2008-10-24 ほっ?
生滝本様の生エヴァ語りを拝聴しました
というわけで。
昨夜、ぼくは秋葉原にある怪しげな男装バーで、どういうわけか作家の滝本竜彦氏と並んでソファに腰掛け、酒を呷っていた。
テーブルを挟んだ向かいには音楽ライター冨田明宏氏、ほかにも作家・編集者など若干名。なんでそんな人々と一緒にそんなところに? まあ、いろいろあったと思いねえ。
滝本氏といえば、2001年に『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』で第五回角川学園小説大賞特別賞を受賞してデビューを飾り、翌年刊行された第2作『NHKにようこそ!』で「ひきこもり・アクション小説」なる新ジャンルを開拓して大いに話題になった、ひきこもり世代のトップランナー(自称)だ。
『NHKにようこそ!』刊行後、ひきこもり問題を扱ったNHKの番組に出演し、「ひきこもり生活を克服するためには、愛が大事」と伏し目がちに言い切った姿には、多くの若者が感銘を受けたという。当時精神を病み、ひきこもり生活に突入して数年が経過していたぼくも、周囲に彼の著作を熱心に薦められたものだ。
『新世紀エヴァンゲリオン』のヒロイン・綾波レイを脳内彼女とする。3作目となる2003年刊のエッセイ『超人計画』では脳内彼女レイちゃんの協力のもと、己を縛るルサンチマンを捨て去りニーチェの説く超人たらんとするも、永劫回帰によって出発点に引き戻される結果となった。
その後『ファウスト』誌を中心に数篇の小説を発表し、『BSアニメ夜話』のエヴァ回に出演して怪気炎を上げるなどするも、2004年から大岩ケンヂとタッグを組んで進めた『NHKにようこそ!』コミック版、およびそれを原作とするアニメ版の作業を2007年に終えてからは露出が極度に少なくなり、近況も伝わってこなくなっていた。
ぼくはといえば、2003年の文学フリマで新月お茶の会有志と共謀して滝本竜彦オンリー本『ゲーム脳』を頒布し、2005年の文フリでは『NHKにようこそ!』に多大な影響を受けた『利亜と尚哉の優しくないセカイ』なんていう、どうしようもねえタイトルなうえに未完の小説を発表。関係者各位から「滝本なんか目じゃねえよ! 有村のほうが深刻だよ!」と悲痛な褒め言葉をいただいたりした(参加レポは『図書館島の休日→第四回文学フリマ→文フリ打ち上げ@秋葉原』参照)。もちろん『NHKにようこそ!』コミック版・アニメ版はともに隅々まで堪能した。しかし、その後彼がどうしているのか、気になりつつもフォローする余裕のない日々が続いていた。
その滝本氏が、ぼくの40センチ隣で、某雑誌の女性編集者Iさんに話しかけていた。あの口調で。すわ、口説きモードか?
