2008年11月02日

ジュセリーノ予言の真実  5

携帯用1 携帯用2 ジュセリーノここが変!(携帯用)月別予言一覧06年 07年

簡単に言えば ― 『ジュセリーノの予言』というのはただの『フィクション=作り物』、『嘘』でしかない。そういうことを書いてるブログです。
ジュセリーノの地震の予言は当りません。何故なら、いまだかつて一度も的中なんてしたことがないからです。「当った」といっているのは全て後になってから「予知していた」「当てた」と言い出したものです。

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ジュセリーノの予言の問題点
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wiki版ジュセリーノの予言の問題点 その1
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これも相変わらずひっきりなしに来るコメントなのであるが、Yahoo!Japanでこの「ジュセリーノ予言の真実」の結果順位がどんどんと下のほうに落ちていっているようだ。

自分が見たときには「ジュセリーノ」という検索語の場合で5ページ目(つまり41位以降)ということもあった。なんか脱力系の笑いに見舞われた。

笑うというのも不謹慎なことなのだけれど(というか、本当ならば怒らなければならないのだろうが)なんで「笑ってしまうか」というと、第二検索語列を見てもらえればご理解いただけるかと。

「ジュセリーノ 逮捕」であるとか「ジュセリーノ 嘘」「ジュセリーノ 真実」「ジュセリーノ インチキ」という組み合わせがずらりと上に並んでいたりするからである。

その為なのかどうかはわからないが、広告のスポンサーも軒並み撤退して、時には自社広告しか出てこないということも多いらしい。

こうなってくると、なんのために結果順位の操作をしているのかもわからないということだろう。今度、ヤフーの広告担当者をとっつかまえて、ネット広告の意味であるとかシステムについて根掘り葉掘り聞いてみようかと思っている。もちろん、向こうは自分がこんなブログをやっている人間だとはまだ知らないはずだし。(2008.10.31)




これは補足ということになる。

ジュセリーノの公式HPに書かれている「手紙の偽造文章や偽造刻印の手紙を使って誹謗・中傷を書いている方がおりますが・・・」というのは、九分九厘まちがいなくこの「ジュセリーノ予言の真実」のことだということが、ある方の検証によってはっきりした。(註)

しかし、ヤマカワエイイチにしろ(ジュセリーノ本人にしろ)なんでこんな愚かな抗弁をするのであろうか。わからない。

自分がこのブログで掲載している「図版」について「それは偽造したものだ」と言うことがどういう意味を持つのか、それがあのふたりにはよくわかっていないのではないだろうか。

あのねぇ、もしこのブログで掲載している図版のことを「それは偽造したものだ」と主張するということは、そもそも、そんなもの誰にでも偽造可能だということを自分の口から言い出すことにもなるなのだ。

つまり、こんな手紙を提出してきたって、それが「事前登録されたものであるという絶対的な証明にはなりっこない」ということだ。

こんなこと、言えば言うだけかえって自分(たち)が不利になるだけなのである。

ヤマカワもジュセリーノも揃ってバカなんか。(2008.10.29)


註)HPの文面を読むと「手紙の偽造文章や偽造刻印の手紙を使って誹謗・中傷を書いている方がおりますが・・・」になっているが、手紙の偽造文書(なわけがないのだが)や偽造刻印(出してきたのはジュセリーノ本人である)」を掲げているブログはこの「ジュセリーノ予言の真実」以外にもいくつかある。だが、「手紙の偽造文章」と「偽造刻印の手紙」を掲げて、さらに「誹謗・中傷(ニセモノをニセモノと呼んでどこが悪いのだ?)を書いている」のはこの「ジュセリーノ予言の真実」ともうひとつしか残らないのである。しかしそのもうひとつの「あるブログ」のソースというものは、結局のところこの「ジュセリーノ予言の真実」なのである。従ってジュセリーノ公式HPで言っているのはこの「ジュセリーノ予言の真実」というブログでしかありえないということが、3名の方々の多大なる検証作業の結果明白になったのだ。

もし、ヤマカワエイイチが「それは違う」というのであれば、その「手紙の偽造文章や偽造刻印の手紙を使って誹謗・中傷を書いている」このブログではない別のブログなりサイトなりを名指しで明白にしなければならないことになる。しかしそんなことはまず不可能だろう。ないんだから。(笑)

