職場の配置転換→過労→仕事の失敗→うつ病→自殺▽事業不振→生活苦→多重債務→家庭の不和→自殺▽親子間の不和→引きこもり→うつ病→将来への不安→自殺……。
人が自殺する理由は決して一つではない。NPO法人などが自殺した305人の遺族らから聞き取り調査したところ、1人が抱えていた要因は平均して四つあり、それらが連鎖して死に至ったことがわかったという。したがって自殺対策は、問題を点でとらえるのでなく、線や面でとらえて総合的、重層的に取り組む必要がある。
政府は閣議で、自殺対策の指針として昨年策定した「自殺総合対策大綱」の追加策を決定した。硫化水素による自殺者が多発したことを受け、インターネット上で自殺方法などを紹介する有害情報の対策▽統合失調症やアルコール依存症などの対策▽市町村に自殺対策担当部局を設置するよう働きかける--などだ。
年間の自殺者は昨年まで10年連続で3万人を超え、先進国の中で突出している。政府には、対策に本腰を入れるようになっても一向に歯止めがかからないことへの危機感がある。社会全体でこの異常事態を深刻に受け止め、変えていかなければならない。
これまで自殺は、遺族も口をつぐむことが多く、「語られにくい死」だった。しかし、NPO法人や国の機関の調査などで実態が少しずつ明らかになってきた。有効な対策を進めるには、まず政府が率先して詳細な実態解明を行い、国民に情報公開することが重要だ。
305人の遺族調査では約7割の人が自殺する前に精神科医などの相談機関に行っていた。せっかく相談に訪れても自殺防止に生かされないケースが少なくないことを物語っている。
医師が診察だけで終わったのでは、その人が抱える根本問題は解決しない。悩みのもとを探り、それぞれに適応する別の相談機関につなぐことができれば、問題解決の糸口がつかめ、自殺を回避することも可能かもしれない。さまざまな相談機関が連携し、訪ねてきた人をふさわしい機関に速やかに誘導するネットワークの構築が必要だ。
ネットワーク作りには身近な自治体の存在も大きいはずだが、自殺対策部局だけでなく相談窓口も設けていない市町村が多数に上る。住民のさまざまな相談に応じ、仕事、借金、育児、介護の悩みなど問題ごとに担当部署や専門機関、民間団体を紹介する司令塔的な役割を担ってもらいたい。政府も予算面などで自治体や関係機関に十分な支援を行うべきだ。
年間自殺者が初めて3万人を突破した98年は、前年に金融破綻(はたん)が相次ぎ、経済・生活苦による自殺が一挙に増えた。今の金融危機と景気悪化が自殺者を生むことのないよう、相談のネットワークを充実させたい。
毎日新聞 2008年11月3日 東京朝刊