海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の養成課程で十五人を相手にした格闘によって三等海曹が死亡した問題で、防衛省は海自事故調査委員会がまとめた中間報告を公表した。
異動を控えた三曹に対する「十五対一」の格闘を「必要性は認めがたい」とする一方で、集団暴行の疑いについては言及を避けた。
一般社会から見て、特殊部隊の養成課程を中途で離脱する者への制裁としか思えない集団暴行という最大の疑惑に答えを示さなかった。釈然としない身内の調査内容といえよう。
中間報告などによると、十五人相手の格闘は三曹が養成課程をやめる二日前の九月九日に行われた。三曹は十四人目のパンチを受けて意識不明になり、同月二十五日に死亡した。格闘は別の隊員が教官の了解を得て、三曹も同意したという。
中間報告は格闘が行われた理由に関して「送別」や「伝統」とする隊員らの説明とともに、「(三曹が格闘を)やらないと言える雰囲気ではなかった」とする証言を記載した。やめていく仲間への伝統的な「はなむけ」の儀式で、三曹が断れるようなものではなかったとの見立てのようだ。
五月にも異動直前の別の隊員が十六人相手の格闘で歯を折るなどのけがをしている。こうしたやり方が常態化していたのは間違いないとみられる。厳しい訓練が必要なことは理解できるが、通常「一対多数」の格闘では三、四人までとされる。
中間報告でも「十五対一」の格闘の必要性は認めなかった。自衛隊内部からは「『焼きを入れる』という発想の集団暴行だ」「三曹がやめる直前にやったというのが、どうしても説明つかない。集団暴行と言われても否定できない」とする意見が少なくないという。
特殊部隊の養成課程は秘匿性が高く、海自の中でも隔離された組織である。そこで隊員らが異様な心理状態に陥り、命や人権を軽んじる風潮がはびこっていると疑わざるを得ない。
中間報告は、医官を現場に待機させていなかった点などを指摘し、教官らの安全管理の不備を問題視するが、そういうことなのだろうか。広島地検などの捜査に先行し、三曹の死は「事故」であり、「教官の安全管理の問題」と原因を矮小(わいしょう)化しようとする思惑を強く感じる。
自衛隊では、いじめなどによる自殺多発も指摘される。最終報告に向け、問題の真相を徹底究明し、組織の病巣にメスを入れる覚悟を示さなければ、国民の理解は得られまい。
体調不良を訴えた東京都内の妊婦が都立病院など八カ所の病院に診療を断られ、最終的に脳内出血の手術を受けたものの死亡するという悲劇が起こった。妊婦の救急搬送の受け入れ態勢が脆弱(ぜいじゃく)であることが、あらためて浮き彫りになった。
妊婦は今月四日、吐き気や頭痛でかかりつけの産科医院を訪れた。産科医は都立墨東病院に連絡したが、週末は当直一人態勢ということで、受け入れを断られた。ほかの病院にも断られた産科医から再度要請を受けた墨東病院は医師を呼び出して対応した。最初の要請から約一時間後だった。帝王切開で赤ちゃんは無事生まれたものの、母親は手術の三日後に亡くなった。
墨東病院は、緊急対応を必要とする妊婦や新生児を二十四時間態勢で受け入れる「総合周産期母子医療センター」に都から指定されていた。数年前から産科医が減り、通常二人で回してきた当直を今年七月から土日は一人とし、土日の緊急搬送を原則断っていたという。
産科医不足が指摘されて久しい。それでも、母子の命を守る“最後のとりで”であるはずの総合周産期母子医療センターが、本来の機能が果たせない状態だったということに、驚きを禁じ得ない。
不足しているのは産科医だけではない。小児科や救急医療でも医師が減り、診療科の休止や病院の閉鎖が相次いでいる。宿直勤務が多いといった過酷な労働環境や医療過誤などの訴訟リスクが背景にあるようだ。
医療現場のひずみを改善しなければならない。政府は救急や産科の医師への財政支援などの対策を打ち出しているが、小手先では問題解消につながらないだろう。現場の厳しい実態を踏まえ、医療システム全体を見直していくことが求められる。
(2008年10月24日掲載)