だから今更ではあるが、ジュセリーノの公式HPで言っているのがこのブログ「ジュセリーノ予言の真実」にまちがいはないという結論に達したので、このようなカタチで、ジュセリーノ公式HPの記述に対して正式に反論というものをしているのである。




自分の中で不飽和のまま、何も書かずにいることが重なっている。

まったく何も書かずにいるというのも、これまた不親切というか誠実とはいえないことにもなるので、今書けるところまででも書いておこう。

その1) 80814の記事を削除した件について。

ご批判はお受けします。むこうのいうがままになってしまったというのはカタチとしては自分の「負け」である。ただし、自分はこのままにしておくというつもりはまったくない。記事内容の復権と強制削除処分の撤回はこれからも要求しつづける。

【80814】の記事の内容というのは、言うまでもないことだが、この「かまたあきよし」の主張を書いたものである。(註)

自分の主張というものが陽の目を見なくなる、削除されるということで一番はらわた煮え返るような気持ちでいるのはほかのだれでもない。この自分なのである。ご理解いただきたい。

こういったネットでの係争に詳しい方のご意見やアドバイスというものを受け入れて、自分は今回はライブドアの通告を受け入れるようなカタチで、結局は自主的な削除処分をすることにした。ただしこれはあくまでも一時的な処置というものでしかない。そのことだけは強調しておく。何度も繰り返すが、犠牲者が出てからではもう遅いのだ。というか被害者はもうすでに出ているのである。

その2) テレ東の番組について

自分でもあまり意識していなかったことなのだが、ときどき「他の(まあテレ朝と日テレのことになるが)テレビ局のジュセリーノ関連の番組に対する批判に較べるとテレ東のふたつの番組に対する批判はぬるいのではないか」「テレ東に対する批判だけはどうして同情的になるのか」といったご意見が寄せられる。

まあ確かにおっしゃるとおりである。自分のテレ東のふたつの番組に対する批判というものはヌルイし、同情的である。(笑いものにはしているのだが)

というかそう見えてしまうのかもしれない。

これには言葉で説明可能な(今の自分の立場からの)理由はある。そのひとつは今自分が仙台という場所に住んでいる人間だということだ。

現在、仙台(宮城地区)にはテレ東のネット局が存在しない。ジュセリーノのこのふたつの番組はだから(通常の地上波の番組としては)見たくても見れないし、テレ東にしたって自分たちがサービスエリアとしていない場所に住んでいる人間からあれやこれや言われたって「それがどうした、仙台のひとが無理してわざわざみる必要もないでしょうし、批判される筋合いもない」ということになるであろう。それもまた正しい反論だと思うのである。

実際、自分は今年2月の番組は最初ネットのストリーミング(海外かどかのサーバにアップされていたものである)で見た。つまりは「自分の意志で見た」ということだし、厳密に言えばこれは違法行為にあたるのである。

そうなると、(GyaOのネットチャンネル同様に)いわゆる「全国すべての地域のひとに向けて放送されている地上波のテレビ番組」と同じには批判は出来ないだろう。そういう区分けはあるのだということがひとつ。

それでテレ朝・日テレの放送した番組に対する批判や攻撃というものとは別の方法論にのっとったものになるということはご理解いただきたい。

その3 「女性タレント」と何故名前(と顔)を隠すのだ、というご質問

これもけっこう寄せられてくる質問であり疑問。「ファンだからですか?」というご質問もくる。(笑)。まあ嫌いではない、がファンというほどでもない。名前と顔を伏せているその理由だが、要するに、自分がその番組そのものを全て通しては見てはいないからだ。

この「女性タレント」の番組内での発言(態度?)については結構批判めいた内容が寄せられて来ている。「不謹慎である」であるとか「番組の流れをぶったぎるような発言がみられてイラついた」とかである。

しかし、これもよく考えれば、そうみえたとすればその責任はこの「女性タレント」にあるのではなくて、この「女性タレント」をそういう形で起用したテレビ局の態度の問題であり責任、ということに集約すると思うのだが。

