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「産業突然死」の時代の人生論

まずは流動性の危機への対策を

 米国政府はAIGに資本を投入して国営保険会社をやろうとしているが、わたしの見解は否定的だ。いくら何でも無理だと思う。いまの政府がこのようなものを途中から引き受けて、継続するのは難しい。例えて言えば佳境まで演奏してきたオーケストラのメンバーが全員倒れてしまって、急きょ呼ばれた3人くらいの演奏家だけで残りをしのいでくれと頼まれたようなものだ。そんなのは現実的に不可能というものだろう。

 この2、3カ月の米国政府の動きのなかでポールソン財務長官が主張していたのは「金融機関が自分たちで資金を持ち寄って救済する仕掛けを作れ」ということだった。しかし、その額はわずか7兆円程度である。現在の危機の規模を考えれば7兆円などというものはまさに焼け石に水でしかないのだ。現実にはこのプランは既に棚上げされている。

 次ぎに出てきたポールソン・プランは米国政府が75兆円を用意し、不良債権買い取り機構を設立するというものだ。この法案は下院で一度否決されたが、いろいろポーク(色つけ援助金)を盛り込むことで法案として成立した。わたしはこの法案自体の効果には懐疑的である。また、今必要な500兆円規模の流動性供給装置の役は果たせない。今、米国で必要なのは不良債権買い取り機構ではなく、信用維持装置、すなわち流動性を供給するガソリンスタンドのような給油所である。

 これに関しては9月2日にわたしの考えを英国のファイナンシャルタイムスに緊急提言した(ビジネス・ブレークスルーのトップページにも冒頭部分を掲載したページへのリンクあり)。『The Japan Times』にも送り、記事として取り上げられた

 この論文のオリジナルは特に米国の指導者達に分かるように、かなり詳しく書いている。わたしの考え方を知っていただく上で、英文ではあるが、是非参考にしてもらいたい(日本語翻訳版は、こちらです。)。

 この論文のなかで言及している流動性の危機は、実は現に起きつつある。それは「サイバーパニック」である。ワシントン・ミューチュアルがおかしくなったといわれた9月中旬から同行の32兆円の資産の4分の1くらいが引き出されてしまった。取り付け騒動なしに起こっているのであるが、実はインターネットバンキングでの実質的な取り付けであった。1929年の大恐慌で見られなかった現象がある。21世紀にはうわさ一つで静かに、電子的に銀行が破壊される、ということが明らかになった。静かに都市を破壊する中性子爆弾を見る思いであった。

 そういう状況に陥った銀行はもちろんシステムを止めてしまうこともできる。しかしそうなれば、人々は20世紀型の取り付けで街中が騒然となるだろう。システムは安易には止められないのである。

 今、英国でもサイバー取り付けが静かに進行している。預金者は、すべての英国の銀行はアブナイといううわさから、預金が100%国家によって保証されているアイルランドの銀行に振り替えている。また英国で唯一破綻したノーザン・ロック銀行は今や国営であるため、ここにもお金が殺到している! 英国政府も早く大掛かりな救済機構を立ち上げないとサイバーパニックによる銀行の破綻が相次ぐことになるだろう。

 本来ならこのような情報発信を「金融危機先進国」である日本の政府・識者が発信しなくてはいけないのだが、今のところ何も聞こえてこない。今回、ロンドンのファイナンシャルタイムは、わたしの論文を送付して32時間後には掲載している。異例の早さである。

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