桜井淳所長から京大原子炉実験所のT先生への手紙-とりあえずいただいた宿題への暫定的な回答-
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先日は、私が講師を務める学術セミナーにご参加いただくために、わざわざ、遠方より、水戸までお越しいただき、まことに、ありがとうございました。いくら、京大炉の近くに関西国際空港があり、そこから羽田空港まで約1時間、羽田空港から水戸まで約1時間半といっても、大変な決断だったものと推察いたします。心よりお礼申し上げます。私は、長いこと、原研に勤務しておりましたが、不思議なことに、公私とも、一度も、京大炉を訪問したことがなく、いつかそのような機会が巡ってくることを期待しておりましたが、まったくありませんでした。私が講師を務めている学術セミナーに関連し、京大炉から複数の参加申し込みをいただくか、事前に、そのような要請があれば、こちらから、出向くつもりでおりました。特に、京大炉の皆様にというわけではなく、どこの大学や研究機関、そればかりか、ソフト会社や企業からの申し出でも、同様の判断をしたものと思います。いまは頭の軟らかい院生にレクチャーする時が楽しくてしかたありません。セミナーでは、頭にあることを遠慮なく吐き出し、後で、心地よい充実感を覚えました。私が蓄積した計算科学(大型コンピュータ・EWS・PCでの約15000ジョブの入出力の処理、そのうちモンテカルロ計算は約5000ジョブ)の知識を一般化し、最適計算条件を整えるには、どのようにしたらよいのかをお話したつもりですが、今後の研究に、多少なりともお役に立てば、望外の幸せでございます。さて、セミナー後の情報交換の時、研究報告書や著書をいただき、また、ひとつ宿題をいただきました。宿題とは、ウクライナで、1986年4月26日に発生したチェルノブイリ4号機反応度事故について、発端となる事象で、これまでに公表されている炉物理的解釈の自然さ・不自然さについてでした。いただいた著書を熟読し、さらに、私の保有する参考文献を読み直し、改めて感じたことは、チェルノブイリ事故の原因と炉心破壊のメカニズムには、なお、分からないことが多くあるということです。今後、時間をかけて、学術的に検討し、炉物理的事象の解析だけでも多くの解析時間を要しますが、きちんとやれば、日本原子力学会論文誌に投稿できるくらいの内容の論文になるのではないかと受け止めております。と言うわけで、詳細事項についての報告は、ずっと、先になりますが、とりあえず、暫定的な結論をお知らせいたします。いただいた著書のp.4, p.12, pp.14-15の記載内容からすれば、オペレータは、特に、異状がなかったにもかかわらず、スクラム(緊急停止)用のAZ-5ボタンを押し、その3秒後に、「出力急上昇」の警報と「出力大」の警報が発報したとあります。しかし、原子炉を停止する場合、通常、特に異常がなければ、スクラムボタンを押さず、手動停止操作をするはずです。しかし、この際、そのことの不自然さには、こだわらないことにしましょう。著書には、AZ-5ボタンを押したため、制御棒設計欠陥に起因するポジティブスクラム、すなわち、制御棒を炉心に挿入したため(チェルノブイリ型原子炉の制御棒は、日本の加圧水型原子炉のような重力落下方式ではなく、7mの炉心高さを20秒間で完全挿入されるような吊り下げ方式)、制御棒の下に付いていた黒鉛棒が水を排除したため、プラスの反応度が印加されたとあります。そのような現象が、211本(p.59)ある制御棒の個々の案内管内で同時に起こり、それらの周辺にあった炉心を構成する燃料集合体の入った1661本(p.58)の圧力管に影響し、核分裂を促進したことにより、冷却水がさらに激しく沸騰したため、ボイドが多くなり、水が排除されたことにより、熱中性子吸収が減少し、そのため、さらに、プラスの反応度が印加され、原子炉出力が急上昇する反応度事故に陥ったと解釈できる記載内容です。スクラム3秒後では、制御棒下端は、まだ、炉心上端近くにあるため、ボイド増加は、炉心全体で発生したと解釈でき、その時、ひとつの圧力管内で、約数セントの反応度が印加され、計算を具体的にするため、約5セントとすれば、炉心全体で、1661本×5セント=8305セント=83ドル(日本の原発のような軽水炉は、運転中に、3ドルの反応度印加で、破壊をともなう反応度事故に結びつきますから、桁の異なる83ドルの影響の怖さが分かります)となり、反応度事故の規模と炉心大破壊のメカニズムを定量的に無理なく説明できそうです。しかし、他にも多くの同型炉があり、同様のスクラムをしており、ポジティブスクラムが致命的要因であるならば、なぜ、チェルノブイリ4号機だけであのような事故につながったのか、わかりません。しかし、スクラム直前の他の同型炉とチェルノブイリ4号機の差を考察すれば、何か出てくるでしょう(他の同型炉での通常の制御棒配置は、反応度操作余裕としての制御棒について、少なくとも、制御棒下端が高さ方向の炉心中心、その他の制御棒も、炉心の上の方にはあっても、すべて抜けているわけではなく、それに対して、チェルノブイリ4号機のそれらは、すべて炉心から抜けており、大きな差が存在しますが、それでも、正常と事故を明確に分ける境界線にはならないように思えます)。よって、ポジティブスクラムからだけでも、炉物理的に、反応度事故の規模と炉心破壊のメカニズムは、説明できそうです。取り急ぎご報告まで。
桜井淳