2008-10-11
■[発達障害]アスペルガー症候群という用語はもう完全に捨ててしまうべきなのだろうか?
『総説アスペルガー症候群』にあるウィングの論文の締めの部分。アスペルガー症候群の概念が広がるきっかけをつくったウィングが回顧をしている。
本章の初めに述べたことに今一度立ち戻るならば、皮肉な言いかたに聞こえるかもしれないが、1981年の論文で「アスペルガー症候群」という用語を使った者の責任として、この用語が独立した実体として存在することに著者は強く反論する。著者が最初の論文のテーマにこの用語を採用した理由は、ドイツ語でアスペルガーが用いた「自閉的精神病質(autisticpsychopathy)」というレッテルを避けるためであった。ドイツ語では精神病質はパーソナリティ障害を指すが、英語では反社会的精神病質と同義に用いられることが多い。「アスペルガー症候群」という用語は、論を進めるのに十分ふさわしく、その行動パターンの性質について特別な意味を含まない中立的な言葉だと著者は判断したのである。また、アスペルガーが記述した一群の子どもへの理解が深まったのは彼のおかげであるという認識があったからでもある。困ったことに、言葉のレッテルは、造語者の意図などお構いなしにそれ自身の存在を主張するようになるという奇妙な癖がある。もし現在の状況を知った上で著者が最初からやり直すとしたら、このレッテルを採用するであろうか。たぶんそうはしないだろう。しかし、この用語は、自閉症スペクトラム障害という概念を広く普及させるのには役立っている。この用語の代わりに、高機能自閉症や平均以上の認知能力を持つ自閉症などの言葉を用いていたら、こうした結果になったであろうか。おそらくこうはならなかったかもしれない。だが、誰にそんなことがわかるだろうか。「アスペルガー症候群」という用語はもう完全に捨ててしまうべきなのだろうか? 著者には何とも言えない。この用語は今も臨床で用いられているのである。ひとつ明らかなことがある。パンドラの箱を開けた時には、その結果どんなことが起こるかを予想するのは不可能だということである。
- ローナ・ウィング「アスペルガー症候群に関する研究の過去と未来」『総説 アスペルガー症候群』561-581.
2008-10-08
■[発達障害]特別支援教育と広汎性発達障害のこれから
イベントの告知です。徳島大学で話をさせて頂くことになりました。
日 時 : 平成20年10月18日(土) 13:30〜15:30
場 所 : 徳島大学 常三島キャンパス 総合科学部 1号館 3階 301教室
講演者 : 井出 草平(いで そうへい)氏
コメンテーター : 島 治伸 氏
司 会 : 樫田 美雄 氏
参加費 : 無 料
http://www.ias.tokushima-u.ac.jp/social/kasida/houga_kaken/081018/1018_kouenkai.html
広汎性発達障害の支援や特別支援教育を押し進めていく先には何が待っているか?
現在、全国各地での精力的な取り組みがされているが、そのことによって教育や社会はどのように変わっていくのか。広汎性発達障害の支援や特別支援教育の推進とはどういう意味があり、それらの流れに参加することはどういう意味があるのか。
お近くでお時間がある方は是非お立ち寄り下さい。当日来場可、無料です。
2008-09-30
■[発達障害]非言語性学習障害症候群の特徴
非言語性学習障害は概してアスペルガー症候群に似た特徴を持っている印象を持つが、アスペルガー症候群の臨床像とは異なっているのは音韻処理障害においてである。視空間認知スキルと身振りによるコミュニケーションには問題があるが、言語能力は比較的保持できている臨床像という要約になろう。
非言語性学習障害症候群の特徴
われわれが徹底的な臨床検査を経て確認した非言語性学習障害の主要な臨床症状(概念の内容)は、以下の通りである。
1.両側の触知覚障害。通常左半身の方が著しい。単純な触知覚の欠如や抑制の徴候は年齢とともに治まる傾向にあるが、複雑な触覚的入力の処理障害は続くことが多い。
2.両側の精神運動協調障害。しばしば左半身の方が著しい。指タッビングや静止安定など比較的単純な運動スキルは、年齢とともに正常になることが多い。複雑な精神運動スキルは、とりわけ未経験の状況で要求される場合、年齢的な標準と比較して悪化する傾向にある。
3.視空間構成能力の著しい欠如。単純な視覚弁別は、特に言語化できる素材の場合、通常年齢とともに正常レベルに近づく。複雑な視空間構成スキルは、特に未経験の状況で要求される場合、年齢的な標準と比較して悪化する傾向にある。
4.未経験な状況、あるいは複雑な状況への著しい適応困難。そうした状況では、想像力に欠ける機械的な(そのため、しばしば不適切となる)行動に過度に依存してしまう。新しい経験に対処する能力は、年を経ても乏しいままか、あるいは衰えることさえある。
5,非言語性の問題解決、概念形成、仮説検証における著しい障害、また、未経験あるいは複雑な状況での肯定的、否定的情報フィードバックの利用能力の著しい障害。その中には、因果関係への対処が相当に困難である、場違いなことを理解する能力に大きな障害がある(年齢相応のユーモアがわからないなど)といったことも含む。こうした障害は年を経ても継続するか、あるいは悪化する傾向にある。
6.時間感覚の歪み。この歪みは、通常の活動をする際の所要時間の推定や、一口の時刻の推定が難しいことに視れる(この障害は自発的には現れないこともあり、顕在化させるには通常、直接的な働きかけを必要とする)。
7.よく発達した機械的言語能力。なかでも機械的言語記憶スキルには非常に優れる。複雑な言語的素材の「記憶」は通常劣るが、これは、そうした素材の最初の理解が十分ではないからであると思われる。
8.反復的で単調、機械的な話し方で非常に鏡舌。言語の内容理解に障害があり、心理言語学的な語用に劣る。口まねを除けば、話し言葉に韻律がほとんどないか、あるいは全くない。社会的関係や情事別文集、不安解消のための主たる手段として、言語に過度に依存する。
9.機械的計算の相対的な欠陥が著しく、対照的に読字(語彙の理解)やスペリングに熟達していること。スペリングに誤りがあるとしても、音声上は正確な場合がほとんどである。複雑な文章の内容理解は、その機械的記憶とは反対に、年を経ても改善しないと思われる。
10.社会認知、社会的判断、社会的相互作用スキルの有意の障害。就学前や学齢早期にはしばしば「多動」と見られる。だが年齢とともに寡動になる傾向が目立ち、社会的引きこもりや社会的孤立にさえ至ることも少なくない。学齢後期や青年期には、社会心理的障害、とりわけ「内面化」型の精神障害が進行する危険性がかなりある。
非言語性学習障害についての提唱はMyklebust(1975)。
Progress in Learning Disabilities
- 出版社/メーカー: Grune & S.
