熊本市の主婦、道本ゆう子さん(32)は「読みづらい」「分かりにくい」と手厳しかった。水俣市の主婦、田中恵子さん(54)も「円高になれば日本の経済がどうなって、どんな影響があるのかを詳しく正確に説明してほしい」と注文をつけた。
金融危機、株安・円高で大騒ぎだ。不安が世界中を覆っている。エコノミストの予想は外れっぱなしで当てにならないとはいえ、暮らしに直結する情報は欠かせない。難解な経済用語を使って記事を書いていれば読者に見放される。
社説、外電面、経済面は取っ付きにくさでワースト3ではないかと、反省を込めて推測している。手を打たなければ「浸潤して重篤」になる。日本語を大切にして、正しく伝えるのは新聞の役割だと思う。
「難しいことほど分かりやすく簡潔に書く」
この基本がすべてに優先する。<熊本支局長・中島伸也>
毎日新聞 2008年11月4日 地方版