クローズアップ2007:赤ちゃんポスト許可 緊急避難、そろり発進

赤ちゃんが置かれたら 熊本市の慈恵病院に日本で初めて「赤ちゃんポスト」が誕生する。同市が5日、設置許可を出したからだ。さまざまな事情で育児できない親が匿名で新生児を預けるシステム。捨て子事件が起きる中、海外でも既に導入は始まっている。しかし、厚生労働省は「一般化できない」とポスト拡大には消極的な姿勢だ。もちろん養育放棄は問題だが、助かる命を見捨ててはならない。赤ちゃんポストの今後が注目される。

 ★運用は

 ◇「特別養子」「一時保護」も

 預けられた新生児がどのような道をたどるのかは、親が名乗り出るかどうかによって分かれる。

 赤ちゃんがポストのベッドに置かれると、重みでセンサーが作動し、新生児室に知らせる。24時間態勢で待機するスタッフがすぐに保護。赤ちゃんの様子はモニター画面にも映し出される。

 親が名乗り出ない場合は「捨て子」となり、病院は児童福祉法などに基づいて24時間以内に児童相談所(児相)や警察、市に連絡する。2週間以内に市長が名付け親になって戸籍を作成。その後、乳児院で2〜3歳まで保護し、児童養護施設や里親に引き継ぐ。

 親がすぐに名乗り出れば相談に乗り、場合によっては「特別養子縁組」の説明をする。特別養子縁組は、戸籍に実親の名前は載らず、養親が子どもの親として記載される制度。将来引き取りを希望すれば、乳児院で一時保護することも可能だ。

 慈恵病院は「赤ちゃんを預かるのが目的でなく、相談してもらうきっかけにするのが狙いだ」と繰り返してきた。ポストに置く手紙で「あなたの力になる」と病院のメッセージを伝える。24時間対応の相談電話や相談室も整備する。

 病院は、県外の養子あっせん団体と共に、望まない妊娠をした女性の子どもを特別養子縁組した実績がある。ただ、特別養子縁組には「実親の申し出が原則」とあり、蓮田太二理事長は「親の身元が分からなくても利用できるよう制度を見直してほしい」と訴えている。

 刑法の保護責任者遺棄罪との兼ね合いについて、法務省は「安全なら抵触しないが、ケース・バイ・ケース」との考えだ。熊本県警は「必要があれば病院に捜査への協力をお願いする」としている。【山田宏太郎、谷本仁美】

 ★反発も

 ◇「一般化できない」厚労次官

 厚労省は5日、都道府県と政令市、中核市に対し、「出産や育児に悩みを持つ保護者に対する相談窓口の周知について」と題する通知を出した。通知には「子どもを置き去りにする行為は本来あってはならない」と明記。児童相談所などが養育相談を受け付けていることの周知に加え、若い世代に生命の大切さを訴える取り組みを指示した。

 具体的には、中高校生が乳幼児と出会い、触れ合う事業などを挙げた。同省の辻哲夫・事務次官は、この日の会見で「若い人が赤ちゃんに触れて、命というものを大切にする、そういう運動を強化してほしい」と話した。

 同省はこれまで赤ちゃんポストについて「法的問題はない」との見解を示してきた。ただ、“お墨付き”を与えたわけではなく、辻事務次官は、親が子どもを捨てることは「決してあってはならない」と語気を強め、今回の件について「一般化できない」と繰り返した。

 柳沢伯夫・厚労相も2月23日、「(両親が)子を他に委ねてしまうということを助長するという懸念はないのか」と話していた。【玉木達也】

 ★海外は

 ◇オーストリアは「匿名出産」可能

 ドイツでは00年4月、北部ハンブルクの保育所に初の赤ちゃんポストが設けられた。現在も賛否両論があるが、ベルリンなど各都市で設置が相次ぎ、今は80カ所を超える。

 きっかけは、新生児が放置され死亡する例が後を絶たず、心を痛めた人々が社会全体で新生児の面倒をみようとしたことだった。匿名の母の悩み相談に24時間応じるフリーダイヤルもある。

 ドイツ刑法では自分の子どもを放置した場合、保護責任者遺棄罪で禁固刑1〜10年、致死の場合は同3年〜無期になる。だが、赤ちゃんポスト利用は、遺棄には当たらないと解釈されている。

 オーストリアでも、00年からウィーンのほか6カ所の病院に赤ちゃんポストが設置された。ウィーンではこれまで16人の赤ちゃんが保護された。同国には身元を明らかにせずに病院で出産できる「匿名出産」制度がある。

 最近では今年2月、ローマの総合病院で、昨年12月に新設された赤ちゃんポストに生後3〜4カ月の男児1人が保護されたことが話題になった。【ベルリン小谷守彦、ウィーン会川晴之】

 ◇首相も不快感

 安倍晋三首相は5日、「赤ちゃんポスト」設置許可について「(親が)匿名で赤ちゃんを置き去りにしていくことは、許されないのではないか」と不快感を示した。【渡辺創】

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 ■ことば

 ◇慈恵病院

 1898(明治31)年、ハンセン病患者救済のためジョン・マリー・コール神父が5人の修道女と開設した慈善診療所が前身。一時、孤児院も併設していた。78年から医療法人聖粒会が運営。カトリック系で中絶手術はしていない。02年から望まない妊娠をした女性の電話相談を開始。民間団体と連携して親が育児困難な赤ちゃんの養子縁組などに取り組んできた。中学、高校に出向き性教育の出張講座もしている。