「ぼくは難しい本もたくさん読むんですが――」
……素だった。どこまでも、あまりにもイメージどおりの滝本氏だった。心臓に毛が生えすぎてアフロハートと化しているおかげで、どんな相手であろうと人見知りも物怖じもしないぼく、滝本氏と席を共にしてもまったく普段どおりにくつろいでいたけれど、このときばかりは内心感銘を受けた。彼が健在であることを確信した。
健在なる滝本氏、詩人って何故ああも貧乏くさいんでしょう? とIさんに問いかけていた。ぼくは話に割って入ることにした。
「いやしかし、紙に活字で印刷した詩集はろくな収入にならんですけど、色紙に筆で書けば売れますよ最近は。みつをみたいなやつ」
「ああいうの、いいですね」
「路上で売ったりするアレですか?」とIさん。
「あと、やたら威勢のいいラーメン屋の壁にべたべた貼ったりとか」ほんの半年ちょっと前に速水健朗氏id:gotanda6の『自分探しが止まらない』で得た知識が口をついて出た。「すんごい安値で働かされているらしいですけどね、そゆとこの店員。自分探しビジネスに釣られて」穴掘って埋まれお前。
そのとき、滝本氏は力強く言った。
「あっ、でもぼく、最近ついに本当の自分を発見したんですよ」
「――」一拍、「マジですか! 見つけちゃったんですか!」ぼくは身を乗り出した。
「それはどういう……?」Iさんも興味津々。
「小学生のころの自分なんです。小学生のころ、ぼくは周りの連中をすごい見下していたんですよ。おれは天才だ、周りのバカな連中とは違うんだ。まったくどいつもこいつも、みんなクズばっかりだって。で、そういう、他人を見下すイヤな自分を抑圧して、切り離してしまったんですね」滝本氏、滔々と語る。「するとどうなるかというと、切り離したイヤな自分を周囲の人たちに投射してしまうんです。投射して、あいつらみんなおれのことを見下してるんだ、バカなやつだと思ってるんだ……とルサンチマンが溜まる。だからおかしいんですよ。本当は自分が周りを見下しているのに、周りが自分を見下していると思ってしまう」
ぼくの脳裏に、弱者道徳としてのキリスト教、という言葉が浮かんだ。
「すごく気持ちいいですよ。抑圧していた、周囲の人間を見下す自分を見つけるのは。だからぼく、いつかラーメン屋開くときには書きますよ、筆で。壁に飾るんです、『おれはお前らを見下している』『お前らクズだ』って」
ぼくもIさんも爆笑した。
「なんちゅうラーメン屋だ! それはぜひ行ってみたいですね!」
爆笑しつつ、ぼくはまったく、感嘆していた。
これが――これはたしかに――これこそが、滝本竜彦なのだと。
まあそれでも始終無遠慮だったのだけど。
しばらくあとでは、冨田氏に対して「いまは自己啓発にしか興味ありません!」と明朗快活に断言していた。『夢をかなえるゾウ』についてお伺いを立てたところ、いろいろな自己啓発書のエッセンスをまとめて混ぜ込むには上手いやり方だ、とのことだった。
そのうち、男性陣でエヴァの話になった。
滝本氏といえば、先述した『BSアニメ夜話』エヴァ回での名言の数々は今でも語り草である。「(綾波のどこがいいの? と問われて)だって綾波ですよ……」「(エヴァで一番好きな台詞は)『あんたバカァ?』ですね。そうだよ……バカだよ、おれは……って」「(大学時代、周囲のエヴァ話を耳にすると)ドンッ!(と机を叩くジェスチャー)何をごちゃごちゃとバカなこと言ってんだこいつら、ぶっ殺すぞ! おれが一番エヴァを理解しているんだ!」これを嘲笑する人間とは、ぼくは永遠に友達にはなれないことをことわっておく。
その彼が、言うのだ。
「最近ようやくエヴァを冷静に見られるようになりまして」
「やっとですか!?」と冨田氏。ぼくのひとつ下である彼は彼で、本放送当時甚大な影響を受けすぎたせいで、劇場版公開時は見る心構えができず「いま見るのはまだ早い」と判断してロンドンへ旅立ったのだという。
一方ぼくは――「ぼくは、でも逆にですね」我ながらどうかしているとしか思えないけれど、「最近になって身につまされているんですよ。『ああ、おれシンジ君だわ』ってここ数年でようやく実感したんです」