ただし、自分はこの番組はまだ見ていないので、断定的に「×××である」とは書けない。

なんにしても、もっと配慮をしてほしいのはあきらかにテレビ局よりも彼女の所属事務所の方である。考えてみると、この「女性タレント」、他局では競馬番組のレギュラーを持っているからだ。「競馬の番組」と「予言といったようなオカルティズムのテレビ番組」はどう考えても食い合わせはよくないだろう。ヘタするとこの女性タレントのタレント生命にも響きかねない不祥事なのであるやっぱり。(註→追加あり)
こういうことまで書くから『ファンなんですか?』という質問が来るんだろうけれど。

その4) 公開希望のコメントが公開されていません、というご質問とクレーム。

これはもしかすると自分のたてた規則というかシステムに欠陥があるのかもしれない。がしかし原則は原則である。 1) 事実無根のもの 2)掲載されたコメントに対する的はずれな反論 3) ジュセリーノの予言には直接関わりのないほかの予言に関するもの

これらについてはご勘弁いただきたい。3)であるが、このブログは今「オカルト全般」についてあれこれするものとしてはあまりうまく機能はしていないのでヘタをすればとりどめがなくなる危険は防いでおきたい。

また10月9日のテレ東の番組に関するものについてのコメントでも、他の人が書いてきているものとは明らかに内容的には反するような事柄を「事実」として書いて来る方もいる。そうなると自分としては悩ましいところでもあるのだが、一時保留にするしかないのである、やはり。

また、自分のコメントが何故公開されていないのかについての「かまたのちゃんとした説明」が欲しいという方もいるとは思うが、そういう方は(あまりおすすめは出来ないが)掲示板を使っての公開質問のような形にするという方法もあるよ、ということをお伝えしておく。

それとこれは逆のパターンということになるのだが、こちらで「ああこのコメントは皆にも読んでもらいたい」と思うようなものでも「公開希望」と付記されておらずに忸怩たる気分になるものもあるのである。

最近では「なっちゃん」さんから送られてきた計5通にわたる「テレ東の番組見ました」、「YOU-BARRIE」さんの10.14のコメント、「PP」さんからの二通のコメントについては「公開希望」とされていないのは残念に思っている。

もしこの記事をお読みになっていて、公開差し支えない、というのであればお手数ですが御連絡よろしくおねがいしたします。(2008.10.25)



註) もう少しわかりやすく言うのであれば、あれはつまり、自分が8月の時点で得た情報から感じとった危惧というものである。自称か他称かはともかくとしても、「世界的な予言者」が、なんの講演の予定もテレビ収録の予定も、あるいはプロモーションであるとかの公の行事もまったくないのに日本に来る予定だけがあると聞いたらそこに何を感じるかだ。

実際に東京の某所では「高額な料金設定で女性限定で」行われた「お茶会」というものがあったのである。やるか普通、そんなこと。

自分は何度もここで書いているとおりで、ジュセリーノが(不特定多数相手に向けて行われる)講演を日本で行うということに対しては反対はしていない。(出来る立場にもない)

やりたければやればいいのである。まあはっきり言ってそんなもの、まるっきりジュセリーノのことを本物の予言者であると頑なに信じて行く奴も悪いのだ。また、ジュセリーノのことを単なる見世物として捉えて、それで興味があって見に行くという人なのであれば(3000円とか5000円という料金との兼ね合いになるが)その人を思いとどまらせたり、止めようとは思わない。

しかし、そういう講演会と、人数限定で「相手を特定して」行われるレクチャー(であるとか勉強会)というものが行われる予定だったとしたら、そんなものは絶対に阻止しなければならないと思うのである。

言うまでもないが、それではやっていることが「統一教会」であるとか「オウム真理教」とまるっきり同じであるからだ。

不思議なのは、そういうことをやりたがるのが、たとえジュセリーノ本人だとしても、ジュセリーノ本人だけでは絶対にできっこない。日本にそれをオーガナイズする組織がなければ絶対に無理だろう。

ではその組織であるとか人物って誰なんだ?という疑問は当然浮かぶはずだし、逆に、そういったことが得意そうな組織の動きに詳しい方からのリークがあれば(自分でなくても)そんなものが行われることについては絶対に阻止すべきだし、ジュセリーノの来日自体についてもストップをかけるべきだと思うはずなのだ。

