風よ。龍に届いているか。
広告版(ファミコン必勝本vol.4 1989.2.17掲載分)
Written by Benny Matuyama



 荒野の風の叫びの中で、きみは嘆きの精(バンシー:*1)の
囁きを耳にしたような気がした。
━行手には死の罠、死の罠に包まれるのは貴男━
 それは心の怯えが生み出した幻聴だと、君は気づいている。
 眼前の、大小無数の地割れが走った大地には、もはや
一本の草木も残ってはいない。数ヶ月前までは緑の海とも言うべき
草原が広がっていたことが、まるで嘘のようだ。
地中から噴き出した瘴気と、移動能力を持つ怪植物群(*2)によって、
生命を育む豊穣な大地は不毛の荒野と化したのだ。
 どんよりと曇った天空。遥か彼方で稲妻が躍り、
きみは微かな雷鳴の轟きを感じる。
 鎧の隙間からも容赦なく吹きつける風の冷たさにか、それとも人が
本能的に持っている大自然への畏怖のためか、きみは思わず身ぶるいしていた。

 あらゆる外敵を退ける力を秘めたグニルダの杖(*3)に護られ、
永きに渡って平和と繁栄を続けてきたリルガミン王国(*4)。その王国が今、
突如として巻き起こった天変地異の数々により滅亡の危機に瀕している。
穏やかな海に浮かぶアルビシアの植民島が原因不明の津波に飲み込まれて
全滅し、リルガミンの象徴グニルダ神殿は地震に襲われ崩れ去った。
陽光は常に厚い雲に遮られ、気温が日一日と下がっている。
時折雷の束が降り注ぎ、不運な者たちを大地ごと焼き払う。もう幾つもの町が
廃墟と化し、その数倍の村の音信が途絶えた。
 リルガミンの賢者たちは異変の謎を究明すべく、様々な方法を試みた。
占星、呪術、精霊召喚、古文書の解読……しかしそのいずれも、
満足な答えを導くには至らなかった。
 残された望みは一つ。森羅万丈を映し出すと伝説に語られる神秘の宝珠(*5)を
手に入れ、その力を用いて災害の真の原因を明らかにすることだ。

 きみの正面、荒野の中央に、巨大な岩の塊が見える。
切り立った崖に四方を囲まれた、奇妙な姿の岩山だ。
まるでそびえ立つ太古の魔塔である。
かすんで見える山頂からは、絶え間なく黒い噴煙が吐き出されている。
 リルガミン城塞と目と鼻の場所にありながら、魔の棲む、また聖なる地として
近づく者のない山。その山中には巨大な迷宮が掘り抜かれ、悪しき闇と
善き光の生命が混在しているという。
 そして山頂にほど近い高みに、ル・ケブレス(*6)なる龍に護られて宝珠はある。
世界の平衡の守護者たるル・ケブレスは、宝珠の力が善と悪のバランスを崩さぬよう、
己れの巣穴の奥深くにそれを隠しているのだ。

迷宮を突破し、宝珠を手に入れる━だが、この危険極まりない任務を遂行するには、
人々はあまりにも長い太平の時代に慣れ過ぎていた。
そこで賢者たちは、かつての冒険者の末裔に協力を要請した。
悪の大魔導師ワードナ(*7)の地下迷宮で自らを鍛えし者や、
グニルダの杖を取り戻すべく奮戦した勇者。その技と力は
幾世代を経た今も子孫たちに受け継がれている。
 その誇りある血脈の一人が、きみなのだ。
 先祖が愛し、父母が愛したリルガミンを救うためなら、命を賭す覚悟がきみにはある。
守護龍ル・ケブレスはそれに値しない者が宝珠を求めた時、神にも等しい力をもって
襲いかかると聞いているからだ。
 果たして自分には神秘の宝珠を手にするだけの資格はあるのか。
 英雄の血は、本当に己れの中で息づいているのか。
 街の寺院で祖霊の祝福たる通過の儀式(ライト・オブ・パッセージ:*8)を
受けた今も、その不安がきみの心から離れようとしない。

