脳内出血を起こした東京都内の妊婦が、緊急時の受け入れ先になっている7つの病院をたらい回しにされて出産後に死亡した問題は、東京でも深刻な“産科医不足”が、起きていることを浮き彫りにしました。
東京都内、7つの病院をたらい回しにされて死んだ
この“産科医不足”は、今の日本の医療制度が抱える大きな問題点を象徴しています。
昼夜を問わぬ分娩に立ち会わねばならない産婦人科医の労働条件は非常に過酷です。激務のうえに高い訴訟率、少ない診療報酬、医学生の産婦人科離れなどの要因が重なり、慢性的な医師不足に陥っているのが現状です。
圧倒的に足りないのに訴訟が多い産婦人科医
産科医師数は医師全体の約5%であるにもかかわらず、訴訟件数は約12%を占めています。示談・民事の損害賠償額は高額で、医師賠償責任保険を圧迫していると言われていて、病院内で起きた事故の賠償については、病院の責任において保険金で支払うことになりますが、個人の医師が訴えられることもあります。
帝王切開手術中に妊婦を死亡させたとして、手術を執刀した医師が業務上過失致死の疑いで2006年に逮捕された“福島県立大野病院産科医逮捕事件”は今年無罪判決が出ましたが、 地域に“新幹線の駅があっても分娩施設が無い”という現状で、産婦人科医不在地域の予備軍は現在も沢山あり、この事件の影響で産科医が逃げ出してしまうという事態はさらに深刻化しました。
小児科でも医師不足は深刻です。診療報酬が低く、若いうちからローリスク・ハイリターンを求める傾向にある若手医師から小児科は敬遠される傾向があり、医師総数は右肩上がりに増加している中で、小児科医師の割合は減少し、小児科のある病院数も減少してきています。
小児救急医療のコンビニ化
小児科開業医師の職住分離が進み、夜間時間外は診てもらえないことが多いため、大学病院に、夜間に救急の患者さんが押し寄せてきている“小児救急医療のコンビニ化(24時間、気楽に受診できる)”が急速に進み、重症患者の診療に支障を来したり、過重労働から辞めていく小児科医が増加するという深刻な事態を引き起こしています。いわゆる、“燃え尽き症候群”に陥った小児科医は開業するか、小児救急の無い施設に転出し、残った医師の負担がさらに増えるという悪循環を引き起こしています。
このような現状を引き起こした原因のひとつが、2004年4月から国が導入した医師臨床研修制度だと言われています。
以前は医師資格を得た後、2年間研修を積むことが努力義務だったものが、義務化したもので、幅広い分野の基本的臨床能力を習得することを目的とし、内科、外科、救急部門など研修を実施することを必修化しました。
簡単に言うと自分が希望する科だけでなく、その他の全般的な診療ができるように、様々な科の研修を受けることが求められるようになったということです。
また、それまで新卒医師は、主に大学病院で研修していましたが、新制度で研修病院を選べるようになった結果、都会の民間病院などに人気が集中し、2年間新人医師が入って来なくなった大学病院では医師が不足して地域の病院から医師を引き揚げざるを得なくなり、医師派遣の役割を担えなくなってしまいました。これが、今非常に大きな問題になっている地域医療の“無医村問題”の原因にもなっています。