桜井淳所長から京大原子炉実験所のT先生への手紙(2)-いただいた宿題への定量的中間報告-
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まず、非常に基礎的なことから話を始めましょう。
チェルノブイリ4号機の反応度事故は1986年4月26日1時24分(いただいた著書のp.58)に発生しました。制御棒(p.59, 材質は炭化ホウ素)挿入時のポジティブスクラム(pp.14-15)が致命的原因であるとすると、それまで、起動・停止を繰り返してきた他のRBMK(p.60, チェルノブイリ1-3, レニングラード1-4, クルスク1-4, スモレンスク1-2, イグナリーナ1の計14基)とチェルノブイリ4号機の炉物理特性がどのように異なるため、チェルノブイリ4号機だけが反応度事故に陥ったのか説明できなければなりません。
それら計14基では正常な制御棒操作が行われていたと推察されます。すなわち、きびしく定められた"反応度操作余裕"(p.12, これは、西側諸国の原子炉にはない概念であって、旧ソ連のRBMKのように、制御棒挿入速度の極めて遅い原子炉に対しても、安全に炉停止ができるように、211本(p.59)の制御棒のうちの約一割に対し、制御棒下端位置が炉心中心(炉心下端から3.5m)より下に維持されるように定め、残りの制御棒についても、炉心上端位置(炉心下端から7m)以内に維持)の条件を遵守していたと推察されます。そうすると、制御棒の下に吊り下げてあった黒鉛棒下端(直径は制御棒と同じで、制御棒が収まる管の中の熱中性子を吸収する確率(0.66barns)の高い水を排除し、熱中性子の吸収の少ない黒鉛(0.004barns)で置き換えることにより、炉心の中性子経済の向上を図っています)が炉心下端位置より下に位置していたため(p.14)、炉心に影響するようなポジティブスクラムが生じなかったものと推察されます("反応度操作余裕"の他の制御棒の位置も、制御棒下端位置が、炉心上端位置より1.2m(p.14, その部分には、燃料がないため、それ以上引き抜いても無意味)下がっていたため、黒鉛棒の下端位置が炉心下端位置ギリギリか下に位置していました)。よって、定められたとおりの正常な制御棒操作の範囲内ならば、ポジティブスクラムは、生ぜず、反応度事故には陥りません。
チェルノブイリ4号機では、オペレータの誤操作により、さらに、ゼノン吸収に起因して、原子炉熱出力が著しく低下したため、回復措置として、禁止されていた"反応度操作余裕"まで、完全引き抜きに近い位置まで引き抜き(p.14, 他の制御棒も同様)、その結果、黒鉛棒下端位置が炉心下端位置より1.25m高い位置になり(p.14)、燃料の入っている圧力管の燃料の入っていない炉心最下端の0.4mを考慮しても、0.85mの区間で、反応度の増加(いわゆるポジティスクラム)に影響します。よって、黒鉛棒が水を排除したことにより、1本の制御棒当たり、少なくとも1セント(ρ/βeff=1ドルと定義)くらいの反応度を周辺の燃料の入った圧力管に与え、すべての制御棒により、炉心全体に、少なくとも計211セント=2.11ドルとなります。
しかし、それだけでは、まだ、炉心破壊に至るほどの反応度印加ではありませんが、それだけの反応度が印加されたため、その時、まだ、炉心に制御棒がほとんど挿入されていないため(制御棒は、重力落下方式ではなく、モーター駆動の吊り下げ方式であるため、7mの高さを20-40秒かかり、緊急停止ボタンAZ-5を押してから3秒後に「出力急上昇」の警報から推定すれば、3秒間では、制御棒は、最大でも、7m×3/(20-40)=0.5-1mだけしか下がらず(p.14)、AZ-5を押してから3秒間、黒鉛棒下端位置は、炉心下端位置から上に、1.75mから0.05mにあったと解釈できます)、燃料の入った1662本の圧力管(p.59)内で核分裂が促進され、冷却水の沸騰が増したため、ボイドが増え、結果として、熱中性子の吸収の比較的大きな水が炉心から排除され、さらに大きな反応度が印加し、その反応度は、一本の圧力管当たり少なくとも約5セントと仮定すれば、1661本×5セント=8305セント=83ドルとなり、軽水炉では約3ドルの反応度事故で炉心破壊が起こることからすれば、一桁大きな反応度印加であったため、チェルノブイリ4号機の大破壊は、定性的にも、定量的にも、説明できます。
今後は、以上の炉物理的概算から、より正確な定量的評価をするために、連続エネルギーモンテカルロ計算コードMCNP(Monte Carlo N-Particle Transport Code)により、全炉心モデルによる固有値計算を行い、厳密な反応度変化を評価しなければなりません(この計算は、単純ではなく、ふたつの問題があり、ひとつは、計算に利用する中性子断面積をRBMKの運転温度で編集しなければならないこと、もうひとつは、炉心全体の核熱流動現象であるため、熱流動計算のできないMCNPで反応度評価するには、熱流動現象を仮定しなければなりませんが、両者は、完全に分離できず、全体の精度は、熱流動現象の推定精度に依存します)。しかし、この程度の厳密計算は、いまでもできますから、楽勝です。
取り急ぎご報告まで
桜井淳