「いまごろかよ!?」大騒ぎになった。構わず、続ける。
「放映当時はむしろ、スレて斜に構えてました。ああ、ここはいい演出だなあ。今回の作画監督は……みたいな。フィルムブックがあったじゃないですか。士郎正宗のマンガみたいに、欄外に細かい注がダーッって載ってるやつ。アレに感化されてこうなっちゃいましたね」
「あー」ぼくをここへ誘っていただいた編集者Y氏がうなずく。「アレ全部昔の作品のパロディだから、とかってのはオタク第一世代のひとたちがよく言っていたねえ当時。自分はそういうのが全然わからなかったんだけど……」
それを遮り、滝本氏が吼えた。
「でもアレをパロディと言って片付ける連中はクズですよ!」
一座に衝撃が走った。
「キタコレ!」冨田氏が叫んだ。ぼくも思わず目を見開いた。生滝本様の生エヴァ語りを拝聴してもよろしいんですね!? と心の中でグッとガッツポーズを決め、5点くらい入った。何かが。
「アレをただのパロディだなんて言っている第一世代の連中は、結局自分たちは何も作れなかったわけじゃないですか。だから悔し紛れにそう言って貶めているんですけど、それはエヴァを理解していないんです。だからといって、元ネタなんか知らねえ、全部新しいんだっていう若いオタクの言うことも違うと思うし……」
若いオタク。
たまたま、昨日入用だったのでアニソンマガジンの6号を持ち合わせていたのだが、滝本氏いわく、もう最近の声優などはまったくわからないのだそうだ。ただ平野綾のページを見て、あとで「ぼく、『涼宮ハルヒの憂鬱』が憎いんですよ。あんなに売れてて……」と告白したことは記しておく。
「ぼくはオタクじゃないんですよ」とも、Iさんに対して言っていた。
「オタクってすごく、他人とコミュニケーションとるじゃないですか。でもひきこもりは違うんです。ひきこもりは孤独だから、オタクになれないんです」
オタクが、少なくともオタク内部では積極的に他人とかかわろうとする連中であることは、ぼくもいつか指摘しようと思っていた。コミックマーケットを持ち出さずとも、たとえば日本SF大会には昔っから、そこらのアニオタなんぞよりもよっぽどハードコアなSFマニアがぞろぞろと集結し、実に濃密なコミュニケーションを行なってきたのだ。
もともと、ファンダムの交流会的なものはオタク的な人々の専売特許だった。結局、何を媒介として他人と接するかの違いでしかないのかもしれない。一般人は、昨日見たドラマや世間で話題の何か。オタクは、最近出た新作や新刊だったり、共有するジャンルの知識や教養だったり。
そして、ひきこもりとまでは言わないけれど、同じオタクとすら口を利けない極度に口下手な新入生や、会話がまったく成立しない異常なプロトコルの持ち主が、大学のアニメ研などオタク系サークルからもドロップアウトしてしまう光景を、ぼくは数限りなく見てきた。
滝本氏も、エヴァについてまったく不真面目な大学のオタク連中に失望して孤立、やがてひきこもるようになったという。世間から排除されたオタクのコミュニティからもさらに排除されるとは、何たる悪夢か。
話がそれた。が、さらに脱線する。
「そもそも第一世代の連中がですね」ぼくは話し始めてからウインナーを口に放り込み、2秒で食べた。
「エヴァなんて元ネタだらけだよって並べ立てるんで、ぼくはそれに興味を持って遡ったんですよ。まあその時点で充分オタク的な素質があったんですけど。で、岡田斗司夫の『オタク学入門』に感銘を受けてですね、こんなふうにオタクとして生きよう! と思って、彼をロールモデルにしてこうなったわけですよ。それをあの野郎、」モスコミュールをひとくち、「『オタクはすでに死んでいる』って何ですかありゃ! 勝手に殺すんじゃねえよ! あいつが死亡宣告するんだったらおれがオタク生き返らせますよ!」
ぼくも、吼えた。さっき吼えた滝本氏の隣で。
もはや救いようがない、と、我が事ながら形容したい。そのとき滝本氏がどんな眼差しをぼくに向けていたかは、幸いにしてわからない。
