2006-10-26 特定の人に渡すために作る名刺
いつのまにか夫のことを「天才」と書くのを止めていました。
たぶん風俗に行ったからです。
「でも風俗に行くのが天才じゃないんならニーチェはどうなんだ、天才じゃないって言うのか?太宰さんはどうなんだ?むしろ天才はみんな風俗に行くぞ」と夫に言われそうなので、仕方なく夫の呼称を「天才」に戻すことにします。
と言っても本人は「天才」という呼び名を特に気に入ってはいないようです。
で、今日、文房具屋から帰ってきたわたしは、「じゃ〜ん」と言いながら、文房具屋の、紙でできた袋の中から、緑色のファンシーなペンを取り出し、天才に見せました。
「さらにじゃ〜ん」と言いながら、猫とかウサギとかを型取った『モコモコシール』を袋の中から出しました。
「そしてそしてじゃ〜ん」と言いながら、名刺サイズの無地の紙を取り出しました。
「これでアンディーメンテのジスカルド氏に渡す名刺を作るのです!!」
「手書きで?」
「うん」
「シールも貼るの?」
「うん」
「情報カードに?」
「う?」
「その紙、情報カードだろ」
「ん?名刺サイズって書いてあるよ」
「だから名刺サイズの情報カードだろ」
天才に言われ、よく見ると『名刺サイズ』という文字とともに『情報カード』と書いてあることに気付きました。
あと、100枚入りとも書いてありました。
ジスカルド氏主催のオフ会のような運動会に参加し、ジスカルド氏に「初めまして」と言おうと思ったけれど・・・・・・、初対面の人に「初めまして」なんて話しかけるのは無理だから「初めまして」の代わりに名刺を作って渡そうと計画したのです。
あと「名刺です」と渡す行為も、1人に対してが精一杯なので、残りの99枚の情報カードは必要ありません。
さてさっそく名刺を作ろう!
猫のシールはどこに貼ろう?
ジスカルド氏は、猫のシールがどの辺に貼ってある名刺が好みだろうか?
ウサギとクマならウサギ派か?クマ派か?
と考えながら、情報カードの封を開け、取り出した紙はぺらっぺらでした。
これじゃ名刺になりそうもありません。
こんなぺらっぺらの名刺を渡したらぺらっぺらな女だと思われかねません。
「明日別の文房具屋に行って、名刺サイズの情報カードじゃなく、名刺サイズの名刺を買ってくるよ。これは情報カードだから情報を書こうね。メモ用紙として使おうね」とわたしが言うと、「その大きさ
、使い道ないんだよなぁ」という天才の冷たい独り言が聞こえてきました。
独り言に違いないのであまり気にしません。
「あぁ、早く名刺を作りたいなぁ」とわたしも独り言を言いました。
そんなわたしたちは、アンディーメンテ運動会に行くという同じ目標に向かっています。
同じ方向を向いています。
同じ・・・・・・
同じ・・・・・・
少なくとも同じ地球の上にいます。
2006-10-25 牛乳のはなし2日目
え〜と・・・・・・、牛乳を買いましたよ。
今日はちゃんと牛乳を買いましたよ。
夫の性病検査の結果がシロでした。
朝から「性病だったら離婚だからね」と号泣してリストカットして、その後夫が病院に出掛けた隙に首を吊ろうとしたけど、寒いからこたつに入ってホットミルク飲みながら電話を待っていたら、性病じゃなかったと夫から連絡が入りました。
だから病院から帰ってきた夫とは、いつも通り囲碁を打ちました。
置き石を3子置かしてもらうというハンデをもらったのに、ぼろ負けでした。
わたしは負けて悔しいのに、夫は勝って嬉しそうで、「あ〜、人間はみんな1人なんだなぁ」と思いました。
夫とわたしは別の人間なんだと認識すると寂しさと同時に、解放感を味わいました。
確かに解放感は味わったけれど、寒いのでわたしは外に出ません。