- 発売日: 1976/01
- メディア: テキスト
- HR Myklebust, 1975, Nonverbal learning disabilities: Assessment and intervention, Progress in learning disabilities
2008-09-23
■[発達障害]広汎性発達障害や自閉症スペクトラムは増えてはいない
広汎性発達障害と自閉症スペクトラムについて、世界各地で行われている疫学調査を年次を追う形でグラフ化*1。年を追うごとに、広汎性発達障害が増えている(支援制度が整ったのでどんどん発見されるようになった)ということが言われることがあるので、年次推移とみなしてプロットしてみた。しかし、特に年次を追うごとに増えたり減ったりしていないのではないかと思われる。
対象にした調査
調査 | 年 | 場所 | 調査サンプル(人) | 広汎性発達障害の有病率(1万人あたり) |
---|---|---|---|---|
Kadesjo et al. | 1999 | スウェーデン・カルルスタード | 826 | 121 |
Baird et al. | 2000 | イギリス・サウスイーストテムズ | 16,235 | 57.9 |
Chakrabarti et al. | 2001 | イギリス・スタフォード | 15,500 | 62.6 |
Fombonne et al. | 2001 | イングランド・ウェールズ | 10,438 | 26.1 |
Bertrand et al. | 2001 | アメリカ・ニュージャージー | 8,896 | 67 |
Chakrabarti et al. | 2005 | イギリス・スタフォード | 10,903 | 58.7 |
Baird et al. | 2006 | イギリス・サウステムズ | 56946 | 116.1 |
以下は一応、近似曲線(対数近似)をとったもの。
やはり、特に何かが特徴があるわけではなさそうである。
年次推移としては特に何もでなかったが、このグラフは診断基準によって値が異なってくるということを示唆している。つまり、「自閉症スペクトラム」の調査は値が大きくなり、広汎性発達障害の調査(DSMを使用したもの)は値が小さいということである。*2。
平均値(1万人あたり) | ケース数 | |
自閉症スペクトラム | 118.55 | 2 |
広汎性発達障害(DSM) | 53.6 | 4 |
「自閉症スペクトラム」と「広汎性発達障害」の調査の平均値を示したのが上の表である。「自閉症スペクトラム」の調査はDSMを使った「広汎性発達障害」の調査の2倍程度の数値がでている。これはt検定で有意確率0.01になり5%有意水準で統計学的に有意な差といえる。
とりあえず、言えることはここ10年の疫学調査では広汎性発達障害者数が増加したとしいうことは確認できないことである。年次を追うごとに広汎性発達障害の疫学調査が増加傾向にあるというのは誤りである。これから制度が整っていくと、今まで発見されていなかった人たちが発見されて、疫学の値が増えていくという予想は、ここ10年ほどの挙動を見る限りは妥当ではない。
そして、数値の差異は診断基準の違いによってもたらされていて、DSMで診断するよりも、自閉症スペクトラムという考え方で疫学調査をすると、多くカウントすることになりそうだということである。ここでの分析では、保健所などのデータや教育関係のデータのみで調査されている補足率の悪い調査は除外したので、おそらく診断基準の違いが疫学調査の値の違いだと考えて良いのではないかと思う。
ちなみに、ここ10年ほどの調査しか対象にしていないのは、広汎性発達障害や自閉症スペクトラム全体の調査がこれ以前にはないからである。自閉症については60年代から疫学調査があるが、広汎性発達障害や自閉症スペクトラムは概念が比較的新しいこともあって、古い疫学調査は存在しない。
*1:この中から特定地域を調べた疫学調査をピックアップしてグラフ化してある。Fombonne et al.[2001]を除外したのはイングランド・ウェールズ全体を対象とした調査であるからである。この中で唯一サンプリングがされている調査である。他の調査は主に引っ越しによる歪みがある(調査できる地域はサービスが整っているので近隣から引っ越しが行われて値が大きく出る)があるので比較をするのが難しいところがある。
*2:Kadesjo et al.[1999], Baird et al.[2006]をスペクトラム、Chakrabarti et al.[2001], Fombonne et al.[2001], Bertrand et al.[2001], Chakrabarti et al.[2005]をDSMを使ったものとして見なしてある。各論文で自閉症スペクトラムなのか広汎性発達障害を数えたものなのかということが明記されているので、それに従った。Baird et al.[2000]に関しては診断基準ではなくChecklist for Autism in Toddlersという尺度を使い、診断基準には寄っていないようなので除外。また、仮に入れたとしても分析の大勢に影響はない。