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世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

怒りのマンションオーナーたち〜安売りを始めた業者に抗議活動

要求は「値引き」「契約解除」、果ては住宅ローンの支払い停止

 2008年9月4日午後1時頃、浙江省の省都・杭州市の中心部にある“万科杭州”(正式名称“浙江万科南都房地産有限公司”)の販売展示センターに100人以上のマンションオーナーたちが押し掛けた。彼らは「2カ月で20万元(約300万円)の値下がり、万科は血を流さずに人を殺す」「万科は建物で我々を苦しめる」「万科のマンションを買って一家は地獄の生活」といったスローガンを書いた横断幕を掲げ、口々にマンション売買契約の解除を要求した。彼らは前日の3日も万科杭州のマンション開発事業である「魅力の町」に数百人規模で集まって、マンション住民たちに万科杭州の不当性と契約解除を訴えていたのだった。

 9月3日、万科杭州は売れ残り物件の販売促進と「青年不動産オーナー計画」の推進という名目で、杭州市内にある同社の4大開発物件でマンション226戸を最大値引き25%で優遇販売すると発表し、「魅力の町」では用意した80戸を即日完売する勢いを見せた。翌4日にはさらに200戸を追加で優遇販売し、前日ほどではなかったものの販売は好調であった。この優遇販売が既存のマンションオーナーたちの不満を爆発させたのであった。

 販売展示センターに押し掛けたマンションオーナーの1人は、8月3日に万科との間でマンションの売買契約を締結したが、購入したマンションと同条件の物件が9月3日の優遇価格では20万元(約300万円)も安くなっていることに愕然としたという。たった1カ月で20万元が消えてしまったと同じこと、20万元稼ぐのにどれだけの時間が必要か。この消えてしまった20万元にも銀行の利子が掛かるのである。既存のオーナーたちは万科杭州に対して今回の値引き分の返却を求めるとともに、それがだめなら売買契約そのものを解除するよう要求したのである。 

最大手でも値引きを余儀なくされる

 広東省深セン市を本拠地とする“万科企業股●有限公司”<●=人偏+分>(以下「万科」)は、中国政府系の華潤グループに連なる中国最大手の不動産開発企業であり、住宅開発に注力して、本拠地の深セン市のみならず、北京市、上海市など全国29の大中都市で事業展開を図っている。1984年に設立された万科は、1988年に住宅業界に参入、1993年に大衆住宅開発を経営の柱とする方針を確立して現在に至っている。2007年末時点におけるマンションの年間販売実績は4万8000戸で、国内市場の占有率は2.1%であるという。日本では、2007年度のマンション販売実績が全国累計で9万2266戸であり、2007年度の事業主別供給戸数の第1位は穴吹工務店で5037戸に過ぎないことを考えると、万科のマンション販売実績は世界的規模と言うことができる。

 万科の決算報告を見ると、2008年3月21日に発表された2007年の通期では、売上高は355億元(約5325億円)で前年比98%増、純利益は48億元(約720億円)で前年比111%増であり、中国不動産市場の好調を反映していた。また、2008年8月4日に発表された2008年上半期の中間決算報告でも、売上高173億元(約2595億円)、純利益21億元(約315億円)とそれぞれ前年同期比55.6%、23.6%の増大を示していた。しかしながら、中国国内の不動産業界は金融の引き締め、非合法な外貨流入の抑制、インフレの高騰など種々の要因により2007年末から徐々に不振に転じて、不動産物件はあっても高値の故に買い手がつかずに販売不振となり、倒産を余儀なくされる不動産業者が続発する状況に陥っている。

 決算報告上は好況な万科もこのような不動産業界の不況の影響を免れることはできず、その販売にも陰りが兆し、売れ残りの在庫物件が蓄積されるようになっていったのである。こうした手持ち在庫物件の一掃を目的とした大幅値引きによる販売促進キャンペーンとして展開されたのが、上述の杭州万科による9月3日、4日両日の大幅値引きセールであった。ちなみに、10月8日に万科が発表した9月の不動産販売額は前年同期比37.9%減、1〜9月の累計販売額は前年同期比3.2%減であった。

許容範囲を超える値引き

 あるスーパーマーケットで洗剤を400円で購入したが、その翌日同じスーパーで同じ洗剤が目玉商品として特価の280円で売られているのを見て悔しい思いをしたというような経験はないだろうか。だからと言って、「翌日280円で売るなら早く知らせるべきだ。それをしなかったのだから差額の120円を返金しろ」と要求する人はいない。これは両者の差が小額であるので、諦めの許容範囲に収まっているからである。

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このコラムについて

世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

このコラムはニューヨーク、ロンドン、サンノゼ、香港、北京にある日経BP社の支局と協力しながら、米国や欧州はもちろんのこと、世界経済の成長点とも言えるブラジルやロシア、インド、中国のいわゆるBRICs、エネルギーや国際政治の鍵を握る中近東の情報を追っていきます。記者だけではなく、海外の主要都市で活躍しているエコノミスト、アナリストの方々にも「見て、聞いて、考えた」原稿を提供してもらいます。

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著者プロフィール

北村 豊(きたむら ゆたか)

北村 豊

住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト
1949年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。住友商事入社後、アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、2004年より現職。中央大学政策文化総合研究所客員研究員。中国環境保護産業協会員、中国消防協会員

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