牛乳も、1リットルパックを買ったから、3日は持つでしょう。
冬眠に入りました。
囲碁だけが友達です。
2006-10-24 だめだだめだホットミルクだ
だめだ寒い。
あと暗い。
外が寒くて暗いから牛乳が買いに行けない。
ホットミルクが飲みたい。
寒くて暗いからホットミルクが飲みたい。
でもたぶん暗いのとホットミルクはあんまり関係ない。
朝からホットミルクが飲みたい。
ホットミルクが飲みたいと思い始めて早11時間。
そうこうしているうちに、今、ヤマハ音楽教室から電話がかかってきた。
「以前お申し込み頂いたピアノ教室1日体験は、明日の2時からになりますがご都合いかがですか」と訊かれた。
「すいません無理です」と即答した後、「牛乳も買えないくらいなんで」と口走りそうになって、慌てて口をつぐんだ。
出掛けようというときは勢いが大事だ。
勢いを失ってしまったわたしは部屋から出られず、「うるさいなぁ静かにしてよ」とネズミを叱る。
閉じこめられた者同士、お互い迷惑かけずに暮らそうよ。
2006-10-19 クリエイティヴィティにおいでよ
自宅地下室で、みんな踊っています。
夫はオーバードーズで頭がおかしいです。
数時間前には、ジンギスカンを食べながら、友人を交えてわたしと夫の離婚話が進んでいたはずなのに、その後1人増えて、今はわたし以外の3人が、ポイを回しながら踊っています。
ポイはピカピカ光っています。
早く火も付けて回せばいいのになぁ、家も燃えてしまえばいいのになぁ、なんてわたしはニコニコしながら見ていました。
そしてニコニコと1階のリビングに上がってきて、これを書いています。
と、ここまで書いたところで、3人がリビングに上がってきました。
そして、夫が『クリエイティヴィティ』という言葉を10回くらい口にしています。
「君もクリエイティヴィティにおいでよ」と夫がわたしのことも誘います。
クリエイティヴィティよりも、早くみんな、頭がパーになってしまえばいいのになぁ、と思います。
わたしは早くパーになって、へらへら〜っと、何をされてもいいや、なんでもいいや、という気分になりたいのです。
パソコンの横に、夫が飲み残したメンヘル薬が置いてあります。
これを飲めばわたしも夫のように頭がおかしくなれます。
夫のように。
夫のように頭がおかしく。
夫のようにクルクルパーは死んじまえといった感じに。
あー!
今、パソコンの前でクルクルパー願望に浸っているわたしを置いて、夫を含む3人は、防具とかグローブとかを着けて、公園に向かっていきました。
現在深夜12時。
20代から30代の若者たちが、繰り返しますが若者たちが、公園でスパーリングをしようと、旅立って行きました。
「君も着いてこないと実況中継ブログが書けないよ」と夫がわたしを誘っていましたが、わたしは部屋に残ることにしました。
なんかやっぱり離婚したいなぁ、という気になりました。
でも離婚しません。
愛ですね。
愛ですよ。
なんかこの薬、記憶も飛ぶらしいから、離婚したいって気持ちもどこかへ飛ばしてみようと思います。
愛も飛んでいくのか、それとも残るのか、飲んでみなけりゃわかりません。
2006-10-18 わたし走ります
朝8時に起きた。
早起きしている自分が信じらない。
今も夢の中なんじゃないかと思う。
夢の中だとすると、昨夜10時に寝て、今、朝の10時半だから、12時間以上寝てまだ眠っていることになる。
そろそろ起きたほうがいいんじゃないだろうか。
夢の中で朝ご飯を食べたり、スナネズミにマイタケエキスを与えたりしている場合ではない。
だから早く起きよう!
早く起きる訓練をして、来月のアンディーメンテ運動会に参加できるようになろう!!