註)なにをして「不祥事」と言うかについてだが、これも最初はそこまで言及するのは失礼かなとか、まあ可哀想かなと思い触れずにいたのだけれど、下手すると話が違う方向へ逸れてしまう危険性もでるので書いておこう。

自分が「不祥事」と言っているのは、ブログでのジュセリーノとのツーショット写真を載せた記事のことだ。そんなもの番宣の意味以外の何ものでもないだろう。番組が終わった今となっては無用の長物のはずだが。消せ。一刻も早く。悪いことは言わぬ。こういったアドバイスがせめてもの情けである。



ものすごく基本的なことを書いておくとする。

今でもときどき「このような予言はある種の警告として受け止めるべきであって、もっとポジティヴに捉えることが大切なのです」みたいなことを書いて来る人がいる。

ちょっと待てと。何を指してこのような人は「ポジティヴ」といっているのだろうか。

それではまるで毒を飲まされようとしている人に向かって「これは薬になるかもしれないからお飲みなさい」と言っているのも同じことであって、それ自体が非常に愚かしいことになるのである。

ポジティヴ(積極)とネガティヴ(消極)という概念の対峙性でいうのであれば、出されたものの正体について自分のアタマで考えるのが「ポジティヴ」でありアクティヴ(活動的)ということであり、自分のアタマを使わずに言われるがままに受け入れることが「ネガティヴ」でありパッシヴ(受動的)になるはずなのだが。違うのか。

自分がここで言っているのは、「かまたの書いていることを信じろ」ということでは決してない。

「自分の手で正しい情報というものを探せ、掴め」ということだ。それで最終的に判断するのは自己の責任なのである。

ところが、その「ジュセリーノに関する正しい情報」というものが伝わることを遮断して、視聴者読者の目に触れさせないようにしている連中がこの日本にいるのが事実だ。そのことを自分は憂いている。(嘘だと思うのならば身近にいるブラジル人にジュセリーノについて聞いてみればいい)

だから自分はこのことを繰り返し言うのだが、

「自分の目と自分の耳をもっと使え」と。「目の奥にあるもの、両の耳の間にあるものを使え」と。

そのこと(行為)を「ポジティヴ」と呼ばないでどうするのだ。

口幅ったいようだが、念のためにとここでもう一度書かせて頂いた。

以上。
 
                           2008.10.23



なんかこうガクッという感じで力が抜けるような出来事なのであるが、最近「かまたさんはノストラダムスの予言を信じているのですか?」みたいな質問が来るのだけれど、その原因というのが、2CHで自分のことを「ノストラダムス信者である」と延々と書き込みをしている人間がいるかららしいのだ。

それで自分も見てみたのだけど、なんかこの延々と同じ書き込みをしているヒト、随分と必死のようだ。ほとんど朝から晩まで同じ書き込みが延々と繰り返されているのである。

大丈夫なんかい?まあ自分がするような心配でもないのだけれども。

どうやら、このヒト、昔自分がこのブログでノストラダムスについて書いた記事があることを今ごろになって気がついたようだ。

もちろん自分が書いたものを読んでもらえれば誰にでもわかることだけれど、自分がその記事で書いているのは、よくテレビ番組で行われているノストラダムスの予言詩の「日本語訳」という名のもとに行われている「バカ解釈」を批判したものだ。

それとテレビでノストラダムスについて得得として語っている - たとえば韮澤潤一郎であるとか作家の荒俣宏を批判したものである。

このふたりは、ことノストラダムスに関する限りほとんど無知である。にもかかわらテレビ番組でノストラダムスに関する誤まった情報・知識というものを撒き散らしていた。それを諌めたのである。

もちろん自分としては自分の書いたものについて今更隠したり、あるいは「なかったこと」にするつもりはまったくない。だから記事の移植のときにもそのまま「公開」扱いにしている。それだけのはなしだ。

これは昨年の三月以降ということだが、自分のアタマを悩ましていたことのひとつなのであるが、ネット上であるいは雑誌でも、ジュセリーノの予言とノストラダムスの予言詩を結びつけて、「ジュセリーノによる地震(大災害)の予言はノストラダムスも予言で書いていたものである」などと書くバカがいた。(まあ、たまの掲示板には今でもいるようだ)

