風よ。龍に届いているか。
広告版(ファミコン必勝本vol.5 1989.3.3掲載分)
Written by Benny Matuyama
それはどのようにして、造り上げられたものなのか。
今なお活動を続け、噴煙を吐き出す険しき岩山。その厚い岩盤の中に、
それはあった。
洞窟と呼べる代物ではない。迷宮である。
一辺数百メートル、全6層にも及ぶ広大な迷宮が、
その山の内部に掘り抜かれているのだ。
たとえ数千の人手を使い、現在知られているあらゆる種類の魔法を駆使しようとも、
百年かけて一層を完成させられるかどうか知れたものではない。
恐らくは巨大な古代の魔法の力、そして人外の魔物の助力によって
生み出されたものなのだろう。かつては伝説の魔導師ワードナや、
忌まわしき魔人ダバルプス(*1)が同様の迷宮を地底に造り上げていたという。
いつの頃からか怪物とならず者が棲みつき、獣も近寄らぬ魔窟と化したこの迷宮に今、
多くの若き冒険者たちが足を踏み入れようとした。
目指すは迷宮最上階。そこに隠されるとされる神秘の宝珠を持ち帰るべく、
彼らは死を覚悟で集ったのだ。愛するリルガミンを襲う謎の天変地異の
手がかりを掴むために。
この近辺を荒し回る海賊ども(*2)が迷宮内に築いた砦を、それを囲む
暗い濠の向こうを睨みながら、俺たちは行進を続けていた。
俺は消耗しきっていた。身体中の活力という活力が、
根こそぎ奪われていくような気分だ。
いつもの俺なら、こんなことはまずない。
御先祖の職業を受け継いで以来、地獄の悪魔も泣いて逃げ出すほど
辛い忍者の基礎修行を何年も続けてきたのだ。すぐに音をあげるようなやわな身体は
持っちゃいない筈だった。
だが、今は少々事情が違う。
俺の背には重装戦士の屍が乗っかっているのだ。
ただでさえ肉厚のドワーフに鉄鎧などの防具が加わって、軽く100キロを越す
重さの荷物になっている。先刻の海賊どもとの小競り合いで命を落とした仲間のひとりだ。
たかがごろつきの集まりとたかをくくって、魔法を操る連中が混ざっていたのを
見落としたのがまずかった。おかげで俺たちパーティ六人は半分がくたばり、
死体を背負いながらほうほうの体で逃げ出す羽目になったのだ。
死体を捨てなかったのには理由がある。
一度死んでしまった者でも、街に連れ帰りカント寺院に寄付を積めば
蘇生する可能性があるからだ。俺の戒律が悪であれ、仲間を見捨てて帰ったとあっては
とんでもない悪評が立つに決まっている。
生き残っているのは俺の他、同じ人間族の戦士と華奢なエルフの女魔法使いだった。
俺は喘ぎながら傍らを歩く二人を見た。
杖より重いものをもつと身動きが取れなくなりそうなほど細身の女エルフは、
俺以上に疲労の色が濃い。半ば意識を朦朧とさせながら、かろうじて
身体を前に進ませている。
代わりに戦士が、残る二人の仲間の死体を独りで担ぎ上げていた。
ノームの僧侶と、エルフのビショップをだ。
合わせれば頑躯のドワーフの重量をも上回るだろう。しかも二体になっただけ
運びづらくなる。だがこの男は、その重さがまるで気にならないかのような
しっかりした足取りで歩き続けている。その姿から、何か信念のようなものすら
漂ってくるようだ。とっくに限界を感じながら、俺がまだドワーフを背負っているもう一つの訳は
こいつだった。
何故、この戦士は耐えていられるのか。
何故、俺の身体は悲鳴をあげているのか。
この男は忍者の俺すら足元に及ばぬ力を秘めているのか。
あの修行の数々は無駄なことであったのか。諦めようとする度にそんな思いが
次々と浮かんでは消えていく。
気がつくと、もう駄目だと考えてから十数歩が過ぎている。それならばと、
また歩くための気力を振り絞る。
その繰り返しが、かなり長い間続いているのだ。
この戦士がいなかったら、俺はとっくに逃げ出すか、力尽きているだろう。
