日本列島プチ改造論 パオロ・マッツァリーノ
イラスト:岡林みかん
 
著者プロフィール
バックナンバー

  第100回 わかりやすさも芸のうち

 いわゆる論壇誌だの思想誌ってのが嫌いです。真面目で退屈な論考。もったいぶってるばか
りで、なにがいいたいのかわからんものも多いし。読者を楽しませてやるぞ、ってな芸も工夫
も気概もない。おもしろさやわかりやすさを軽んじて、難解さを崇拝(すうはい)する悪習は
根強いんですね。
 小泉さんが総理だったとき、わかりやすい言葉で国民をダマしている、という論調を論壇誌
で何度も目にしました。私も小泉さんの政策には賛成できない点が多々ありました。でも、わ
かりやすいからこそ、一般人でも政策の良し悪しを判断できるわけですよね。わかりにくかっ
たら、判断のしようがありません。
 政策の中身でなく、わかりやすさを批判するなんてのは、的はずれもいいところです。そん
な学者や評論家がわかりにくい論説を発表できた唯一の場である論壇誌が、読者不在で次々と
廃刊に追い込まれてるのも、自業自得(じごうじとく)。
 話は急に変わりますが、先日、大阪天満宮(てんまんぐう)のかたわらにある、繁昌亭(は
んじょうてい)という上方(かみがた)落語の寄席を見てきました。
 1時からの昼席に15分ほど遅れて着いたら、当日券は補助席(パイプ椅子)しかないとのこ
と。平日なのにそんな混んでるの? 中に入ると、なるほどほぼ満席です。しかも客席には笑
い声があふれてる。
 寄席で笑うのはあたりまえ? だったら東京の寄席に平日の昼間行ってごらんなさい。しょ
ぼくれた噺家(はなしか)が入れ替わり立ち替わり現れては、おざなりな落語でお茶を濁(に
ご)すだけ。ひとっつも笑えませんよ。師匠(ししょう)から習った話を、まくらもそのまま
にウン十年も繰り返してます。それでお客が笑わなくても、これは伝統芸なんだ、わからんや
つがヤボなのだといわんばかりのすまし顔。
 そこいくと、繁昌亭に出てきた噺家は若手、ベテラン、新作も古典もみんなおもしろい。客
を置いてけぼりにせず、反応を読みながら盛り上げていきます。その意気込みと腕にほれぼれ
しました。
 わかりやすさは、サービスの基本です。話をしたり文章を書いてカネをもらってる者は、サ
ービス業であるという自覚を持たなきゃいけません。お客や読者に、まずはわかってもらうこ
と。その上でおもしろがってもらえるかどうか(無理でも努力はしてよ)。難解教信者の知識
人や東京のしょぼくれ噺家は、繁昌亭で勉強してきなさい。
 私はこれからも、わかりやすくおもしろいものを書き続けます。この連載もライフワークと
して続けたいと……え、今回で最終回なの? ではいずれ「バットマン」や「花より男子」み
たいにリターンズでお会いできることを願いつつ、チャオ!
ページの先頭へ