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海外に学ぶ医療制度改革のヒント

【第34回】森臨太郎(もり・りんたろう)さん(大阪府立母子保健総合医療センター企画調査室長)

 「日本の医療制度のあり方を考える上で、先進国、開発途上国を含めて海外から学べることはたくさんあると思います」―。こう話すのは、大阪府立母子保健総合医療センター企画調査室長の森臨太郎さん。新生児科医としてオーストラリアの病院で3年間、政策立案者・医療者として英国で4年間勤務した経験を持ち、民間の非営利シンクタンク「構想日本」のメンバーとして医療システム改革の具体案づくりにも携わっている。海外の医療制度に明るい森さんに、海外で成功している事例や日本でも導入できそうな制度について話を聞いた。(尾崎文壽)
 

―海外の病院や医療制度を視察して、印象に残っていることや日本でも導入できそうな制度について教えてください。

 社会の基礎インフラとしての医療制度、かかりつけ医制度、病院の地域適正化(集約化、地域化)、情報のデータベース化と有効活用、緩和ケアに対する考え方など印象に残っていることはたくさんあります。

―では順番に、まず「インフラとしての医療制度」から聞かせてください。

 日本は診療報酬システムで、検査、治療、薬の処方をするほど利益が上がるシステムになっています。一方、豪、加、英などの先進国では、医療はインフラだと位置付けられており、公的病院に関してはほとんど政府予算で運営されています。無駄な治療や薬の処方はできるだけしない方針で、必要最低限の医療資源で最大限の効果を上げよういう意識がしっかり根付いています。
 米国を除いた多くの先進国では、政府が運営する「パブリック」な医療サービスと民間企業の「プライベート」な医療サービスに分かれており、どちらも充実しています。
 日、加、豪は皆保険制度、英は税金により収集されており、医療の中でパブリックの部分が充実している。その逆で、パブリックの部分が少ないのが米国です。

■予防に力を入れ医療費削減

―英国の「かかりつけ医制度」については、9月30日に東京都内で開かれた「構想日本」のシンポジウムでもお話になられていましたね。

 英国では予防を重視することで医療費の抑制を図ろうと、2003年に新しいシステムを導入しました。地域のかかりつけ医(家庭医)に患者(地域住民)が登録し、地域住民の健康度が上がると家庭医にインセンティブが付くようになっています。家庭医は生活習慣病の予備軍を早期発見し、指導しながら予防に努めています。
 一方、現在の日本の診療報酬システムでは、健康な人が多いと来院患者が減って病院の収益が上がらない仕組みになっています。

―日本でも導入できそうでしょうか。

 英国のかかりつけ医制度は各方面から注目を集めており、うまく機能すれば、政府、医師、患者の三者にメリットのあるシステムかもしれません。しかし、始まったばかりで、まだ効果もはっきりしていないし、評価も定まっていません。しばらく様子を見る必要がありますね。

■「地域適正化」で患者、医療者、病院の三者にメリット

―「病院の地域適正化(集約化)」とはどういうことですか。

 日本の医療提供体制の問題点は、小さい病院が乱立していることだといわれています。英国などでは地域適正化が進んでおり、医療資源が効率的に使われています。一般的に、病院は地域適正化が進んでいる方が、メリットが多いと考えられています。
 例えば、日本と英国の小児科勤務医数と小児人口の比率はほぼ同じですが、病院小児科の数を比較してみると、日本の4000に対して英国は400(総人口を比較すると、英国は日本のほぼ半分)。一方、一病院当たりの小児科医の勤務者数を見ると、日本が約1.8人なのに比べて英国は約20人もいるのです。一つの地域に医師2人の病院が10か所あるよりも、20人の病院が1か所ある方が、患者、医療者、病院の三者それぞれの無駄な時間とコストが削減されます。医師が集まることで、患者が受けられる医療の質も格段に向上するといわれています。
 例えば、一口で「小児科医」といっても、専門領域はそれぞれ異なります。わたしの専門分野は新生児科ですが、ほかに小児循環器科、小児神経科、小児腎臓科、小児感染症科など約20の分野があり、医師が1、2人しかいない病院だと、どうしても専門領域が限定されてしまいます。理想的な医療体制は、全分野の専門家が一つの科にそろっている状態だといわれています。
 過重労働に苦しむ医師たちと比較的ゆとりのある医師たちを一か所に集めてしまえば、医師の労働時間も平均化され、より効率的に医療サービスを提供できると考えられています。救急患者の受け入れ拒否やたらい回しなどが問題になっていますが、これは「中途半端な規模の病院がたくさんあるのが原因だ」と指摘する声も少なくありません。病院数が適正になれば、そういった問題も解消されるでしょう。

