高齢者虐待が増えている。厚生労働省の調査で、07年度は1万3335件にも上り、前年より712件増加したことが分かった。「これは氷山の一角」という指摘もある。今後、高齢化が進めば虐待も増える可能性が高い。社会保障費の抑制策が続き、世の中がぎくしゃくしてきたことが虐待を生む土壌となっている現実にも目を向けたい。
虐待の実態をみると、今の日本社会が抱えているさまざまな問題の縮図が浮かび上がってくる。核家族化や近所付き合いの希薄化、家の中に人を入れたくないという風潮、隣人が何をしているのか知らないような人間関係、さらには貧困の問題など、複雑な要因が虐待の背景にある。先進国の中で最も速いスピードで高齢化が進み、急増する高齢者を見守る仕組み作りが間に合わなかったという現実もある。
虐待の実態をみてみたい。大半は家庭内で起きている。被害者の約8割が女性、年齢は80歳代が4割を占めている。虐待しているのは息子が一番多く41%、次いで夫が16%、娘が15%だった。虐待が起きている件数を世帯構成別にみると「未婚の子と同一世帯」が35%で最も多かった。
虐待の種別・類型では、殴るなどの身体的虐待が64%で最も多く、暴言や無視などの心理的な虐待、介護の放棄や、経済的な虐待が上位を占めた。虐待による死亡事例は27件あった。うち殺人が13件、介護放棄による死亡7件、心中4件、介護放棄以外の虐待による死亡が3件だった。
06年に高齢者虐待防止法が施行された後、ほとんどの市町村の体制整備が進み、相談対応の窓口が設置された。しかし、窓口を作っただけで虐待を防ぐことはできない。厚労省は「地域における虐待に対応する関係機関の調整の取り組みが低調」と指摘しているが、それが現実なのだろう。
虐待は個別のケースによって理由が違う。そこで根絶するには、国と各地域の総合力が問われる。自治体に加え介護施設関係者や民生委員、医療機関や警察、弁護士、さらには市民団体などがネットワークを作り個々のケースに応じて連携を密にして対応することが大事だ。虐待を回避するための一時的な避難所として介護施設などに空き室を常に用意しておくなど、支援体制の整備も必要だ。
相談・通報するのは介護支援専門員が圧倒的に多いので、この人たちを増やして高齢者のいる家庭を見守ることも有効な防止手段となるだろう。
こうした対応策には費用がかかる。虐待防止の対策は、ますます重要度が高まってくる。国民的合意を作って必要な予算をつけて実行してほしい。
気がつくと、目の前には殺伐とした光景が広がっている。「高齢者虐待がない社会」を目ざしたい。
毎日新聞 2008年10月22日 東京朝刊