そもそも、ノストラダムスの予言詩なんてものはそのほとんどが意味不明なものでしかないから、こじつけ解釈をすればどうにでもとれる。

ただし、そのこじつけ解釈というものをやると、やった人間のバカさ加減というものが逆説的に証明されることにもなるのである。

日本にはこのノストラダムスの予言詩というものを真面目に研究した本というものがほとんどない。(ウェプ上にはあることはある)

唯一と言えるものは、約10年前に岩波書店からでた「ノストラダムス予言集」(ピエール・ブランダムール校訂 高田修・伊藤進翻訳)だけだ。

ノストラダムスの人物像、作品の持つ意味という基本的な部分を理解するためにはこの本を読むしかないのである。(はっきり言っておくが、まったくの素人という人には高度だし難解な内容だ)

だからアマゾンにもこの本の書評を書いた。しかも今年の8月になってからである。(註)それを見れば気がつくはずなのだが、自分が岩波の本の書評というものをアマゾンに書いたことならばそれを2CHに書かれるということは自分にとってはむしろありがたいことなのである。

まあだからここは「宣伝ご苦労様」と言っておこうか。


さて、ノストラダムスの予言詩を読めば誰でもわかることがある。それはノストラダムスが熱心なキリスト教徒(カトリック)だったということだ。

ノストラダムスの予言詩というのは、「キリスト教徒の信心」というものを抜きにしては理解は出来ない。そういうことも説明している。

以前書いたことだけれど、自分は巷間「ノストラダムスの予言詩」と呼ばれているものの全てがノストラダムス自身によるものだとも思っていない。

特にノストラダムスの死後に発表された八・九・十巻については、何者かによる「代作」も混じっているのではないかと思っている。

それ以前のものについても、ノストラダムスが剽窃(パクリ)したのではないかと指摘されている詩もある。

そもそも、「ノストラダムスの予言詩」なんてものは信じたりするようなものではない。

だから「ノストラダムスの予言を信じているのですか?」というのは質問としては成立していない。

ノストラダムスがそういう未来予知の能力の持主だとは少しも思っていない。何故かというと、これもよく知られていることだが、ノストラダムスは生前「予言暦(アルマナ)」というものを発表して、そして外してばかりいた「予言者」でもあるからだ。

そこはジュセリーノとそっくりだ。(笑)

                 2008.10.20

註)アマゾンにこの本の書評を載せたのは厳密に言えば二度目である。岩波書店が廃刊にしたときに一度消したのだが、今年八月に書き改めてもう一度載せた。



9月22日にこの欄に書いた「テレビ局の平均収入ダウンの件(80930の記事に移動済み)」であるが、そののちにある方より頂いたメールの中に書かれていたものである。ご紹介しよう。


>聞けば、民放テレビ局の平均の収入というもの、前年比だと15%以上もダウンしている。

平均収入はまだその程度ですが利益減をみると如実に現れています。

第二四半期(註)のデータです。

日本テレビ 27.0億 (前年同期比 ▲62%)
東京放送※ 46.5億 (前年同期比 ▲46%)
フジテレビ 95.0億 (前年同期比 ▲20%)
テレビ朝日 39.5億 (前年同期比 ▲10%)
テレビ東京 *4.5億 (前年同期比 ▲70%)

(※かまた註)

在京民放キー局5局全部が大幅に減益です。特にテレ東と日テレは目も当てられない。来年中に赤字転落は確実でしょう。ジュセリーノのような予言フューチャー番組に手を伸ばすのは彼らが自分たちの「滅亡」を予感しているからでしょう。


最後の一文、「ジュセリーノのような予言フューチャー番組に手を伸ばすのは彼らが自分たちの「滅亡」を予感しているからでしょう。」というのは大正解のような気がするのだ。

同じようにして、講談社であったりの「大手出版社」がジュセリーノの本なんか出すその理由としてもそのまま当てはまる「推測」になっている。

自分達の抱えている将来に対する不安というものの、そのもって行きどころがなくて八つ当たり的に周囲にこうした不安材料を撒き散らしているやつらとしてひとくくりにすることも可能だろう。

