村上春樹『ある編集者の生と死――安原顯氏のこと』(『文芸春秋』4月号)を読む。
ヤスケンが生前も含め、村上春樹の生原稿を売っ払っていたという内容で色々と取り上げられている。それも書いてあり、確かにそれはまるで許されるべきことではないのだが、僕が興味深かったのは、ヤスケンが持つ俗物性だ。
ヤスケンといえば会社のことを悪し様に罵るフリー気質で知られるが、彼のことを村上春樹は「どれだけ突っ張っていても、サラリーマン的な生き方はこの人の中に意外に深く染みついているのかもしれない」と書いている。ヤスケンは「何度も「もうやめる」「もうやめてやる」と断言し、中央公論社を口汚く罵倒しながら、結局はずいぶんあとになって、中央公論社が財政的に破綻寸前になるまで、会社を辞めることはなかった。「四十過ぎたらな、なんていっても金が大きな問題になるんだよ」とあるとき彼が、酒を飲みながらしみじみ言ったことを覚えている。「四十前は金がなくたって、笑いごとですむんだ。でもな、四十過ぎたら、そんなことしゃれにもならねえんだ。そのうちにお前さんにもわかるよ」」と言ったらしい。僕はまだ三十にもだいぶ手前であるが、金が大きな問題になることはよく分かる。ヤスケンほどの金を会社にもらっている訳ではもちろんないが、学生時代から比べると、この毎月毎月にわたってお給料がもらえる、というのはなんと素晴らしいことであろうか。僕が本を読んだり、ライブに行ったり、映画を観たり、酒を飲んだりする金はすべて会社が僕に毎月くれているものだ。ありがとう、会社。だからこそ僕は、金のことを大事に考える俗物として「サラリーマン的な生き方」を貫いているうちは、会社のことを悪し様に言うのはやめようと自戒するのだった。おそらく僕ほどサラリーマン生活を快適に暮らしている人間はそうはいないはずだから、なかなか会社を罵倒する機会はないと思うが、何があるか分からない。そんなときはこのヤスケンのエピソードを思い出し、辞めるんならスッパリと、会社の世話になっているんなら会社で楽しく暮らすことを心がけよう。
breaststroking 2006/03/15 16:37 そんな視点であの文章を読んだのはエロ編くらいだろうね。面白いね。
erohen 2006/03/16 16:19 やあやあ、ミスターサラリーマンのエロ本編集者です。村上春樹にはそんなに興味がないからだろうね。ヤスケンは俗物なところが面白いのに、それをちゃんと表に出せなかったのが不幸なところだったんだなあ、と思いました。