でも、運動会だから、ただ起きられるようになるだけじゃダメだ。
朝から全力を出せるようにならないと。
朝から、玉入れでも騎馬戦でも、どんと来い、という状態にならないと。
朝から、初対面の方々よ、どんと来い、という状態にならないと。
想像したら、ちょっとお腹が痛くなった。
現実での参加が無理だったら、夢の中で運動会に参加しよう。
早起きの訓練じゃなく、自由自在に好きな夢が見られる訓練をしよう!
アンディーメンテ運動会に夢の中で参加して、そこでわたしは一等賞になろう!!
2006-10-10 世界は開ける
わたしには友達がいません。
夫以外に話し相手がいません。
だからいつも、愚痴は夫に聞いてもらい、ワイドショーネタも夫に話し、街で見かけた猫の話も夫にします。
『それが負担だったんだろうなぁ、だから風俗にも通うんだろうなぁ』
そう思い、わたしは友達を作ることにしました。
友達とまでいかなくてもいいんです。
人とのふれあい……、「人ってなんて素晴らしいんだろう」
そんな出会いと新たな感情獲得のためにわたしは街へ出ました。
行った先は池袋です。
池袋は人がたくさんいます。
ふれあうには絶好の場所です。
そんな池袋で、ウイークリーマンションに泊まりながら、今回の目的を達成する予定です。
たとえばこんなふれあいがあるでしょう。
「ハンカチ落としましたよ」と、池袋らしい、きれいな服を着た女性がわたしにハンカチを差し出します。
わたしは自分のハンカチじゃないんだけど受け取ります。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それよりそのハンカチかわいいですね。どこのブランドですか?」
「アナスイって書いてありますね」
もしかしたら、こんなトラウマ解消的再会だって、あるかもしれません。
「あー、君は中学のときのクラスメートじゃないか。あの頃は随分辛い思いをしただろうけど、今では元気そうでなによりだよ」
「そういうあなたは、野球部だった山田君。あなたもあの頃わたしのこと嫌って……。でもそれも過ぎたことね」
「ああ。遠い昔のことだよ」
「それじゃ」
「おー。」
「元気でな」
「元気でね」
期待を胸に、気付くとわたしは……
おじいさんを尾行していました。
始まりはサンシャイン60の前でした。
わたしは道に迷っていました。
街の地図看板を見ても、ウイークリーマンションのホームページから転送したケータイの地図画面を見ても、どっちに行ったらいいのかわかりません。
ネットで予約したチェックインの時間も、刻々と迫っていました。
フロントに電話して道を訊く、という方法も考えたけれど、わたしは電話が苦手です。
電話克復は、また次の機会に取っておこうと思いました。
だから今は、街行く人に道を訊くしかありません。
これぞ神様のくれたチャンスかもしれません。
神様は、わたしが人とふれあうきっかけをくださったのです。
あたりを見回すと、ちょうどいい具合にシルバーポリスの方を見付けました。
『わたしはシルバーポリスと会話をするぞ!
そこから人とのふれあいの素晴らしさを学ぶぞ!
