「過重労働を放置」と原告弁護士が警鐘
月8回もの当直など過重労働でうつ病となり自殺した小児科医、中原利郎さん(当時44歳)の遺族が、勤務先だった病院側の「安全配慮義務違反」などを主張して損害賠償を求めた民事訴訟の控訴審判決。東京高裁は「過重な業務とうつ病の因果関係」は認めたものの、「病院側が(中原さんの心身の変調を)具体的に予見することはできなかった」として、原告側の訴えを棄却した。
閉廷後、原告側と病院側がそれぞれ記者会見した。原告弁護団の川人博主任弁護士は「病院側を免責したのは残念」、原告で利郎さんの妻のり子さんは「理解を超えるものだった」と悔しさを強くにじませた。一方、病院側の安田修弁護士は「予想通りの判決」と振り返った。(尾崎文壽、山田利和)
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■原告は
「原告の控訴をいずれも棄却する」―。午後1時10分、東京高裁820号法廷。裁判長が判決主文を読み上げると、のり子さんは肩を落とし、思わず天井を仰ぎ見た。しかも、判決理由は読み上げられず、わずか10秒ほどで閉廷。傍聴席に座っていたのり子さんの支援者らは顔を見合わせ、「うそ。もう終わりなの」「不当判決じゃないか」と不満をあらわにした。
会見で、川人主任弁護士は「判決では、労働基準法が求める労働者の健康状態への配慮を無視した当直業務の可能性を指摘しながら、病院側の『安全配慮義務違反』を否定したことは納得できない。これでは、使用者が労働者に過重な労働を強いたとしても、何の賠償責任も問われないことになり、過重労働を放置しかねない」と警鐘を鳴らした。その上で、「医師の過重労働をなくしていくためには、社会全体の取り組み、国の政策の改善も必要だが、病院経営者も責任を持って取り組む必要がある」と訴えた。
のり子さんは「判決では、病院に非はないとしているが、病院の判断と裁判官の考えは受け入れ難い」と強調。また、「病院は一生懸命働く医療者を守ってくれないのか。好きなだけ働けというのか」と、あらためて疑問を投げ掛けた。
「父のような小児科医になりたい」と、今年から小児科医として臨床現場で働き始めた長女の千葉智子さんは、時折声を詰まらせながら、「父は子どもの未来をつくるために頑張ってきた。そのような医師が守られる社会になってほしい」と求めた。また、医師の立場から、「(患者を診療するには)医師自身の健康が必須だ」と指摘した。
これまでのり子さんが続けてきた「小児医療改善を求める活動」について報道陣から質問が飛ぶと、のり子さんは「小児科医として働く娘が、生きがいや誇りを持って活躍できる医療界であってほしい。医療者の労働環境改善を訴えていく気持ちは変わらない」と答え、活動を続けていく意向を示した。上告については、「(判決文を)十分読んでから考える」とした。
■「支援する会」は
「小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会」(守月理会長)は、「本日の判決を不当なものと考える。病院側の責任を認めない判決に、強い憤りと同時に深い悲しみを覚える」とのコメントを発表した。病院側の「安全配慮義務違反」を認めなかった判断については、「環境改善を怠る病院や国に対し、格好の免罪符を与えることになりかねない。世論の流れに逆行する判断だ」と厳しく批判。さらに、全国の病院に対して、「悲劇が二度と繰り返されることのないよう、この判決にかかわらず、医師の労働環境改善に取り組むことを強く求める」と呼び掛けている。
■病院側は
病院側の安田修弁護士も会見を開き、まず「(法廷で争うことで)遺族の方々に影響が出ることには心を痛めている」と、原告側の心情を気遣った。判決については、「結論は予想できていた」としながらも、「(病院側の主張が認められて)ほっとしている」と、安堵(あんど)の表情を浮かべた。また、同じ東京地裁の行政訴訟と民事訴訟の判決が“正反対”の判断を示したことについて、「提出している証拠の量が全く違うので、結論(判決)が違うことは十分あり得る」と述べ、理解を求めた。
病院側が利郎さんに対し、「小児科の収益が上がらなければ、医局ごと他の大学病院系列の医師に交代させる」などと圧力を掛けていたとの一部報道については、「売り上げを上げろという圧力やノルマ、リストラなどは一切なかった。宗教法人の病院なので、採算は重視していない」と反論。さらに、「病院が(利郎さんの)異変に気付いていたとしたら、防止したい事案だった。病院側としては精いっぱいやっていたので、残念」と、病院側の主張を代弁した。
更新:2008/10/22 22:22 キャリアブレイン
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