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食料自給率のおかしさ(2008/10/23)

事故米不正転売問題で、三笠フーズ本社の家宅捜索に入る捜査員=9月24日、大阪市北区
 農林水産省によると、食料自給率とは「国内の食料消費が国産でどの程度まかなえているかを示す指標」だ。

 カロリーベースの(総合)食料自給率は、1人1日当たりの国産熱量を同供給熱量で割って計算する。国産熱量は国内生産量から導き出すので、輸出も含まれる。一方、分母の供給熱量は国内生産量に輸入量を加え、輸出量を差し引いて計算する。式で示すと、次のようになる。

(1)カロリーベース総合食料自給率

   =1人1日当たり国産熱量/同供給熱量

   =(国内消費熱量+輸出熱量)/(国内生産熱量+輸入熱量―輸出熱量) 

 2005年度だと、分子が1021キロカロリー、分母が2573キロカロリーで、カロリーベースの自給率は40%となる。06年度が39%、07年度が40%で、日本は諸外国に比べ著しく低いと農水省は指摘する。確かに農水省の試算によると、主要先進国の自給率は高い。03年で米国128%、オーストラリア237%、フランス122%、ドイツ84%、英国70%。日本の40%をはるかにしのいでいる。日本は不足分を海外から輸入しており、地球規模で「いざ食料危機」となったら、海外からの輸入が滞り、深刻なことになるというわけだ。

自給率は40%なのか、54%なのか

 だが、「自給率が低い」と危機感をあおって、同省の権限拡大と予算獲得に動いている、という冷ややかな見方も強い。

 日本人はメタボ対策が心配されるほど肥満が増え、食べ残しも多い。買った食料の4分の1を食べずに捨てる「残飯大国」といわれる。ところが、(1)の式で分母は供給熱量だ。供給分をすべて摂取しているわけではない。摂取カロリーを基準にとれば、自給率はもっと高くなるはずだ。そこで、分母を1人当たり平均摂取熱量1891キロカロリー(06年の厚生労働省「国民健康・栄養調査」)にすると、自給率は54%にはね上がる。今後、高齢化が進めば、1人当たり摂取量はさらに減るから、今のままの国内生産でも自給率は上昇傾向となるだろう。心配するほどではないのだ。

 農水省自身、輸入が完全に途絶することになっても、国民が飢餓に陥るわけではないとしている。「イモ類など熱量効率の高い作物への生産転換を行うことによって、国内生産のみでも1人1日当たり2000キロカロリー程度の供給が可能となる。これは戦後の深刻な食糧難を脱したといわれる昭和20年代後半の供給熱量」だという。

輸入ゼロだと自給率100%!?

 ついでながら、(1)の式では輸入が完全にゼロになると、国内生産熱量=国内消費熱量+輸出熱量なので、国内生産が減っていようと増えていようと、それに関係なく自給率は100%以上(輸出がゼロのときに100%)になってしまう。こんな奇妙な自給率を計算しているのは世界でも日本の農水省などごく一部といわれる。摂取カロリーを分母にした方が実態を表しているといえよう。

 それはともかく、日本の自給率が主要先進国に比べて低いのは確かであり、食料安全保障、国産農業振興のために国内生産をもっと高くする必要はある。では、どうするか。

 実は、自給率の高い国も食料を輸入していないわけではない。それどころか、国民1人当たりの農産物輸入額を見ると、日本を上回る国が少なくない。少し古いが世界食料農業白書と人口統計に基づき02―04年平均の国民1人当たり輸入額を計算すると、日本の290ドルに対し、英国590ドル、ドイツ540ドル、フランス496ドルという具合。農産物輸出大国といわれる米国も174ドル輸入している。

 自給率が高いのに輸入も多いのはなぜか? 各国は大量に輸入する一方、大量に輸出しているからだ。(1)の式をもう一度見てもらいたい。輸入が多くても、それに見合って輸出が多ければ分子は大きく、分母は少なくなるので自給率は高くなる。米国やオーストラリアのように、自給率が100%を超える国も出てくる。

 農産物輸出国の米国の輸出額は輸入額の1.15倍、フランスも同1.4倍。ドイツでも同74%、英国も同50%ある。これに対して日本の輸出は輸入の5%でしかない。

農業を輸出産業に

 日本の農業は国内生産のほとんどが国内向けという内向き産業なのだ。日本でも鉄鋼、自動車、エレクトロニクス、工作機械など強力な産業はいずれも輸出や海外生産を幅広く推進している。もちろん世界的にも食料安全保障の観点から農産物は工業製品に比べ貿易量が少ないが、日本よりは活発に輸出している。