いざ!』
わたしがシルバーポリスに話しかけようとしたそのとき、青いハンチング帽をかぶり、青い傘を手に持ったおじいさんが、わたしの狙っていたシルバーポリスに話しかけました。
「豊島郵便局には、どう行ったらよいですか」
わたしはその言葉を聞いて、『あー!!』と思いました。
『わたしもわたしも。わたしも豊島郵便局方面なんです。そのさらに先にウイークリーマンションはあるはずなんです』
そう、心の中でシルバーポリスと、青いハンチングおじいさんに語りかけました。
そして熱心にシルバーポリスの道案内を聞くおじいさんの傍で、わたしも密かにうんうんと頷きながら聞いていました。
でも途中で気付きました。
『覚えきれないし、どうせ同じ道を行くのだから、このおじいさんの後を付いて行けばいいんじゃないか』と。
そうして、わたしによる、おじいさんの尾行が始まりました。
おじいさんは、青い傘をステッキのように揺らしながら、ゆらりゆらりと歩いていました。
どうやら、街の景色を楽しみながら歩いているようです。
だから歩くのがとても遅いです。
気を抜くと追い越してしまいそうです。
『もう。しっかり歩いてよ。尾行がうまくできないじゃないか』
そう思ったところで、『もしかして、わたしが後を付けていることをおじいさんに知られたところで、なんら問題はないんじゃないか』と気付きました。
「さっきから後を付けてるようですが、何かご用ですか」
わたしはくるりと振り返ったおじいさんに訊かれます。
「いえいえ、実はあなたとシルバーポリスの会話を聞いていて、同じ方向のようなので、付けさせてもらってただけです」
そう、毅然とした態度で答えます。
するとおじいさんは言います。
「そういうことだったんですか。それなら、旅は道連れ世は情けとも言いますし、会話でもしながら一緒に歩きましょう」
これぞ、ふれあいです。
でも、ふれあうには、時すでに遅し、といった感がないでもありません。
もう散々後を付けて来てしましました。
こんなに無言で尾行した後では、もはやふれあうことは不可能でしょう。
だから、おじいさんとはテレパシーでふれあうことにしました。
『あぁ、今日はいい天気だなぁ』
長いこと後ろを歩いていたため、わたしには、おじいさんの心の声が聞こえるようになっていました。
その声に勝手に答えます。
『ほんとですね。これが秋晴れっていうんですかね』
『おぉ!休むのにちょうどいい公園があるじゃないか。帰りに寄って行こう』
『そうです。くれぐれも帰りにしてくださいね。今寄られると、ウイークリーマンションのチェックイン時間に間に合わなくなって困ります。できればもう少し急ぎめに』
わたしはテレパシーによるおじいさんとの会話、ふれあいに満足し、今回の『3泊4日池袋ふれあいの旅』の目標は達成できたよな充実感を味わいました。
そんな充実した気分のところへ、見知らぬ女性が話しかけてきました。
年はわたしより少し下の、20代前半といったところでした。
大人しそうな女性です。
『この人となら友達になれるかも』
さっきまで、テレパシーによるふれあいで満足していたのに、いっきに、「友達を作る」という最終目標まで、意識が飛びました。
「みなさんに読んでもらいたい本があって、お配りしているんです」
そう言って彼女は、茶封筒を差し出しました。
わたしは彼女の差し出した封筒を受け取りながら、訊きました。
「ほんとにもらっちゃっていいんですか」
彼女は「はい」と笑顔で答えました。
場所は池袋です。
池袋には同人誌を売っている本屋がたくさんあると聞きます。
この女性はきっと、自作の同人誌をみんなに読んでもらいたくて、でも、売るにはまだ自信がないから、こうして街で配っているのでしょう。
なんて謙虚な人なんだと思いました。
謙虚な人はわたしを傷付けません。
わたしはますます彼女と友達になりたくなりました。
「わたしのメールアドレスも書いてあるんで、よかったら感想聞かせてください」
そうして彼女は笑顔のまま、わたしの傍を離れていきました。
