第149回
今、米国の金融業界で起きていること
経営コンサルタント 大前 研一氏
2008年10月7日
米国の金融業界が大きく揺れている。今年(2008年)に入ってから、ベアー・スターンズ、ファニーメイ、フレディーマックと、瀬戸際に立たせられた金融機関が続いた。いずれも政府が表、裏、あるいは両面から手を貸すことでかろうじて延命することができた。
しかし米国証券大手リーマン・ブラザーズは9月15日に連邦破産法11条の適用を申請すると発表。本当に破綻してしまった。負債総額は6130億ドル、日本円でおよそ64兆円である。
今回のリーマン・ブラザーズ破綻にあたって買収に手を挙げたのは英バークレイズだったわけだが、リーマンがもう少し耐えることさえできれば名乗り出る会社はほかにもたくさん出てきたのではないかと思われる。そのためには政府が支えて延命させてあげる必要があったわけだが。
しかしポールソン財務長官は解決を急いでいた。折しもときを同じくして破綻の危機を迎えたメリルリンチの始末も並行して行う必要があったので、リーマン・ブラザーズを支えるべき手を放してしまったのだろう。こういう時期の倒産はいわゆる「資金繰り倒産」だ。手をこまねいたまま月曜日にマーケットが開くのを待っていたら資金が足りなくてアウトになっていただろうから、仕方ない一面もある。
ほんの数日支えるだけなら、コール市場から一日500%といった高金利で貸りて、流動性をキープするという手法もあっただろう。かつてスウェーデンが金融危機を迎えたときに使った手法だ。しかし「本当に危ない」と思われたら、500%という金利を出すと言っても貸してくれるところがなくなってしまう。
日本では、山一證券が破綻したときがまさにそういうことだった。コール市場で「あの会社は危ないから、金利が高くても貸さない」と村八分状態になってしまい、山一は廃業を余儀なくされたのだ。その山一證券と同じ理屈で、リーマン・ブラザーズは破綻してしまったのである。
一般に証券会社や投資銀行は、ブック(取引勘定)を24時間回すのが常套手段だ。市場は世界中、順番に開いていく。ニューヨークの後ロンドンに行って、ロンドンの前にシンガポールに来て、というように24時間回していく。そして、各拠点にはキャッシュを保管しない。その日のうちにあるだけのキャッシュをニューヨークに吸い上げておく。もし必要なキャッシュがあれば、その瞬間に送るルールだ。
そのため、破綻したとたん「日本にもロンドンにもシンガポールにもキャッシュがない。どこの拠点もゼロマネー」ということになってしまったのだ。そうなれば世界各地でトラブルが起こる。パニックになった日本や英国では管財人(英国ではアドミニストレーターという)を呼んできて、民事再生を申請してしまった。
前述したこととも重なるが、仮にあと数日だけでもリーマン・ブラザーズが持ちこたえていたら、日本の拠点だけでも買いたいという会社が現れた可能性は決して低くはなかったろうとわたしは思う。モルガン・スタンレーに投資をした三菱UFJフィナンシャル・グループが傘下の証券会社とモルガン・スタンレーの日本法人を合併させたようなことも当然起こり得る。実際、バークレイズはインベンストメントバンク(投資銀行)部門を買うと名乗り出ていたのだから。もっとも、買う側の理屈からすれば、破綻してから買収するほうが安く済むわけだが。
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