テレビ局にしても、またあるいは歴史と伝統のある出版社だとしても、滅びるときが来るのはある種の歴史の必然というものだろう。

だからといって、人類であるとか日本までも道連れにされたんじゃかなわない。まっぴら蒙る。そんな感じだ。

それにしてもテレ東の▲70%というのは思った以上に深刻かもしれない。たとえば、なんかまた新しい設備投資の必要性というものがあって、そのための支出がかさんで収益が落ちたというのならばまだ救いもあるが、これは単純にCMによる収入が落ちたということだろうし。

これでは2012年どころか来年中、再来年中の「民放再編」というものはあるのかもしれない。

そうなるとやはり下位同士が合併するのがスジか。空いたチャンネルをそのままにしておくのももったいないので、どうだろう、いっそのこと仙台(でもどこでもいいのだが)に新しいキー局作るというのは。どこかで聞いたような話だが。

                         2008.10.19
註)

※)東京放送の46億は嘘だろう。嘘という言い方は失礼だが、これはきっと「赤坂サカス」のテナント収入なども込みのはずである。邪推だが。逆に言えばフジの高収入もまた「映画収入も含めて」なのではないか。これも邪推だが。

※)考え方を変えれば、テレ東の「4.5億で▲70%」という数字はむしろ立派かもしれない。4.5億×4で、これでも年間収入は18億もあるということになるからだ。しかもこれだけの売上で成立しているというのはむしろ見事なコストパフォーマンスだと思うのだが。ああ、成立はしなくなるのか。じゃやっぱりダメか。

※)今年2008年度 4-6月の三ヶ月の数字

※)これもまたある方から教えられた「R-25」のウェブ版を見たら同じような表がでていた。若干の違いはあるものの、大枠でみるとほぼ一致している。




ジュセリーノ公式HPにまた無茶苦茶なことが書かれている。
詳しいことについては実物を見ていただきたいのであるが、今度はTVグローボによるジュセリーノの実体を暴露した映像(盗撮による取材)の日本語訳を載せているブログについてなんや抗議をしているようなのだ。

しかも言い草がふるっている、というか論理的に破綻してしまっているのだ。

この、日本語訳を掲載しているブログというのは「ブラジルの混沌」のことだろう。(自分もそうだし他のブログもリンクと引用はしているが訳はしていない。というか自分の場合、日本語の訳が出来るほどポルトガル語の聴解力は持ち合わせてはいない)

さて、自分が山川栄一に対して改めて問い正したいことは「日本語訳をしてそれをブログに載せてそれのどこが悪いのだ?」ということだ。TVグローボが(ブログ『ブラジルの混沌』に対して)文句を言って来るのならばまだ話はわかるが。


自分が昨年12月22日の記事で書いたことをここでもう一度書こう。

ジュセリーノは、ミャンマーで起きたデモの取材中の日本人ジャーナリストが兵士に狙撃されるということを予知夢で得て、それを手紙に書いてテレビ局宛に送ったといっている。

そのテレビ局というのがなんと「TVグローボ」なのである。

これじゃやってることが愉快犯か、単なるバカでしょう。

自分が盗撮取材されたと訴えているそのテレビ局に対して「予知と警告の手紙を書いて送った」と言っていることになるからだ。

というかもっとバカなのは、こんな内容のテレビ番組を作って流した日本テレビと製作のオフィス・トゥー・ワンだということだと思う。

だから、このジュセリーノによる「警告の手紙」というものの信憑性については極めて疑わしいだろうということを自分は記事の中で述べたのだ。


ここでもう一度改めて問うのだが、日本語の訳がどうこうという問題ではないだろう。ジュセリーノのやっていることが土台、支離滅裂なのだ。これは山川栄一に言うのだが、文句があるのならば直接この自分に対して言ってきなさい。

なんならこっちからもういちど警告の手紙を送ってあげようか?二度目ということになるが。

コソコソと陰で動き回っているようだがみっともないよ。

                            2008.10.13



今回9月13日東海愛知(特に岡崎市)で起きてしまった「ジュセリーノ予言騒ぎ」というものをデジタル・ディヴァイド(DIGITAL-DIVIDE = 情報格差)という言葉を使って説明しようとしたのだけれど意外と通じないんだね。というか皆は「違うんじゃね」と思っているということか。自分は確実にデジタル・ディヴァイドだと思うのだが。拠ってこのネタもう少し寝かせておきます。