わたしは封筒を手にし、にこにこ顔で辺りを見渡しました。
おじいさんの姿は、いつの間にか消えていました。
目の前に郵便局が見えました。
おじいさんは無事に目的地にたどり着けたことでしょう。
『ここからは1人で行けます。寂しいけれど1人で行きます。いや、わたしは1人じゃないんです。彼女との絆がこの胸に。この胸に……」
胸に抱いた茶封筒の中から本を取り出そうとしました。
早く見てみたいと思いました。
友達のことを早く知りたいと思いました。
でも、まだ彼女がすぐ後ろにいるはすです。
こんなにすぐに見たら、はしたないと思われるかもしれません。
せっかく友達になれそうな人に、嫌われてしまっては困ります。
10メートルほど歩き、『そろそろ見てもいいかな』と、封のされていない封筒に手を入れました。
わくわくしました。
『どんなだろう。どんなだろう。わたしの未来の友達は、どんなマンガを描く人なんだろう。
たとえ好みに合わなくても、ちゃんと最後まで読もう。
隅々まで読もう。友達のことを理解しよう。
それに、ウイークリーマンションの中は退屈だから、読み物がもらえてちょうど良かった。
こんなタイミングでマンガをくれるなんて、なんてありがたい人なんだ。
これぞ友達だ!』
そうしてドキドキしながら取り出した本のタイトルは、『日蓮聖人に背く日本は必ず亡ぶ』でした。
マンガではありませんでした。
彼女の自作でもありませんでした。
封筒の中に本を戻し、封筒の表、裏と確認すると、宗教団体の名前とともに、彼女の名前とメールアドレスが書いてありました。
かわいらしい女の子のイラストが手書きで描かれ、イラストの女の子は吹きだしで「ご意見ご感想お待ちしております」としゃべっていました。
わたしは日蓮聖人を胸に、再び歩き出しました。
歩き出したけれど、またすぐに道に迷いました。
駅前を離れたため、もうシルバーポリスも見当たりません。
地図看板とケータイの地図画像を見て1人で頑張るしか、わたしには方法がありません。
「えーと。目の前に小学校が見えるから、わたしのいるのはここで」
と呟きながら地図看板を指で辿ったり、覗き見防止シートを貼ったせいで陽の光が強いと真っ暗に見えるケータイ画面を透かしたり手で覆ったりしながら、道順を考えました。
順調にいけば3分でたどり着けそうところにいるのは確かなのに、右へ行けばいいのか左に行けばいいのか、かわかりません。
へたに歩くと、余計遠ざかってしまういそうな気がしました。
チェックイン時間まで、5分を切っています。
意を決して、ウイークリーマンションのフロントに、電話をかけることにしました。
その前に深呼吸をしました。
深呼吸したら、咳き込みました。
『あと5分でたどり付けるだろうか』という焦りと『チェックインに遅れたら怒られるんじゃないか』という恐怖から喉はカラカラに渇き、それに『電話が繋がって第一声が掠れでもしたら恥ずかしい』という神経症から、わたしはゴホゴホ咳き込みました。
日蓮聖人の本を口元にあてがい、咳き込んでいると、目の前をわたしと同年齢くらいの男性が通りかかりました。
地図看板を見たそうに覗き込んでいたけれど、わたしがいて咳き込んでいるせいか、すぐに通り過ぎて行きました。
『ごめんなさい、地図看板を見たかった人……』
そう思いながら再び深呼吸をして、ケータイの発信ボタンを押しました。
ダイヤル音を聞きながら、数度深呼吸をしていると、後ろから誰かに声をかけられました。
さっき通り過ぎた、地図看板が見たくて見られなかった男性でした。
どうやら戻ってきたようでした。
「大丈夫ですか。どちらに行かれるんですか」
とやさしい笑顔でわたしに言いました。
たぶん、わたしが宗教団体の名前の書かれた封筒を持って、ひどく咳き込んでいたものだから、不治の病だと思ったのでしょう。
「どこに行かれるんですか」と訊きつつ、病院に連れて行ってくれる気まんまんだったに違いありません。
なぜかユーミンの「卒業写真のあの人はやさしい目をしてた」という歌声がわたしの脳内バックミュージックとして流れました。
