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米国から提供された武器に関する高度の秘密情報「特別防衛秘密」の保護を目的としているのが、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法だ。
イージス艦の性能に関する情報を海上自衛隊の内部で漏らしたと起訴された3等海佐に対して、横浜地裁が一昨日、これに違反したとして有罪判決を下した。この秘密保護法の罰則が適用されたのは、日米安保体制の長い歴史を通じて初めてだ。
被告が情報を渡した相手は海上自衛隊の同僚で、しかも教育目的だった。被告・弁護側は、情報の内容の一部は民間の刊行物にすでに載っている、やりとりは自衛隊内部でのことで法が禁じる「他人」への漏洩(ろうえい)にあたらないなどとして、無罪を主張した。
だが、裁判所は「他人」を厳密かつ形式的に解釈して、これを退けた。
たしかに、昨年摘発されたこの事件は、自衛隊内部の秘密管理のずさんさや規律の緩みを浮き彫りにした。
問題の情報は「特別防衛秘密」を扱うために定められた手順を踏まないまま、第1術科学校の教官仲間や学生らに次々と渡されていった。部外者には渡らなかったが、防衛省は関係者50人余りを処分した。政府の防衛省改革会議もこの夏の報告書で、秘密情報の「尋常ではない拡散」を厳しく批判し、自衛隊員に規律順守を訴えた。
防衛省が再発防止に向けて管理態勢の明確化などの措置をとったことも当然というべきだろう。
被告に悪意はなかった。しかも、漏洩は組織全体の意識のゆるみの中で起きた。判決に執行猶予がついたのはそこも考慮してのことだ。
こうした漏洩事件をきっかけに、米政府は情報管理の徹底を政府に迫った。日米間では、武器の規格や運用などの共通化がいっそう進もうとしている。同法による初めての起訴には、情報管理をめぐって対米関係がきしむことを恐れる日本側の政治的、外交的な考慮も感じられる。
だが、そうであればなおさらのこと、何をなぜ防衛上の秘密に指定するのかについて、政府の説明責任はいよいよ重くなる。軍事を理由に秘密の領域をいたずらに広げれば、個々の防衛政策や自衛隊の活動の是非について、主権者である国民が判断することができなくなってしまう。それでは民主主義は成り立たない。
軍が国策を誤った歴史を持つ日本にとって、ことのほか大切なことだ。
国の安全のために公開できない秘密があることは分かる。それを守るための厳正さも必要だ。だがそれは、重要な情報がきちんと公開され、国民の判断を仰ぐ態勢が政府と自衛隊の中に確立されていることが前提である。
秘密はあくまで例外なのだという意識を、この機に改めて徹底したい。
JR東海によるリニア中央新幹線の計画が動き出した。同社が「南アルプスを貫く直線ルートでの建設が可能」との調査結果を国土交通省に報告した。今後は技術や採算を調査し、認可手続きを進める。2〜3年内に着工し25年開業をめざすという。
この超伝導リニアモーターカーは、鉄道の世界最高速度、時速581キロの記録をもつ夢の高速技術だ。営業では最高時速500キロで東京〜名古屋間を40〜50分で結ぶ。将来は大阪までの延伸も想定している。
東京〜名古屋の建設費は約5兆円。JR東海は政府の補助金に頼らず、すべて独力でまかなうという。
JR発足後も新幹線を自前で建設した例はない。JR東海は稼ぎ頭の東海道新幹線を抱えていて体力があるとはいえ、リニアを自力建設できるなら民営化の成果といえよう。
リニアの経済効果はきわめて大きい。東・名の大都市圏が直結し、大阪まで延伸すれば関西を含めて一つの経済圏になりうる。東〜阪が1時間程度になれば空の客がリニアへ移り、羽田空港に国際線の増便余地が生まれて「空の玄関」も強化できる。
東海道新幹線が25年には還暦を過ぎる。大補修や大地震で止まったときにリニアはバイパス役を果たす。
世界初の超伝導リニア技術は、日本の産業を活性化させると期待できる。航空や自動車よりエネルギー効率がいい鉄道は世界各国で見直され、投資ラッシュが始まっている。リニアはそのリード役にもなるだろう。
ただし、民間会社の事業といっても国民生活や経済社会に与える影響はきわめて大きく、公共性が高い。計画の妥当性を政府や関係機関がきちんとチェックし、国民や関係自治体の合意のもとに進めねばならない。
利用者や自治体、経済界など幅広い層から意見を聴き、交通政策や産業政策などさまざまな観点から議論する場を設けるべきだろう。
長野県など自治体はルートや駅の誘致に関心が強く、ややもすると利害調整に追われやすい。利権政治が鉄道建設に介入を繰り返した苦い歴史もある。21世紀の日本にふさわしい鉄道網とは何か。国土や産業のあり方などを幅広く議論してほしい。
もちろん、初の技術への挑戦だけに、心配も尽きない。
安全は確保されるのか。乗客や沿線住民の健康面は本当に大丈夫か。南アルプスの環境に悪影響はないか。これから人口減少が進むなかで、採算性に心配はないか。自前とはいえ、建設費の大元は乗客が払う運賃だ。失敗したら、国民的な損失は大きい。
夢を現実のものにするためにも、このような懸念を一掃し、国民を納得させる責任がJR東海にはある。