現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2008年10月25日(土)付

印刷

 「社交の酒」は薄味になる。ふくよかなブルゴーニュも上物のスコッチも、会話を弾ませる小道具に退くからだ。朝から飲み助のたわごとで恐縮だが、同じ金を払うなら、ボトルを抱えて家路を急ぎたい席も多い▼作家の開高健が、「ひとりで部屋にたれこめて黄昏(たそがれ)に飲む酒」の悦楽を残している。酒場通いをやめた頃だ。「ツベコベいうやつもいず、チヤホヤいうやつもいず、壁にゆらめく自分の影と回想だけを相手にしてたわむれていると、これくらい愉(たの)しいことはない」▼政財界の酒はまず社交である。夜ごと「ツベコベ」や「チヤホヤ」に囲まれる。麻生首相は料亭より高級ホテルを好み、料理店からバーへのはしごが常と聞いた。その日の疲れを高い酒で洗い、紫煙にこもる▼それをもって庶民感覚をどうこう言う気はない。吉田茂の孫にして、資産家の長男に生まれたことは責任の外だ。有能なら、庶民派を気取るぼんくらより余程いい。ただ「首相の夜」ともなれば、備えるべきことは多かろう▼米国大統領が〈北朝鮮をテロ支援国から外す〉と電話してきた深夜、首相は出張先のホテルで酒席の中心にいた。社交より外交の失態だろうが、常在戦場の戒めもある。スーパー視察の一日をいつもの帝国ホテルで締めては、頭隠して尻隠さず。番記者に金銭感覚を問われ、真顔で逆襲したのも軽かった▼池田首相は在任中、大衆には縁遠かった芸者遊びとゴルフを断(た)った。スタイルをお持ちの68歳に野暮(やぼ)は承知だが、たまには独り酒のグラスにご自分を映してみませんか。

PR情報