わたしたちの姿は、当然スローモーションです。
『これぞ出会いだ!ユーミンの歌は別れの歌だけど、これは出会いだ!ただ、この人はそのくらいやさしそうな人なんだ』
出会いを喜んでいた瞬間、電話口から「ウイークリーマンション東京です」という、無機質な声が聞こえました。
わたしは、「はっ!」という顔で一時停止しました。
早くもわたしたちに別れが訪れました。
わたしはやさしい男性に会釈をし、彼も不治の病のわたしが電話中と気付き、会釈をして去って行きました。
そして、ウイークリーマンションの人から聞いたとおり歩いたつもりが、もう何度目かわからない迷子になりました。
さっきの男性が恋しくなりました。
『さっき道教えてくれるって言いましたよね。お願いだから、今教えてください。もう1度チャンスをください。わたしを見つけてください。目印は日蓮聖人です』
そう心の中で叫び、辺りを見渡しても、彼の姿は見当たりませんでした。
代わりに、江ノ電が見えました。
江ノ電が見えたとき、ぱーっと世界が開けたように感じました。
『明日あれに乗ってどこかへ行こう。人と話さず、ただ景色を眺め、人も景色と同じように眺め、江ノ電に揺られよう』
人とのふれあいを思うより、ワクワクした気持ちになりました。
2006-10-06 足は折っても歯は折るな
なんとなく、自宅屋上から飛び降りてみたい気分だったのですが、歯が折れると困るのでやめました。
前に、前歯が欠けて死のうとしたことがあったけれど、今度は、歯が折れるのが嫌で死にません。
歯と命、どっちが大事なんだと訊かれたら、即答します。
歯です。
前歯だけは大事にしなさい、というのが母からの教えです。
総入れ歯の母からの教えです。
いや、総入れ歯ではありませんでした。
母には、1本だけ歯が残っていました。
母が入れ歯をしていないとき、近所の赤ん坊が1本だけ残るその歯を指差し、「まんま」と言ったことがありました。
そのときは、一生分くらい笑いました。
確かに、そう言われてみると米粒そっくりでした。
入れ歯が合わないからと、よくはずしたまま外出していた母が、それ以来、必ず入れ歯をはめて出掛けるようになりました。
そんな素敵な思い出をくれた母ですが、今でもとっても元気に生きています。
わたしも元気に生きています。
スナネズミは明日手術です。
2006-10-04 わたしが足を切られたくない理由
天才が、わたしの足を切ると言った。
わたしは切らないでと何度もお願いした。
それでもやっぱり天才は、わたしの足を切ると言う。
仕方がないので、100円ショップで原稿用紙を買い、そこに、どれだけ足を切られたくないかを綴ることにした。
たぶん20枚くらいかかるだろう。
タイトルは「わたしが足を切られたくない理由」。
天才がそれを読むときは、わたしが土砂の下敷きになって意識不明のときだ。
足を切断すれば命は助かるだろうが、切断しないでこのまま救助に時間を食った場合、命の保証はない、そんなときには、天才は急いで家に戻って、わたしの書いた「わたしが足を切られたくない理由」を読むべきなのだ。
見つけやすいように、封筒に入れて、ちゃんと封筒の表にも同じタイトルを書いておく。
赤字で書いておけば完璧だ。
「赤字だからね。見つけやすいよ。場所は引き出しの上から2段目ね。わかった?」
天才にそう言ってみたけれど、「読んでもたぶん切ってもらうよ」という、そっけない言葉が返ってきた。
でも大丈夫だ。
希望はまだある。
天才が納得しないのは、まだわたしの書いた文章を読んでいないからだ。
そしてわたしが天才を説得する自信がないのも、わたしがまだそれを書いていないからだ。
それでも正直自信がない。
頑固な天才を説得するだけの文章を書ける自信が。
16歳くらいの頃、「わたしの土葬について」と書いた封筒を机の中に入れていたことがある。
焼かれたくなかったのだ。
明日もし、ころりと逝った場合、家族はなんの迷いもなくわたしを焼くだろう。
そう考えたら、これはちゃんと書いておかねばと思った。