何度目かも忘れてしまった“限界”が近づいてきたその時、
俺は不吉な水音を聴いた。
濠の中のどろりとした黒い水面を、何かがぱしゃりと叩く音。聴き覚えのある
その音は俺を総毛立たせた。
戦士も気づいたようだった。立ち止まり、素早く屍を肩から下ろす。
俺がドワーフをずり落とすと同時に、濠の中から三本の水柱が吹き出した。
「きゃあっ」
ようやく我に返った女エルフが悲鳴を上げる。
俺も叫びたいくらいだった。濠から姿を現したのは、太さがひと抱えほどもある胴を持つ
巨大な水蛇・モートモンスター(*3)なのだ。
それが三匹。常に群れて行動するこの化け物にしては多い数ではないが、
今の俺たちにとっては絶望的な相手だ。抜き放った段平が信じられないほど重く感じられる。
疲労がひどかった。モートモンスターが一斉に鎌首をもたげ、一転信じ難い速さで
襲いかかってきた。
その時俺は軌跡を体験した。
知らぬ間に俺は段平を捨て、素手となっている。
鞭のように伸びてくる大蛇の顎を紙一重でかわしざま、肉体だけの重さになった
俺の腕は電光の如くに振り抜かれた。
大蛇の首が飛んでいた。俺の手刀が、鋭利な刃物のようにその付け根を切断したのだ。
だが、俺はこの動作を一切意識していない。
身体が勝手に動いたのだ。まるで誰かに乗り移られたかのように。
気がつくと戦いは終わっていた。
残りのモートモンスターも、戦士の常人離れした剣の冴えで
一撃のもとに葬られている。
エルフの呪文も怪物の動きを封じていたようだ。
一体何が俺に起こったのか。
足元に転がる大蛇の首を呆然と見つめる俺の頭の中に、どこからか不思議な言葉が響いた。
“忍者の技を伝えたぞ。その技をもて、リルガミンに再び平和を取り戻せ”
その声が誰のものであるのか、俺は瞬時に悟っていた。
俺の中に流れているいにしえの英雄の血。
それが俺を助け、語りかけてきたのだ。
見ると、戦士が俺に笑いかけていた。
俺も笑っていた。
こいつも前に、先祖の霊に救われたのだろう。その血の自信が、この男の
不屈の闘志を生み出していたのだ。
活力が戻りつつあった。
俺はもう、諦めようとはしないだろう。
まだ見ぬ宝珠に、心は飛んでいた。
⇒第1回へ
○注釈○
*1:魔人ダバルプス(DAVALPUS)
リルガミンの王位を奪った背信の徒。マルグダ王女とアラビク王子に滅ぼされた。
*2:海賊(CORSAIN)
ガリアンと呼ばれる無法者の集団。迷宮1階を根城に近辺の沿岸を荒らし回っている。
*3:モートモンスター(MORT MONSTER)
海賊砦の濠を守る。ゲームの中では定位置に必ず現れて行く手を阻む強敵だ。
☆上記の文は(注・以外)全て掲載時のままです☆
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*総評*
…といえるかどうかわからんですが。
この第1回、第2回の主人公(『きみ(第1回)』と『俺(第2回)』)が
「風よ〜」の本編中の誰かなのですが、読んだ事のある人、誰だかわかるでしょうか?
第2回の『俺』に関しては本編中でも同じ表記で判りやすいと思いますが、
主人公・ジヴラシアの事を指しています。では『きみ』は?
この『きみ』、ジヴラシアの盟友・ガッシュのことを指しているのです。また、
第2回の、不屈の闘志でバテそうになるジヴラシアを無言で励ます戦士もそれです。
この二人はこの後、この絆ゆえにあることを始めてしまうのですが…って、
いっときますが○モじゃないからね(爆)。というかジヴさん迷宮でえらい事やっちゃうし…(泣)
ちなみに二人の祖先は前作「隣り合わせの灰と青春」の人気レギュラーでした。(主人公の子ではない)
名前に名残がある上職業一緒だし、かなりわかりやすいのだけれどね。気になる方は文庫版をどうぞ。
あとここの注釈だけじゃわからんって人は、土瓶のWIZ辞典でも読んで下さいマシ。