空中キャンプ

2008-11-03

ハイスペック過剰

なにかひとつの趣味が高じてくると、しだいにハイスペックなものが欲しくなるのが、男のだめな習性である。たとえば自動車。いい歳をしたおっさんが「これ、時速400kmでるんだよ、すごいエンジンなんだよ!」などと説得したところで、奥さんから購入の了承を得られるとはとてもおもえない。「そんなスピード、どこでだすの」「あぶないじゃない」「あなた下手でしょう運転」と、きわめて常識的な意見が返ってくるだけである。

おそらく、どのジャンルもそうに決まっている。釣り道具。デジタルカメラ。コンピューター。そんなにすごい機能はいらない、あっても使いこなせる腕はないとわかっていてもなんだか欲しくなる。わたしの知り合いに剣道をやっている人がいるが、剣道の場合、歳をとってくるとたいてい防具に凝りだして、刺繍や彫の入った、きらびやかな胴や甲手を装着して試合に臨むのだという。数十万円の防具をつけた人たち。こういうばかなことをするのはまず男である。

たとえば写真は、女性にだって人気のある趣味だが、六〇万(レンズ別売り)のデジタル一眼レフを買ってしまうような女性はまずいない。女性はきわめて合理的な判断、すなわち「カメラはふつうの値段のものを買って、残りのお金で洋服を買ったり旅行にいったりする」というジャッジができるのである。それはそうだ。旅行先の写真を撮りたくても、カメラを買ったことで旅行にいけなかったら意味がない。「こんなに広IOS感度を実現したカメラは他にないんだ!」などとむきになるのは男だ。そのくせ、撮ってるのはムスメの運動会だったりする。

わたしは、基本的にあまり金のかからない娯楽(本、映画)ばかりが好きで、無用な浪費はかろうじて避けられている。本だって映画だって、必要になる金額は知れている。また、一日に本を十冊読むとか、映画を十本見るなどということはできないから、なおさら金はかからない。それでも、ハイスペックなものに心が動かされることはたまにある。たとえばこれだ。

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North Face社の「ヒマラヤン・パーカ」というダウンジャケットである。94,500円もする。その名の通り、どんな極寒にも耐えられる、これさえあればヒマラヤにだって登れる、究極のダウンジャケットだ。いいなあ。わたしはダウンジャケットが好きで、着るものに機能美が合体している感じにとても魅かれる。なにしろ「ものすごくあったかい上着」というのが好きなのだ。実にいい。ヒマラヤン・パーカ。

「ウエア内には最高級800フィルパワーのダウンをたっぷり封入」という説明書きも、意味がまったくわからないところが、「きっとなんかすごいはず」という気持ちを高めてくれる。フィルパワーってなんだ。しかもそれが800もある。たっぷりだ。800はたっぷりだ。できれば、フィルパワーを他の目安に置き換えてもらえるとありがたいが(ホッカイロが50フィルパワーとか)、すごいことだけは想像がつく。これさえあれば、オーロラ観測だってできるのだ。きっと、すごくあったかいんだろうな、このダウンは。

とはいえ、東京に住んでいて、こんなダウンを着る機会などないに決まっているのであり、なぜなら東京の冬はそんなに寒くないのである。東京でこんなダウンを着ていては、むしろ暑くてしんどい。着て歩いたら、汗をかいてしまって逆に風邪をひきそうだし、そもそもこんなダウンで電車に乗ったらあきらかにおかしい。不審な人である。要らないのだ。こんなにハイスペックなダウンジャケットは不要なのだ、と知りつつも、わたしは買うあてのない North Face のカタログを何度も見ては、想像ばかりがふくらむのである。