人口が集中する大都市ほど、高度な医療に対応可能な医療機関や救急救命システムが整っており、いつ、どんな急病になっても速やかに治療を受けることができる-。一般にこうした認識、または幻想が私たちにはある。
それだけに、東京で起きた悲劇の衝撃は大きかった。東京でさえこうしたことが起きるのなら、私たちの地域で同じことがあれば、どうなるのか、という不安である。
東京都内で、出産間近に脳内出血を起こした女性が、7つの病院に相次いで受け入れを断られた。
女性は約1時間後、最初に断られた都立墨東病院に搬送され、赤ちゃんは無事生まれた。だが、女性は出産後に脳外科で手術を受け、赤ちゃんの顔を見ないまま3日後に亡くなってしまった。
墨東病院は都から、重い妊娠中毒症や切迫早産など危険性の高い妊娠に24時間対応できる「総合周産期母子医療センター」に指定されている。
このセンターは、国の基準で「24時間体制で複数の産科医が勤務することが望ましい」とされている。
ところが、墨東病院では最近、産科医がやめるなどして、7月からは週末の当直医が1人態勢になり、基本的に搬送を受け入れていなかったという。
亡くなった女性が墨東病院に搬送された日も今月最初の週末で、当日の当直は研修医1人だった。一番注意が必要な産前産後の母子にとって頼りになるべき「とりで」が、週末になるたびに救急搬送に対応できなくなるという頼りない事情を抱え込んでいたのである。
形を整えても中身が伴っていなければ「総合センター」の名には値しない。もし、他地域のセンターも似た現状にあれば、同じような出来事が繰り返される恐れがある。
産科医は、勤務のきつさや訴訟になった場合の負担の大きさなどから近年なり手が少なくなり、慢性的な不足が深刻化している。今回のような悲劇の再発を防ぐためには、根本的には産科医不足を解消する取り組みが欠かせない。
しかし、産科医不足を嘆いているだけでは、周産期の母子にとって不安な現実は何1つ解消しない。当面急ぎたいのは、病院間のネットワークをもっと機能的なものにすることだ。
今回の悲劇はもちろん、墨東病院だけの問題ではない。7病院が救急搬送の受け入れを断った理由と背景を詳しく調べ、病院の連携を妨げた要因を突き止める必要がある。
2年前には奈良県内で、出産時に脳内出血のため意識不明になった女性が約20の病院から受け入れを断られた後に死亡する出来事も起きている。
知恵を絞って病院間の連携を強めることができれば、母子の命を守る仕組みがより良いものになるはずだ。
=2008/10/25付 西日本新聞朝刊=