                         2008.10.07


あるブログの記事で、ジュセリーノについて「演技性人格障害」というキーワードで読み解いているものがあった。実はだいぶ以前になるのだが、メールでまったく同じことを書いて来た方がいたのである。このブログの主が自分にメールを寄越した方と同一人物かどうかはわからない。

しかし同じようなことを書いて来る人、(中には専門医であると称する方もいた)結構多かったのである。

自分はもちろんこの分野の専門家というわけではないので、ジュセリーノのことを断定的に「演技性人格障害である」とこのブログで書くわけにはいかない。あくまでも「そういっている人がいるよ」と御紹介するだけである。

しかしリンクされ引用されているウィキペディアの「演技性人格障害」の項目を読むと、ジュセリーノもだが、自分はどうしてもジュセリーノの至近にいる「ある日本人」のことを連想してしまうのである。笑い事ではすまない。

                           2008.10.07


※「スピリチュアル霊視」って日本語、馬鹿だよなぁ(笑)。「スピリチュアルでない霊視ってあるのか?」と突っ込まれたらどう答えるんだろう。こんなアホ広告がなんの施策もなく自動的にこのブログにも貼られるのが最近のポータルのブログの弱点というか欠点である。さらに最近では「霊界物語入門」(=大本教団=出口王仁三郎)の広告も登場する始末である。ここで大本教団とジュセリーノとの関係について述べてもいいのだが長くなるのでそれは別の項目にする。ひとつだけ強調しておくがジュセリーノと大本教団、まったくの無関係ではない。こんな広告このブログに貼ったところで効果がないどころか逆効果だというのに。いまさらここで強調する必要もないことなのかもしれないがこんな広告見る価値などない。というか見てはいけないここでこんな広告が貼られるというのも困ったはなしではあるが『いけないネット広告』のサンプルだと思って心にとどめて頂きたい。どうせ押すならYahoo!Japan検索「ジュセリーノ 真実」へのリンクの方をよろしくお願いします。


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akgoodco1224 at 02:00コメント(7)ジュセリーノ予言の真実  | 反カルト・非オカルト  この記事をクリップ!

コメント一覧

7. Posted by ヒロシ(公開はお任せします)    2008年10月26日 18:13
>このブログは今「オカルト全般」についてあれこれするものとしてはあまりうまく機能していない
うまく機能するブログを立ち上げる予定はありませんか?
あるいは、このブログを今後そのようにして行くつもりですか?
超能力、心霊現象、UFO、アポロ計画疑惑、ケネディ暗殺、911陰謀説など…それらに対するかまたさんの見解を是非とも聞いてみたいです。
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【かまたより】コメントありがとうございます。公開処置が遅れて申し訳ありませんでした。
さて、ご質問要望の件ですが、自分がこっちでやっているのは「非オカルト」ではありますが、その目的としているのはあくまでも「反カルト」、カルト汚染、カルト被害から身を守るという考えに根差したものです。そうとはとれないような「バカオカルト」であれば笑って一蹴するのが一番なのではないでしょうか。自分がそれをするとなると、その場所はかつてのこのブログの本体であり、今は分離した「これもまた人生の一日」(bloggers)ということになると思います。
6. Posted by PP    2008年10月19日 19:00
wikipediaを読んでみると、ジュセリーノ氏には4人の子どもがいるとに書いてありましたが、子どもたちはこの様な親を持ってどのように感じているのでしょうか?ジュセリーノ氏は子どもに対して恥ずかしくないのでしょうか??

もう一つ、wikipediaでは氏の予言に肯定的な人として国会議員が何人か紹介されていました。これは本当のことなのでしょうか?議員を務めるような方がこのウソ予言を信じているのでしょうか?あるいは何か選挙の票集めで信じていなくても言っているのでしょうか?

