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同意に欠かせぬ患者の理解

加藤友朗・コロンビア大学肝小腸外科部長

2008年10月27日

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 インフォームド・コンセントという言葉が最近ではかなりよく使われるようになり、少なくとも医療関係者の間では日本でもだいぶ浸透してきたと思う。

 インフォームド・コンセントという言葉はよく「説明を受けた上での同意」と訳される。インフォーム(情報を与える、説明する)という動詞の意味から「説明を受けた」という訳になったのだろう。

 確かに「説明を受けた上での同意」でも間違っているとはいえないのだが、「説明を受けた」(医者側からすれば「説明した」)という一方通行のニュアンスが、インフォームド・コンセントの概念を間違った形で伝えているような気が僕にはするのだ。

 ■理解がカギ

 インフォームド(Informed)という英語は「知識を持っている」「インフォーメーションを持っている」ということであって、「説明を受けた」という受身のニュアンスではない。「説明を受けた」からといって中身がわかっていなければインフォームドではないし、説明を受けていなくてもわかっていればインフォームドなのである。

 そういう意味でインフォームド・コンセントは「理解したうえでの同意」と訳すべきだと思う。患者さんに内容を理解してもらうには、当然説明が必要で、説明をすることは「インフォームド」になってもらうためにとても重要な要素である。しかし、説明をしただけでは、本当の意味でインフォームド・コンセントを得ることにはならない。

 インターーネットで買い物をしたり、ネット上で何かの会員になったりするときに、長々と規約が書かれたページが出てきて、その下にある「同意する」をクリックしないと先に進めないようになっていることがよくある。

 皆さんはこんなとき書いてある内容をどれだけ読むだろうか。僕はほとんど読んだことがない。おそらく読んでもあまりわからないだろうし、時間もない。契約をしようとしている会社がちゃんとした会社であれば、きっとちゃんとしたことが書いてあるのだろうと思って「同意する」をクリックすることになる。

 このとき僕は「同意する」をクリックすることによって形の上ではインフォームド・コンセントをしたことになる。でもこれは真の意味でのインフォームド・コンセントではない。僕が内容を理解していないからだ。

 自分や自分の家族の生死にかかわる医療の現場ではネット上の契約より患者さんははるかに真剣だと思う。でも、果たして日本の医療現場で本当の意味でのインフォームド・コンセントが行われていると言えるだろうか。

 インフォームド・コンセントは患者参加型医療の根幹を成す。医師と患者がお互い理解し納得した上で治療に進むとき、医師・患者の信頼関係はとても強いものになる。たとえ説明を聞いていても、同意書にサインしていても、内容を理解して納得できていない場合、その後の医師・患者の関係はもろい。

 ■医師側から質問促す

 ではどうすれば、患者さんに理解・納得してもらえるのか。これがなかなか難しい。

 患者さんに理解・納得してもらうには、まず第一に患者さんが理解しているかどうかを知らなければならない。そのための鍵は、患者さんに質問してもらうことだと僕は思っている。患者さんに自分の言葉で質問をしてもらう中で、医師への希望、治療に望むことなどが見えてくる。

 何かの病気にかかって病院に行くとき、いまどきはかなりの人がインターネットで病気のことを調べてから病院に行く。病院にいって説明を受けたとき、インターネットで読んだ治療法を医師が説明してくれなかったとしたらどうだろうか。きっと医師に聞いてみたいと思うに違いない。でも多くの患者さんは忙しそうにしている医師に質問しにくいと感じている。

 そんな時、医師の側から「何か質問はありませんか」と聞いてもらえれば患者さんはその治療法のことを聞くと思う。そして、その治療法を話しあうことをきっかけに、患者さんが本当に望んでいることが見えてくる。結果的に、はじめに説明したとおりの治療をしたとしても、医師の側に患者の考えが見えてくるようになるし、患者側も話ができたことではるかに納得して治療に向かうことができるのである。

 では一方で、医師の側から質問があるか聞いてもらえず、質問をしないままに治療に向かったとしよう。結果がよければおそらく問題はない。しかし結果がうまくいかなかったらどうだろうか。

 「あの時インターネットに書いてあった治療のことを聞いておけばよかった」「もしかしたらあの治療ならうまくいったのではないか」……。そんな疑問が必ず生まれてくる。こうなると医師と患者の信頼関係は崩れてしまう。

 このように医師と患者が理解しあっていないとき、信頼関係はとてももろいのである。インフォームド・コンセントが「説明を受けた上での同意」から「理解し納得したうえでの同意」になるとき、本当の意味での患者参加型医療が始まるのではないかと僕は思う。

     ◇

 加藤友朗(かとう・ともあき)1963年東京生まれ。東京大学薬学部、大阪大学医学部を卒業し、マイアミ大学移植外科教授などを経て、2008年に現職。著書に「移植病棟24時」(集英社)、「移植病棟24時 赤ちゃんを救え(集英社)」がある。

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 病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
 このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。原則として毎週月曜に新しいエッセーを掲載します。最初のテーマは「コミュニケーション」。医療者と患者側が心を通わせる道を、体験を通して考えます。ご意見、ご感想をお待ちしています。
 いただいたご意見やご感想、体験談は、10月30日に東京で開くシンポジウム「あたたかい医療と言葉の力」で紹介させていただく場合があります。
 朝日新聞朝刊生活面「患者を生きる」欄でも、「信頼」をテーマにした連載を掲載しています。

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