―近所の病院がなくなると、困る人も出てくるのでは。

 確かに病院数が減ると、通院が不便になる人もいるはずですが、以前と比べれば交通網は発達しているので、さほど大きな問題は発生しないと想定されています。受け入れてくれるかどうか分からない病院がたくさんあるよりも、いつでも確実に受け入れてくれる大病院が一つだけあった方が、患者は安心できますし、トータルで見れば時間も労力も大幅にカットされるようです。
 病院の地域適正化を推進する場合は、社会主義的な発想で、政府主導で再編成していく必要があると思います。もちろん、過疎地域から病院をなくしてはいけないので、その点も十分考慮しなければいけません。地域によっては新たに病院をつくる必要もあるかもしれません。
 患者の多様化する価値観にも対応していく必要があります。地域適正化を進める一方で、「プライベート病院」や「プライベート医療保険」などは民間企業に任せ、市場原理主義の中で競争してもらう。英国をはじめ、多くの先進国はパブリックとプライベートの医療システムを併せて整備し、成功しています。

―「情報のデータベース化と有効活用」とは、「がん登録」のようなものでしょうか。

 例えば、疫学の母国である英国は、個人情報をしっかり管理した上で、臨床現場のあらゆるデータ(症例、死亡例など)を集約して分析・解析し、将来の医療・研究に役立てています。医療をシステマチックに改善していくサイクルが出来上がっているのです。
 がん登録も医療機関や地域によって手法が異なりますが、「標準化」を進めて有効活用しようという方向に向かっています。
 この点は、ぜひ日本も見習うべきだと思います。集めたお金(財源)をどのように分配してシステムをつくっていくか。集めたデータをどう活用していくか。わたしたちみんなで考えていかなくてはなりません。

―「緩和ケアに対する考え方」の違いとは。

 わたしが研修医のころ、夏休みをもらって豪州の病院を見学に行ったのですが、どこのNICU(新生児特定集中治療室)にも、緩和ケア専門の部屋があり、カルチャーショックを受けました。人間は、高齢期を除くと、新生児期の死亡率が最も高い。一定の割合で、どうしても命を救えない新生児がいる。そこで、豪州の病院は家族と新生児が一緒に過ごせる「看取りの部屋」をつくっているのです。
 日本の新生児死亡率は、世界で一番低い。しかし、だからといって日本の医療が世界一とは思えません。患者の満足度をもっと高めるなど、医療のあり方を考えていく必要があると思います。


―日本では、「ドラッグ・ラグ」を問題視する人も少なくないようです。

 確かに、「日本ではどうして新薬の承認が遅れるのか」という声も少なくありませんが、新薬の多くは、米、英など世界の医療をけん引している国の資源を使い、最先端の研究体制の下で開発されています。日本は、その新しい知見を利用させてもらっているので、承認が遅れるのは構造上やむを得ないという見方もあります。また日本の場合、臨床試験の体制も整備されていませんし、受ける側(治験者)の意識の問題などもあり、そういった点から改善していく必要がありますね。

―開発途上国で気になった制度はありますか。

 開発途上国の保険制度がすべてうまく機能しているわけではありませんが、わたしが知る限りでは、スリランカ、タイ、キューバ、モンゴルやインドのケララ州などは、制度がうまく機能しているようです。GNP(国民総生産)を比べると先進国には及びませんが、保健指標は非常に高い。限られた資源の中でいい結果を出しているということは、その国の医療制度が優れているとみてよいでしょう。成功している国の特徴は、社会主義的に医療制度を整備し、運用していることです。
 英、豪などの先進国から学ぶことも大事ですが、開発途上国の制度から学べることはもっとたくさんあるのではないかと思います。


【これまでの医療羅針盤】
第33回・小松秀樹さん(虎の門病院泌尿器科部長)
第29回・白髪宏司さん(埼玉県済生会栗橋病院副院長)

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