忘れたくても忘れられない、いや、忘れてはいけない記憶が人にはある。H氏賞の受賞者で、農民詩人として知られる井上俊夫さんにとっては、先の大戦の記憶がそれに当たる▼『もしも私が蛇に生まれていたら』と題した作品がある。蛇だったら兵隊にならなくてすんだ。現実には二十歳から二十四歳にかけて、中国で従軍した▼その間に、詩から引用すると<中国人に平気で銃剣を突きつけられる男の一人となった>。初年兵のころ、縛られた中国人捕虜を刺殺した経験を指しているのだろう。兵隊に度胸をつけて、実戦に役立つようにする訓練だったという▼<えらいことになったぞ。誰もこの場から逃げることは出来ないんだ。俺も人殺しをやらねばならないのだ>と自分に言い聞かせたが、罪悪感まではなかった(『八十歳の戦争論』から)。この体験を含め、戦争の実相を語り継ぐことが、戦後の井上さんの使命になっていたと推察する▼『戦死させてもらえる顔』では、戦死するのは<権力者を批判したり/それと闘ったりする術など全然知らない/素直で従順な若者と/相場が決まっているのだ>とつづっている。いつの時代でも、どこの国においても言えそうである▼過日、八十六歳で亡くなった。忘れてはいけない記憶は活字で十分に残してある。受け継がれていくことを願っての最期だったろう。