ただ、封筒の中に入れたのは、便せんたった1枚だけだった。
それも、ほんの数行しか文字の書いていない便せん。
「お母さん、わたしが死んだらどこか田舎のほうで土葬でもいいよっていうところに埋めてください。家の庭は嫌です」
単純な性格の母なら、こんなもんで大丈夫だろうという、あまりにも自分の親を見くびった文章だった。
しかし、天才は母と違って手強い。
簡単に自分の意見を曲げたりしない。
いくらわたしが、「わたしには足を無くして生きていく自信がない。もしそうなったら、もともと荒んだ精神がさらに荒んで、天才にさえ手が付けられなくなるだろう。だから1%でも足を切らないで生きられる可能性があるなら、そっちを選択して欲しい」と、真剣味が伝わるように表情まで工夫して説明しても、納得しないような人間だ。
だからわたしは、これから上手な文章の書き方を教えてくれる本を買いに、ジュンク堂に行こうと思う。
20冊も読めば、可能性はなくもないだろう。
そして自信がついたら、ここまで書いたこの文章も、書き直そうと思う。
誰もが、「森にえさんの足は切るべきじゃないよね」と口々に言うような文章に。
そして、その素晴らしい文章の最後は、こう締めくくるのだ。
「ということで、わたしの足を切断すべきではないということがわかって頂けたと思う。でも天才が土砂に挟まれたときは、ちゃんと切ってもらうから安心してね」
2006-10-01 傘取り違え事件
ビニール傘を差して深夜のビデオ屋に行ったら、その店の傘立てに差してある傘、全部がビニール傘でした。
帰ってきて、玄関の傘立てにビニール傘を戻しながら、見ると、うちの傘立ての傘も、全部ビニール傘でした。
みんなビニール傘が大好きなんだなぁ、と思いました。
ところで、わたしがビデオ屋にビニール傘を差して行ったことにより、わが家の大切なビニール傘が、よそのビニール傘と入れ替わってしまったような気がしてなりません。
そのすばらしい名刺を確かに受け取りました。
最初、だんな様がすんごく怖そうな声で6時起きですよっと言って脅えあがったのですが、すぐさま隣から優しそうな声でどうぞと名刺をくださって、たいへん救われました、ありがとうございます。
ここにコメントして良かったものかどうなのか、ちょっと不安なのですが、書くべきに違いないと思って書きました。しかも長っくてごみんなさいっ
ぼくが一番嬉しかったのは、二人が13路を打ってるんですと言われた時に間違いありません
親しい二人が二人で囲碁を打ち合えるなんて、この世で最もすばらしいことに違いありません
ぼくは、ぼくの親しい人同じことをしようとしたら、地を荒らした瞬間、突然泣き出されて、以来、二度と打ってくれなくなりました…うえ゛っうえ゛っまた名刺くださいっ(なんで)
「うわーーーーー!!」と別室にいた夫に駆け寄り、「コ、コメントが・・・・・・」と言った後、「うわーうわーうわー」と回ったり跳ねたりして、さらに「しばらくわたしは跳ねてるけど、もうわたしのことは気にしないでね」と自分勝手なことを言うくらい嬉しかったです。
運動会は楽しすぎで、辛かった小学生時代の遠足とか、辛かった小学生時代の運動会とか、辛かった人生とか、いろいろ「もうあの頃のことはいいや」と思えました。
囲碁でたくさん石を取られるたび、「いやだ・・・・・・」と泣きそうになりながら呟いてしまうのですが、夫は満面の笑みで「そうだろう。そりゃあ、いやだろうさ。へっへっへ」と笑います。「人でなし!」と思います。
『2人で囲碁ができるって幸せだなぁ』と感じた次の瞬間には、ごっそり石を取られて『人生、いくら辛いと言っても、これほど絶望することってないよ』と思ったり・・・・・・。囲碁は深いですね。
これからいっぱい修業しますので、いつかいつか、(それでも置き石たっくさーんで)お手合わせ願います。
そのたび、名刺もらってください。初めに買った情報カードと、後から買ったメッセージカードを合わせると、あと150枚名刺が作れるので、150回よろしくお願いします!!