「クマラスワミ報告書」それ自身は、いくつかの間違いが吉見氏からも指摘されて いるように、100%の完成度ではなかったと私も思っています。
今回はその国連での採択をめぐって、いろいろとすったもんだがあったのでそれを 紹介します。(他の関連ページでもある程度紹介されています)
「クマラスワミ報告書」に対し、 日本政府が「50年以上前の問題を最も重要であ るかのように取り上げた」などと反論する50ページほどの非公式文書を作成、国連人 権委員会の構成国に配布(2月頃)。 この文書を政府は公開していませんが、毎日 新聞が入手しました。(96/4/11毎日新聞より)その文書の内容は、次のようなもの です。(同記事より)しかし、この文書は他国から批判を受け撤回し、別な文書を再提出しました。
- 「旧ユーゴなどでの女性への暴力が問題になっている今、最も重要な問題のよう に従軍慰安婦を取り上げた」
- 「報告書の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の聞き取り調査は、報告官自らで はなく国連が行ったもので、疑問が残る」
- 「50〜60年前の問題を正確に調査するのは難しい」
- 「事実関係の立証に誠実な努力がなされておらず……報告は一方的で不正確。採 択されれば委員会は信頼性を失う」と断言。
- 「客観的、公正であるべき報告書の基準に見合わない」と報告官への個人攻撃と もとれる内容とともに、委員会に報告書の否決を求めている。
それは、「女性のためのアジア平和国民基金」への理解とクマラスワミ報告書は(否 定ではなくて)留意すると見解を述べた約20ページの文書です。
この一連の撤回・再提出という行動について、日本側は「政府の立場を説明す る非公式資料としてジュネーブ、東京で各国に個別に配り理解を求めた。しかし個人 攻撃と受け取られる部分もあり、大幅に削除して国連に提出した (同記事)」 と説明しました。
一方、文書を受け取ったアジアのある高官は「国連が任命した報告官への個 人的中傷になる」と指摘(同記事)しました。もし、日本政府が当初の方針をつらぬいて、クマラスワミ報告書を全面批判し、採 決のときに反対したら、52対1の圧倒的多数で日本政府は孤立化していたはずです。 日本政府はその孤立化を恐れて、反論書を撤回したのでしょう。
また、日本政府は決議案をつくるカナダ政府に圧力をかけました。その結果用意さ れた(第一次)決議案には、付属文書の「クマラスワミ報告書」の文書番号がぬけお ちてました。(本体の「家庭内暴力の報告書」には番号が書いています。)国連決議 で文書番号を書かないと正式な文書にはならないわけです。その事実を知った各国の NGOは今度はカナダ政府に抗議しました。カナダ政府はそれを受け入れ、できあがっ た最終決議案は「・・・クマラスワミ特別報告者の作業を歓迎(Welcomes: 原文にはその部分に下線が引いてある。そこを強調している証拠)し、彼女の(文書 番号が入った)報告書を留意(takes note of her report)する」というものでした 。
そして、それが全会一致(日本も含む)で採決されたわけです。朝日はそのときのことをこう報じています。
96.4.18 夕刊
「政府動かす力に」 元慰安婦の補償勧告、国連委採択へ国連人権委員会は十七日、従軍慰安婦問題を扱ったクマラスワミ特別報告官の報告 書「女性に対する暴力」について、「報告官の業績を歓迎し、報告(全体)に留意す る」とする決議案をまとめた。日本政府は慰安婦に言及した付属文書自体を評価の対 象から外すよう求めたが、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、中国の厳しい 抵抗に遭い、この要求は通らなかった。同案は十九日に全会一致で採択される予定。
日本政府筋は「留意という表現は報告書の存在を認めただけ。報告書の主体はあく までも家庭内暴力にある。『アジア女性基金』計画は各国から高い支持を得られた」 と述べ、同基金による慰安婦問題の最終決着を急ぐ方針を確認した。「留意」は国連 の評価尺度としては支持、称賛、歓迎の次にくるものだが、日本政府の働き掛けは理 解を得られなかった。また、韓国などが求めた日本政府に対する勧告への言及も見送 られた。96.4.20 朝刊
「慰安婦決議」を採択 勧告の報告書は「留意」 国連人権委国連人権委員会は十九日、旧日本軍の従軍慰安婦問題を含む「女性に対する暴力」に 関する決議を採択した。決議は、日本政府への「勧告」で元慰安婦への国家補償など を求めた「人権委特別報告者」の活動を「歓迎」する一方、勧告を含む報告書については「留意(テークノート)」との弱い表現にとどめる玉虫色の文言になった。
勧告受け入れを拒む日本政府からの強い働きかけの結果だが、日本の国家補償を求 める元慰安婦や支援団体は、勧告が削除されずに国連人権委の総意として記録された ことを、大きな成果として受け止めている。
決議文は、特別報告者であるラディカ・クマラスワミさん(スリランカ)の報告書 を軸に、カナダ政府の原案を基にして起草された。報告書は「家庭内での女性への暴 力」を扱った本体と、従軍慰安婦問題を扱った付属部分からなる。各国政府間の起草 委員会では、日本への勧告を含む付属文書を評価しない日本と、逆に勧告への高い評 価を明示するよう求める韓国などとの間で激しい攻防になった。
結局、慰安婦問題を含むクマラスワミ報告者の調査活動については「歓迎する」と し、その報告書については「留意」という言葉にすることで決着した。十九日、本会 議に出された採択案には、原提案国のカナダなどとともに、慰安婦問題に直接関係す る韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)も共同提案国に名を連ねた。
日本政府は公開の場での主張を控える一方で、決議案起草委という非公開協議で「 得点」をねらった形だ。しかし、今回の人権委本会議では、南北朝鮮、中国、フィリ ピンが慰安婦問題に関する報告書の「歓迎」を表明し、会議の空気は報告書の評価を 「留意」にとどめた決議文とは反対だった。
日本政府や「ナシ派」の人々が「クマラスワミ報告書」を評価しないのは解釈や立 場の相違だとは思いますが、53ヶ国の全会一致で「歓迎された」のが現実です。その 国際世論を変えるのは容易でないと思います。「勧告」を全く無視すれば、日本は国 際的孤立の道を歩むことになるでしょう。
1997/1/24/AM1:00 S.S