麻生太郎首相の夜の日程に違和感を覚える。連日のようにホテルのバーやレストランで秘書官や側近議員などと懇談を続けている。ここ1カ月間で公務を終え、私邸に直行したのはわずか4回だけだ。
ホテルは密談には格好な場所だ。出入り口がたくさんあり、密会相手を特定することもむずかしい。首相日程の中で公表される懇談相手とは別に、表ざたにしたくない他のメンバーと会合していることも少なからずあるはずだ。最高権力者である首相の動向には、時に機密を保持しなくてはならないケースもある。
それでも違和感は消えない。その典型が19日の日程だ。麻生首相は午後3時過ぎ東京・西早稲田のスーパーを約15分間視察、買い物客とも話を交わした。JR高田馬場駅前では客待ちのタクシーの運転手に商売の様子を聞いていた。その後、首相は6時過ぎからいつものようにホテルで食事。その後も、バーで秘書官と打ち合わせし、帰宅したのは午後10時46分だった。
一連の視察は総選挙をにらんだパフォーマンスともいえる。せっかくの庶民の目線に合わせようとする首相の姿勢も、夜の日程で効果は期待薄になってしまった。その日ぐらいは庶民の目線に合わせ続ける配慮が必要だったのではないか。
「所得倍増」計画を打ち出し経済大国への礎を築いた池田勇人元首相は、就任時から女性が接待する宴会とゴルフを自粛した。「国の使命を抱いて耐えられないことも耐えねばならないと思ったのでしょう。時々池田は箱根の別荘で古いゴルフ(ボール)をもらって『バカヤロー』と叫んで山の中に打ち込んでました」と、妻の満枝さんは「血族が語る昭和巨人伝」で証言している。
中曽根康弘元首相も現職当時は「雑念を払い、平常心を保とう」と、座禅や水泳の潜りに専念した。
夜の日程に関して麻生首相は、「ホテルのバーというのは安全で安いところという意識が僕にはあります」と、答えている。高いか安いかは、各人によって認識は異なるはずだ。だが、物価高、金融危機に直面している一般国民の生活に配慮する姿勢は、トップには欠かせない要件だ。
安全な場所というなら、首相官邸脇の首相公邸が一番のはずだ。「次の選挙までは入居しない」と、首相は公言するが、旧官邸を改装しただけに広さも十分だ。警備陣の移動も必要ない。殺到するマスコミ陣で麻生首相が心配する店側からの「営業妨害だ」というクレームもつかない。
最高権力者だけに、その任務の重さから受ける首相のストレスは想像を絶するものがあろうが、国民から違和感を持たれるような言動は極力慎んでもらいたい。公人としての更なる自覚を首相には求めたい。
毎日新聞 2008年10月24日 0時09分