 音もなく、背後の土が盛り上がり始めた。
 固く乾いた地面を割り、何かがゆっくりと姿を現わす。
灰色の泥で全身を塗り固めたような、奇怪な人型の物体だ。
頭部に穿たれた二つの丸い穴には青白い燐光が灯り、怪しくきみを見つめている。
その身体のところどころからは、人間やドワーフのものとおぼしき骨がのぞいている。
 墓場の土くれにかりそめの命を与えて造られた邪悪な不死怪物・ダスター(*9)だ。
滅多に地上に姿を現さぬものだが、異変は魔物の生態をも狂わせていた。
 全身を現したダスターは、緩慢ではあるが着実にきみに忍び寄りつつある。
しかし身体の泥が剥がれ落ちる音も、塗り込められた犠牲者の腐臭も、
風に飛ばされきみには届かない。
 ダスターがきみを鎧ごとその体内に抱き入れようと両腕を広げた瞬間、
頭上で閃光が疾った。

 耳を聾する轟音とともに、きみの視界は白く染まった。
落雷だ。自分に落ちたのだと、きみは初めそう思った。
 視力が戻った。きみはまだ生きている。
 幸運に大きく息を吐き、振り返ったきみは思わず息を呑んだ。
 背後には白煙をたなびかせながら、ぶすぶすとくすぶり続ける
焼け焦げた泥人形の姿があった。
 きみはすぐに状況を理解した。危ういところを雷に救われたのだ。
しかし同時に疑問も感じていた。これほど近くに落雷しながら、
何故自分は何ともないのか?鋼の鎧をつけていながら。
 その時、風の中に立つ男の姿をきみは確かに見た。

 その人物は立派な鎧をつけ、面頬を上げたかぶとの中で
優しく微笑んでいた。だが不思議なことに、その顔は十四、五の少年のようにも、
きみと同じ歳の頃の青年にも、そしてまた歳月を刻みつけた老人のようにも見える。
そしてそのいずれもが、きみに奇妙な懐かしさと安心感を与えていた。
“安ずるな、吾子よ”
 きみの心に、その人物の声が静かに響く。
“汝にはそれを為すだけの力がある。己れを信ずるのだ。そして、我が故郷リルガミンを救え。
我が魂も共にある(*10)”
「あなたは━」
 悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、男は片目をつぶった。
“このような助けは、今回だけだぞ”
 唐突に、男の幻影は消失した。

 きみはしばし、その場にたたずんでいた。
 それが誰であったのか、きみにはもう判っている。そしてその血が、
自分の中に流れていることも。
 不安は嘘のように消えている。
 きみは魔の山を見上げ、叫んだ。
「行くぞ、ル・ケブレス!」
 この思いが、龍に届いているか。
 そう考えながら、きみはいつまでも山頂を見つめていた。

⇒第2回へ


○注釈○
*1:バンシー(BANSHEE)
 人の死を予知して嘆くという精霊。
*2:怪植物(STRANGE PLANT)
 魔法に高い抵抗力を持つ植物系怪物。クローリングケルプ、ストラングラーバイン等がいる。
*3:グニルダの杖(STUFF OF GNILDA)
 ダイアモンドの騎士によって取り戻された魔法の品。
(注:『グニルダ』より『ニルダ』と発音されるのが本当らしいのですが、ここではこう表記されてあります)
*4:リルガミン王国(LLYLGAMYN)
 ここが冒険の新たな拠点。
*5:神秘の宝珠(ORB)
 水晶占いに使用される。
*6:ル・ケブレス(L'KBRETH)
 世界を支える五匹の大蛇の子供の一匹。その力はこの星の力そのものと噂される。
(注:『ル・ケブレス』より『エル・ケブレス』と発音されるのが本当らしいのですが、ここではこう表記されてあります)
*7:ワードナ(WERDNA)
 狂君主トレボーから魔除けを盗み、迷宮深くにたてこもった老魔術師。
*8:通過の儀式(RITE OF PASSAGE)
 Tのキャラクターをターボファイル(注:その昔アスキーが造った外付記憶装置)で移す時に行う。
子孫はレベル1で一律二十歳。
*9:ダスター(DUSTER)
 迷宮の第一層で頻繁に出現する。
*10:魂も共に〜
 先祖の霊と一体になったキャラクターはその能力を色濃く受け継ぐ。


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