メーテルリンクの「青い鳥」のチルチルとミチルは、これから生まれる子供たちが集まっている「未来の王国」を訪れる。2人が地上へ向かう子らを乗せた船の出発を見送ると、やがてはるか遠くからわき上がるような喜びと希望の歌が聞こえてきた▲「あれはなあに? あの子たちの声じゃないね」。チルチルが聞くと、案内役の「光」は答えた。「ええ、あれはあの子たちを迎えにきたおかあさんたちの歌声ですよ」。子供たちは喜びと希望のコーラスによってこの世に迎えられるのだ▲そんな赤ちゃんを歓迎する大人らのコーラスが、多くの町でとぎれがちなのはどうしたことだろう。深刻化する産科医不足は地方から都市まで及んでいるが、妊婦の救急搬送を病院に断られるケースはむしろ大都市圏で多発しているという▲そのさなか、脳内出血を起こした妊婦が東京都立墨東病院など7病院に受け入れを断られ、3日後に死亡した。墨東病院は妊婦の緊急治療に対応する指定施設で、その後女性の治療にあたっている。受け入れを一度断ったのは産科医不足で当直医が1人しかいなかったためだった▲この間、帝王切開で無事生まれた赤ちゃんは、もうお母さんの喜びの歌声を聞けなくなった。病院の受け入れの遅れと女性の死の因果関係は分からない。ただ専門の指定施設ですら医師不足で妊婦の急患を受け入れられないようでは、とても赤ちゃんを歓迎する社会といえない▲新しい命を「ようこそ」と迎え入れ、みなで祝福する営みなしにこの世に未来はやってこない。産科医療の再建を急ぎ、喜びと希望のコーラスがはっきり「未来の王国」へ届くようにしたい。
毎日新聞 2008年10月23日 0時09分
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