 日本の農業は世界の趨勢に比べ一回りも二回りも遅れている。「農業は途上国型産業で日本のように人件費の高い国の輸出は成立しない」という論理が成り立たないことは、欧米の主要先進国が活発に輸出していることを見れば明らかだ。むしろ生物工学、機械工学、工程管理、土木工学などを総合したハイテク産業であり、日本を除く先進国の農業の生産性は高い。

 輸出力の乏しい日本農業の低迷は、久しく指摘されてきた通り、中小・零細の兼業農家を過度に守る保護行政を続けて競争を制限し、やる気のある農業法人の参入と経営規模の大規模化を長年にわたって阻んできた結果だろう。実際、自動車、電子などの輸出産業の大半は厳しい国内競争、グローバル競争を経て寡占化されている。零細農家の多い農業とは好対照だ。農業の担い手の高齢化と兼業農家化の進行自体が、農業だけではやっていけない低収益農家が多く、若い人がやりたがらないという実態を裏打ちしている。高齢化が農業を衰退させたのではなく、過度の行政保護と参入規制が明日の農業の担い手である若者を農業から遠ざけ、高齢化を招いたのである。

 自給率を上げ、食料安全保障の水準を高めるためにも、米を中心に農地を拡大し競争原理のもとで生産を増やし、輸出を増やすべきなのだ。不作となったら輸出を抑制し、国内に回せば食の安全は保たれる。ところが、実際は生産調整の名のもとに、米の減反政策を進めている。米どころの地域でも耕作放棄地が増え、2005年の統計で、全国では埼玉県の面積にほぼ匹敵する39万ヘクタールの農地が耕作放棄で消えている。

 減反政策の目的は高い米価と、それによる農家所得の維持にある。高米価は減反とともに高関税政策によって維持されているが、この政策を守る代償として、1993年の関税貿易一般協定(ガット)ウルグアイ・ラウンドで定められたのが、ミニマムアクセス(MA)米だ。

 高関税をかける代わりに現在年間77万トンものMA米を輸入している。現在の米消費量900万トンの8.6%にもなる。

 政府は国産米の価格や販売に影響を与えないように、輸入米の多くはみそやせんべいなどの加工用や海外への援助用にしている。そのため今年3月で129万トンもの在庫がある。保管などの費用がかさむだけでなく、カビが発生しやすく、さらに残留農薬に汚染された輸入米も多くなりがちで、これら事故米の不正転売が先ごろ問題となった。

 事故米の温床ともなるMA米。それなのに政府は世界貿易機関(WTO)の多角的通商交渉の場で、米を「重要品目」にしようとしている。輸入米の流入を防ぐために例外的に高い関税率を維持する考えで、その通りになれば、高関税の代償としてMA米はさらに増え、年間110万トン以上になる可能性が高い。

 これでは減反はさらに広がって自給率は下がり、国民の負担はふえ、事故米発生の懸念も高まる。

減反も高関税も廃止せよ

 この3月まで農水省の官僚だった山下一仁・東京財団上席研究員は「高関税も減反も必要ない。中止すればミニマムアクセス米もゼロになる」という。海外の米の価格が上がっているからで、山下氏の試算では、生産調整(減反)をやめれば、米価は現在の中国産米輸入価格を下回る60キログラム当たり約9500円に低下し、国内需要も1000万トンに拡大する。

 以下に、山下氏が日本経済新聞の経済教室(6月10日付)に書いた論文「減反政策やめ増産めざせ」の一部を紹介しよう。

 「食管制度以来、農業団体は『米価を下げると農業依存度の高い主業農家が困る』と反論してきた。ならば現在の1万4000円から価格が下がった分の約8割を彼らに補てんすればよい。流通量700万トンのうち主業農家のシェアは4割なので約1600億円ですむ。これは生産調整カルテルに参加させるために農家に払っている補助金と同額である。
 主な所得を農外から得ている兼業農家も主業農家に農地を貸せば現在年10万円程度の農業所得を上回る地代収入が得られる」

 財政負担は変わらず、価格低下で消費者利益は高まる。生産が増えて国内消費を上回れば、輸出を増やす。大規模農家が自ら輸出へ向けたマーケティングに精を出すことが日本の農業の活力を高めることになる。もちろん過剰米を援助用に回してもよい。今でもMA米を援助用にしているのだから。

 農業を輸出産業にする中で食料の自給率と安全保障を高めることこそ、今後の農政の重点政策とすべきだ。


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