私は思うのです、これこそが「ジュセリーノ氏の警告」なのではないかと。。
5. Posted by ミニリベロ    2008年10月13日 02:20
5 さらに言わせていただくと、ジュセ氏にしても過去に当てたと主張する死亡者が出るような予言に言及する際に「不幸にも予言が成就してしまった。」とか「未来は変えられなかった」とか言うべきでは?それぐらいが「予言した未来は変えられる」と言う者のマナーな気がします。しかし、ただ的中率に拘泥していることから推察するとジュセ氏は未来が変わって欲しくなくて予言通りに日本人(他の国の人なども)は災害やなんやかんやで死んでしまえなどど考えてるように思えてなりません。彼は「未来は変えられる」などと欺瞞を言って、自らが不安に陥れたひとびとに希望をちらつかせることで一部の人々にはまるで善人のような扱いをうけているようですが大変に不愉快です。まずありえませんが彼が本当に予言者だったとしてもまず善人ではない気がします。
4. Posted by ミニリベロ    2008年10月13日 02:06
5 前から疑問に思っていたのですが、肯定派の人々はなぜジュセリーノの予言がはずれたときに予言されていたことと関連がありそうなものをもってきてわざわざ予言が成就したというのでしょう?彼らはただ「未来が変わってよかった。」と言えば済む話なのではないでしょうか。現にジュセ氏は予言が外れたことについてはそんなスタンスをとっているように思われます。 
 

長くなって申し訳ありませんが次のコメントに続かせてください。
3. Posted by 大熊猫    2008年10月07日 16:31
「未来からのスピリチュアルメッセージ」本屋でパラパラと立ち読みしましたが、これまでの予言本と違ってフナイワールド系のニューエイジ本に酷似しているではありませんか!ジュセリーノの本性見たり・・・・・、予言が当たらないと知ると今度は擬似宗教本を出し信者をそちらに導いて繋ぎ止めようという作戦ですかな!?それにしても天下の講談社がこんな本を出すとはほんとに世紀末かもしれないですね。<公開希望>
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【かまたより】コメントありがとうございます。講談社から出たジュセリーノの本については何人かからのメールコメントを頂いております。あとでまとめて本のついての批評のような記事は必要なのかもしれません。(読む気なのか自分!)みなが一応に触れていることは「中身もまるっきり宗教本!」ということです。「ああやっぱりね」という感じですが。講談社という出版社について言えば確かに文学であるとか論壇界においては伝統のある出版社ではあるのですが雑誌(週刊現代)とかムック・単行本の類では相当逝っちゃってる感じのもありますから意外でもなんでもないです 自分は。特に雑誌のインタビューとかウェブコンテンツではジュセリーノに関するもの相当露出していましたし「本が出る」と聞いたときはむしろ納得したくらいです。「月刊現代」がもし健在なれば、マスコミの金儲けのためのオカルトに対する傾倒ぶりというものをどう斬ってくれたのでしょうか。ご冥福を祈るばかりです。あっ、まだ死んでないか。
2. Posted by かまたあきよし     2008年10月06日 07:16
2012年関連のコメントが相次いでいますが、申し訳ありませんが公開は控えさせていただきます。

特に、オー○ラというところから出た本に関する書き込みが相当数寄せられていますが、はっきりいって、どれもこれも宣伝臭いコメント内容ですのでここでは公開は出来ません。ご容赦願います。
1. Posted by 舎人ライナー <公開>    2008年10月01日 02:08
5 9月の月予言の的中率ついに0%です。
「世界的予言者ジュウセリーノ」も堕ちるところまでおちたってことでwwww

これでテレビ東京の番組は笑って見られそうですね。wwww

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【かまたより】まあジュセリーノの事前予言が全滅するというのも確率の問題ですからありうること。当たり前といえば当たり前のことなのかもしれませんが、逆を言えば「1個だけ当たる」よりはずっと難しいことかもしれません。しかしこうしてジュセリーノの年予言の平均は「5・6%」に近い線に落ち着く…その繰り返しでしかないということです。
テレビ東京の番組を笑って見られるというのはうらやましい限りです。自分も見れるのであれば見てみたい。それが正直なところです。見て笑うのか、それとも怒るのかはともかくとして。

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☆☆☆☆☆☆日本テレビのジュセリーノ番組の問題点☆☆☆☆☆☆
9月25日   12月20日   2-2   4-2  5-2



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