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さもありなん、ということだろう。 ずさんな融資で経営難に陥っている新銀行東京を舞台に、不正融資事件が発覚した。改ざんした決算報告書を提出して営業実態のない会社へ5千万円を融資させた疑いで、元行員らが警視庁に逮捕された。
銀行の内部調査では、このほかにも不正が疑われる融資が30件以上も見つかっているという。
なぜ、こんな事態になったのか。答えは明白である。そもそも融資の仕組み自体に問題があったのだ。
新銀行は、石原知事が2期目の選挙公約で設立を表明し、都が1千億円を出資して05年に開業した。金融機関の貸し渋りに悩む中小企業を支援するのが主な目的だった。都が作ったビジネスモデルによる「無担保・無保証」のスピード融資が売りだった。
行員にとっては融資を増やすことが最優先課題になった。開業3年後の保証・融資残高9300億円が目標とされ、融資の獲得額が多い行員には手当が出た。逮捕された元行員は、06年春からの1年間で約100社に計23億円を融資し、所属部署では救世主のような存在だったという。
だが書類審査だけでは、経営難の業者からの申請でも素通りしがちだ。甘い審査を狙った案件も集まってきた。都議や国会議員秘書らの口利きが500件以上にのぼり、融資直後に破綻(はたん)したケースもあったという。この元行員の場合も約3億円が回収不能になった。危うい融資が横行するうち、不正にも手を染めるようになる。
こうして焦げ付きが膨らみ、開業3年で累積赤字が1千億円に達した。今春には、新たに都税から400億円を出資する案が、自民・公明両党の賛成で可決された。だが、先ごろ終わった金融庁の検査では、この追加出資も赤字に食われていきかねない厳しい状況が銀行に伝えられたようだ。
都は他の金融機関との提携で延命させる道を探ってきたが、そこにいまの世界金融危機が追い打ちをかけた。石原知事は先日の記者会見で「交渉相手が思いがけない状態になった」と弁解した。だが、もともと早期に撤退させる道を選ぶべきだったのだ。
金融機関に公的資本を注入する金融機能強化法改正案の国会審議が始まった。こんどはこちらで資本注入をとの声もあるようだが、論外だ。
新銀行は大幅に業務を縮小し、すでに銀行の体をなしていない。預金者や融資先にできるだけ迷惑をかけぬよう注意しつつ、早く業務を整理縮小し、あるいは預金や融資を他の金融機関へ売却する。こうやって銀行を静かに閉店させることが、損失を少しでも抑える唯一の道だろう。
そのとき損失が出たなら、政府ではなく都の責任で処理する以外にない。
また食品会社か。そうあきれたくなるような出来事だ。
千葉県にある伊藤ハムの工場で、ウインナーやピザをつくる時に使っていた地下水から、基準を超すシアン化合物が検出された。
ふつうならば、ここで汚染された水を使うのをやめ、別の井戸の水に切り替えたり、生産を一時停止して点検したりするところだろう。ところが、この工場は何の手も打たないまま、その後も約3週間にわたり、同じ水で商品をつくり、全国へ向けて出荷し続けていた。
食品を扱う大手企業でありながら、理解しがたい対応である。なぜ安全や衛生という最も大切な問題を軽んじてしまったのか。企業倫理を忘れ、緊張感に欠けていたとしか思えない。
会社側の説明によると、それまでの地下水の検査で異常な値が出ていなかったため、初めは工場の担当者が「検査の数値が異常ではないのか」と思ってしまったらしい。
だが、「大丈夫だろう」という勝手な思いこみや油断が許されるはずもない。汚染された水を使って生産していたのは、どこの食卓にも並び、子どもも好んで口にする食べ物なのだ。
案の定、再検査を重ねたところ、基準を超す値が続けて出た。
その間、シアン化合物が検出されたことは公表されなかった。
対応が後手に回った理由として会社側は、社内の連絡態勢の悪さを挙げた。水質に問題があるという情報が工場から本社に伝わらなかったというのだ。だが、安全や衛生への意識を現場の隅々にまで徹底させるのは企業としての責任ではないか。
品質にかかわる問題があれば、すぐに必要な対策をとる。不利な情報も隠さず公表する。それを怠った伊藤ハムが支払うツケは大きい。
汚染された水を使い続けた間に生産された商品は、26品目、約331万個にものぼる。この膨大な商品を回収せざるをえなくなり、せっかくの食品を無駄にすることになる。全国の小売店にも迷惑をかける。企業イメージは傷つき、売り上げが落ち込むことも避けられまい。
ここ数年、食品会社の不祥事は後を絶たない。産地の偽装もあれば、賞味期限の改ざんも目立つ。問題を起こしたあとの対応を誤り、倒産や廃業に追い込まれた企業もある。
そうした過去の経験から、伊藤ハムはいったい何を学んだのか。
今回は健康に影響が出ることはなさそうだが、企業のあり方という点で、くむべき教訓は多い。
対応が遅れれば遅れるほど傷口が広がり、企業の打撃は大きくなる。業界を問わず、そんな当たり前のことを改めて、この不祥事は教えている。