朝日新聞朝刊 1959年12月25日
「ばく進する馬」北朝鮮
よくはたらく人々 飛行場変じてアパート
「チョンリマ」という言葉を北朝鮮では盛んにきかされる。「千里の馬」の意味だ。朝鮮の古い伝説にある千里をかける馬はいま北朝鮮の経済建設の合い言葉である。農村で使うトラクターに千里馬号というのがあるかと思うと、マッチまで馬の絵を描いた千里馬マッチ、おそらく北朝鮮で金日成首相の肖像の次に多いのは千里の馬が勇しくかける絵であろう。
北朝鮮の経済建設のテンポはものすごい。朝鮮戦争で徹底的に破壊を受けながら昭和二十九年からの復興三力年計画で再建が始まり、続いて社会主義の第一次五カ年計画と取り組んだ。三十六年までかかるはずの五カ年計画を二年も短縮して今年中に超過達成してしまおうという勢い。その結果、鉄、電力、セメント、化学肥料や穀物の人口一人当たりの生産高は日本をしのぐと北朝鮮政府はいっている。数字を示されただけでは私たちにはわからないが、千里の馬がばく進する姿はありありと感じられる。
戦争中、五十三万発、人口一人当たり一発以上の爆弾を受けた首都平壌はすっかり新しく再建され五階建て、六階建て、長さ百メートルは楽にこすようなすばらしく大きい労働者用アパートが林立している。三百世帯くらいが一つのアパートに住むが、そういうアパートが何百とあってちょっと数え切れぬ。いくらあるかと新聞記者にきいたら、それはわからぬ、どんどんふえるからという。平壌飛行場を全部アパート住宅の敷地にして飛行場はよそに作るという。大きなアパートはみな四十日くらいで出来上る。まずブロックを作ってクレーンで積み重ねどんどん溶接してゆくやり方だ。
主な工場も八時間労働で昼夜三交代、機械は二十四時間フルに動いている。どこを見てもみんな実によく働いている。第二次帰還船が帰還者を乗せて清津に入港したとき、港に近い製鉄所から溶鉱炉の赤い火が高く上っていた。日本が経営していたころの二倍半の生産高という数字をきいたが、あのほのおは帰還者歓迎のタイマツですと出迎えの若い学生はいった。
日本に追いつく五カ年計画を千里の馬にのせて北朝鮮中がわき目もふらずに働いている。こんなに働いてみんな不満はないのかときくと、ある人はこういった。――「冗談じゃない。働けば働くほど生活が目に見えてよくなる。ボロボロの家から近代的アパートに移れた。家賃はタダみたいに安い。米もタダみたいだ。目に見えて生活がよくなって行くのでうれしくてみんな働きたくなる」
千里の馬をはしらせるもう一つのものを私は別の所で感じた。それは第一次帰還者を迎えて平壌体育館で開かれた歓迎大会だ。三千人が出演する舞踊劇があるというので、なあにたくさんで合唱するんだろうくらいに思っていたが実のところ驚いた。えんえん三時間にわたる民族叙事詩である。日本にいた舞踊家崔承喜さんたちが構成した朝鮮の過去と現在を物語る一大絵巻であった。アリランの哀歌の伴奏で祖国朝鮮を離れ、赤ん坊と荷物を持ってさすらう姿、そして解放朝鮮戦争。それまでの歴史がすべて朝鮮風の音楽と踊りでステージいっぱいにくり広げられる。圧巻はフィナーレの朝鮮の希望をたたえるくだり。全国の農地のカンガイ運動を象徴して、水色の服を着た娘たちが水の形、波の形に踊る。工業の場面では銑鉄の流れを象徴して真っ赤な朝鮮服の大群が歓喜の踊り。スケールの大きいこの舞踊をみているとはじめて祖国を持った朝鮮人の喜びがよくわかる。
戦争の荒廃と貧乏のどん底から立ち上がって前途に希望を持った喜びが感じられる。衣食住がどうにか安定し、働けば食えるようになった朝鮮に、他国で苦労している同胞をひきとっていっしょに働こうという気持ちが今度の帰還問題の底に流れている。
もう一つ、千里の馬のけん引者はもちろん金日成首相。三日前、帰還者代表百五十人と向かいあった金首相はちっとも飾りけがなく、親切な町会長が隣近所の人と笑いながら世間話をしているようだった。首相はざっくばらんにこういう意味のことをいった。「われわれは以前はどれいだったが、解放で貧農程度になった。もっと早くみなさんを迎えたかったが、ああ貧乏ではどうにもならない。しかしみんなよく働いていまやっと中農までこぎつけた。だが富んだ中農ではない。ぜいたくはできない、が、心配するな。住むこと、食うこと、着ることは大丈夫だ。力を合わせてやろう。もっともっとよくなる」と微笑して話しかける。この調子で工場や農業協同組合にも出かけ何日もいっしょにアパートに泊ってくるそうだ。
「金将軍はわれわれの偉大なダムだ。遅れ、落ちぶれた民族を組織してたくましい民族エネルギーをたくわえてくれたダムだ」とある人はこういった。
深夜の町で酔っぱらいなど一人もみることができない。真夜中雪の道を行くのは交代の労働者だ。寒さしのぎに「金日成の歌」を歌いながら工場へ歩いていく。(入江特派員)
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