ただ、滝本氏の本当の意味でのエヴァ語りは別に行なわれた。
エヴァのパチンコについてどう思うか? と訊ねると、興味深い答えが返ってきたのだ。
「エヴァはすごく、パチンコ向きだと思います。パチンコって、玉はじいてチューリップに入れるだけっていう、何の意味もないものじゃないですか。何の意味もないものに、派手な演出をつけたりすることで、なんだかすごく意味のありそうなものに見せている。そういうところがエヴァと同じだな、と」
なるほど。そういえばエヴァは稀に見る、ハッタリで深遠な内容を捏造したアニメだった。
本質を見抜くとは、こういう思考のことか。
気がつくと、同行者のほとんどが下の階にあるイヴェントスペースを見に行ってしまい、その場に残ったのは滝本氏とぼくと、最近お世話になっている編集者S氏の3人だけになっていた。
S氏は以前、滝本氏の小説を「時々、文豪のような文章が現われる」と評していた。オタク文脈に近いところから登場したこともあってエキセントリックなイメージが持たれているけれど、彼の文章は決して奇を衒っておらず、近代小説の文法に則って非常にかっちりしている。中上健次と似たような感じで、「心の叫び」を迸るままに叩きつけていると思われがちだけれど、実はきわめてテクニカルだ、と。そのかわり、たまにテクニックを突き破って「文豪のような文章」、滝本氏のナマの部分が現われる瞬間があって、それが面白いのだと。
そういう話を、S氏は最大限の敬意を払いつつ、滝本氏に振った。
「奇を衒うと、作者の狙いが透けて見えるんです」彼は言った。「こいつはこういうことをしようとしているんだというのが読者にもわかって、身構えてしまう。それではダメなんです。だから、技術はさりげなく、それとわからないように織り込んで間口を広げます。そうすると読者も安心して物語に入ってくる。そこへガツン! と食らわせると効果が大きいんですね」
ぼくは大きくうなずいた。上手い文章、スラスラ読める流れるような文章というのは、認識されない部分で技巧を凝らしているものだ。
さらに、滝本氏の創作の秘密にまで話が及んだ。
「とても愚直ですよ」と、彼ははにかんだ。「まず最初に、徹底的にマーケティングをするんです。どうしたら売れるか? って、それを考え抜きます」
……『NHKにようこそ!』の主人公・佐藤達広と後輩の山崎薫が、不思議少女・中原岬に見栄を張ったことがきっかけで同人エロゲーを作ることになったときのエピソードが脳裏によみがえった。というか、この台詞は山崎まんまではないか。
ちなみに、現在創作者としては「80%まで回復している」らしい。アメリカでスランプに陥った作家用に考案されたリハビリ・プログラムを日々実践しているのだ、と彼は言った。
「週1回、ひとりでどこかへ遊びに出かけたり、毎朝日記を書いたりしています。すごいですね、アメリカは。精神論で片付けずに、ちゃんと統計的な分析を行なって、そういう方法を編み出すんですから」
彼が本当の自分を発見したのも、その過程においてだ、という。
「プラグマティズム万歳ですねえ」
ぼくはモスコミュールを飲み干した。
23時過ぎにお開きとなり、店を出た。
『超人計画』で、滝本氏と女優の三坂知絵子さんがプリクラのツーショット写真を撮ったことを覚えていたぼく、雨中傘も差さずに歩く彼に走って追いつき、撮影を願い出た。
快諾をいただき、JR秋葉原駅電気街口の改札そばで撮影したのが、以下の3枚だ。
「ちょっとぼくが前に出すぎたかも。あっ、笑顔笑顔。これは大事よねえ」
「……きめえ」
「……どうも滝本さんよりやつれてるな、ぼくは……」
滝本氏のコメントは「3枚ともいい写真ですね」だった。
滝本氏にお会いしたこと、話の内容、さらに写真の掲載まで含め、諸々の許可をいただいた。「ぜひとも宣伝してください」と彼にお願いされた結果が、この記事である。
ぼくのごとき無礼な若輩者にお付き合いいただき、ありがとうございました。
滝本先生、またお会いしましょう。
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