通勤のためにバス停で待っていると、時々同じ妊婦さんを見かける。三輪車に乗った幼い息子は、いつも先に行ってしまう。おなかに手をやりながら懸命に追いかけていく姿を見ると、何か励ましたくなる▼二番目の子どもだろうから、今は大変でもやがて大きな喜びが待っていることは、分かっていると思う。それでもここは詩人の新川和江さんに登場を願おう。詩によって、新たに感じることがあるかもしれない▼題は『赤ちゃんに寄す』。好きなくだりを引用したい。<吾子(あこ)よ/おまえを抱きしめて/《わたしが生んだ!》/とつぶやく時――/世界じゅうの果物たちが/いちどきに実る/熟した豆が/いちどきにはぜる/この充実感/この幸福(しあわせ)>。母親はきっと笑みを浮かべている▼彼女はどんな思いだったのか。脳内出血を起こした東京都内の三十六歳の妊婦さんのことである。七カ所の医療機関で受け入れを断られた後、帝王切開で出産したが、三日後に亡くなった▼緊急時の受け入れ先として、東京都から指定を受けていた病院が最初に、当直医が一人のため「対応できない」と応答していた。患者からすれば何と悔しく、むごい言葉だろう▼産科の医師不足が、簡単に解消できるとは思わない。とはいえ、悲劇を繰り返さないようにする対策がないとも思えない。まなじりを決して取り組むか、否かである。