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日本を襲う円高と株安の連鎖はどこまで続くのか。株式市場は不安心理に覆われてバブル後の最安値を突破し、日経平均が7000円の大台さえ割りかねない水準まで売られた。
こうしたなか、麻生首相が市場安定化策をまとめるよう指示した。「あらゆる手段を講じ、市場の安定化と金融機能の円滑化を図る」という。
指示には二つの狙いがある。第一が株価暴落の防止である。銀行等保有株式取得機構による銀行保有株の買い取り再開や、株の空売り規制の強化、証券優遇税制の延長などの策だ。
株式取得機構は、日本が金融危機に見舞われた02年に発足した。含み損が膨らんだ株を銀行が投げ売りすると、株安に拍車がかかる。銀行保有株の買い取りは日本銀行も02〜04年に行っており、今回も同調を要請する。
第二の狙いは、株安が銀行経営を圧迫して貸し渋りを招き、経済を冷え込ませるのを防ぐことだ。国会で審議が始まる新・金融機能強化法案や、銀行の自己資本比率規制を弾力的に運用することが含まれる。
新・金融法により、株安などで自己資本が目減りした銀行や信金・信組などに対して素早く公的資本を注入し、自己資本不足による信用収縮を食い止める。注入できる資金枠を10兆円へ拡大するともいわれるが、枠に余裕をもたせておくことは大切だ。
加えて、決算時に証券化商品を時価で評価する会計制度も見直す。商品がさらに下落する前に手放そうとすると暴落を加速する。時価評価でなくなれば決算に悪影響を与えないので、売らずに済む。証券化商品を多くもつ銀行は自己資本が傷つかずに済むので、貸し渋りの防止にもなる。
時価評価を進めてきた欧米自身が、時価会計の一部凍結に動いている。会計原則を曲げるのは望ましくないが、パニックの連鎖を防ぐためには同調もやむを得ないだろう。
また、法律で定めるべき制度は、考えられる方策をすべて立法しておいた方がよい。必要になったときに立法するのでは遅い。あらかじめ制度を整えておき、発動するかどうかは状況に応じ判断するのが賢明だ。直面する市場安定化策の内容については、与野党で意見の違いも少ないだろう。
金融機関の一時国有化を機動的に行えるようにする金融再生法の復活や、預金の全額保護がそれに当たる。
市場対策はスピードが命である。個々の策の効果は限られるが、できることからすぐ実行することだ。
一方で、日本経済を力強くしていく中長期的な方策については、じっくり議論する必要があろう。
為替対策では、異常な円高を抑えるため、主要国の共同声明だけでなく、協調介入へ踏み出すべき段階だ。
株価の急落、円の急騰という大嵐が日本経済を揺さぶるなかで、いったん「11月30日投開票」で動き出していた衆院の解散・総選挙の先送り論が政府与党に広がってきた。
解散時期をめぐる腹のうちを見せようとしない麻生首相だが、「100年に1度の経済危機。政局より政策だ」などと語り、緊急の経済対策や市場安定化策づくりの指示を連発している。
首相はとうぶん解散に打って出る気はなさそうだという受け止めが急速に勢いを増している。
確かに、週明けの市場の動きは衝撃的だった。この危機的な状況に対して、考えられる限りの効果的な対策を素早く動員し、市場や国民の動揺を抑えなければならない。それが今の政治に求められる最優先課題だ。
問題は、だからといって総選挙をずるずると先送りすべきかどうかということだ。
与党内からはこんな声が聞こえてくる。「この緊急時に1カ月もの政治空白をつくるべきではない」「来月半ばに米国で開かれる緊急首脳会合など国際的な取り組みに対応できない」
だが、緊急に対策を講ずべきことはあるにせよ、今回の経済危機や景気後退はそう簡単に出口が見えるほど生やさしいものではない。危機が深刻であればあるほど、民意に裏打ちされた正統性のある政権でなければ、本格的な対策や経済の立て直しはできない。
安倍、福田と2代の首相がたて続けに政権運営に行き詰まり、経済や財政の改革に有効な手を打てないまま政権を投げ出した。市場の大混乱の背景には、そんな政治の現状に対する悲鳴もあると見るべきではないか。
総選挙に踏み切れば、むろん民主党に政権を奪われる可能性もある。
だが、政権担当経験の長い自民党こそがこの危機を乗り切れると首相が自負するのであれば、総選挙で民意の支えを得て初めてその責任を果たせるのではないのか。それが国際的な信用を高めることにもなるはずだ。
いたずらに解散を先延ばしするのは、逆に、経済や国民生活を人質にとって政権の延命を図っているのではないか、と見られても仕方あるまい。
民主党も考えどきだ。解散先送りに対抗して新・金融機能強化法案の早期成立に協力しない構えも見せているが、ここは歩み寄ってはどうか。当面、必要とされる対策や法律の整備にさほどの時間はかかるまい。
民主党は98年の金融国会で対策づくりを主導した実績がある。総選挙で自民党と民主党のどちらが勝ったとしても、考えられる対策の中身に大差はあるまい。ならば、総選挙の期間中に緊急対応が迫られる場合に備え、連携して対処できる仕組みを両党を中心に作っておく手もある。